第三夜 襲撃─西ノ陣─

【I】

この地域の西一帯を支配するチーム〈我牙ガガ〉。

〈鬼爪〉と勢力では並列関係にある集団である。


今宵、その〈我牙〉と中勢力〈ラーテル〉との抗争が始まろうとしていた。

〈ラーテル〉はそのレーベルでは中勢力どまりであるものの、西地区では〈我牙〉の次に値する勢力をもっていた。今回の抗争において、〈ラーテル〉は、“二番目に甘んじている立場を逆転させること”が目的であり、〈我牙〉はそれを阻止するために応じている。


今回、このような勢力順位を争うような〈公式抗争〉では第三者勢力による仲介人を設けることが暗黙のルールとして認知されていた。

同じく西地区勢力〈赤眼レッドアイ〉のトップ、日下部クサカベが仲介人としてこの抗争を見届けることとなっており、役割は大きく二つ存在していた。


『一、当事者同士が設定したルールに則っているか』

『一、決着がついたのち、その報酬リワードが正しく受け渡されているか』


このどちらかでも破られた場合、仲介人はその地区一帯に御触れをだし、そのチームを解体する。解体とは、その名の通りチームの消滅となり、解体されたチームは同じチーム名、また同じ総長で再度チームを結成することは許されていない。当然、公式抗争での順位も剥奪となる。


時刻は二十三時。

日付が変わるまで残すところ一時間。


「さて、おっぱじめっかァ—」


【II】

〈我牙〉のトップに立つのは、槙潮マキウシオという男。

ややクセのある赤髪を低い位置で一つに束ね、鋭い眼光を生み出す三白眼が特徴的なその男は、接近戦は通用しないというのが有名だった。その武器は、九等身を生み出すその脚の長さにある。


「いけ!」

「囲め!」

「──うわっ....!」


遠心力を最大限に生かした回し蹴りは、空を切り、音もなく三人ほどを一気に薙ぎ倒す。その勢いを減衰させることなく回した脚を地につけ、重心を移動させると初めの勢いにさらに加速させもう一発。


繰り出せば繰り出すほどに勢いは増し、動きを止めなければ近づくことは愚か避けることもままならず、気がつけば地に倒される。脚の長さ、脚力、そして勢いを消して殺さないフットワークの軽さがなければ生み出されることのない脅威であった。

近づくことすらできない、というのはそれだけで戦闘方法が限られてしまう。接近戦で挑むなら、脚を回せないほどより近くで応戦する他はない。


有効な戦法を挙げるとするならば、複数人で立ち向かい、一人が衝撃を和らげ、回転のスピード緩んだところでもう一人が背後に回り、羽交い締めにする。そして、軸足を取れない状況にさせて腹に一撃を喰らわせる—


「—ってぇのが、俺に立ち向かう方法だろうなぁ。出来るかどうかは知らねぇが———なっ!」


槙の勢いは増す。

〈ラーテル〉の人間も、何も槙の特徴、その対策を講じていないわけではない。犠牲を生み出しながらも威力の低下を狙ってきている。戦法としては間違っていない。


だが、

つまり、


「あらゆる戦法にはそれなりの実力が必要だ。...実行するだけの力がなくては意味がない」


抗争開始二十分。潮が〈ラーテル〉過半数を戦闘不能にしたところで、その背後から呟くような声が聞こえた。


「おい、桂ぁ!テメェちゃんと仕事してんだろうナァ?!」


槙は叫ぶ。

背後にいる〈我牙〉幹部、桂大河カツラタイガは表情筋があるのか疑わしいほどの無表情で自身のボスである槙を見た。


「..背後を見てます」


桂は黒いマスクで口元を隠している。滅多なことではそのマスクは人前で外さない。桂のトレードマークにもなっているので〈ラーテル〉の人間にとっても槙同様桂の存在は有名だった。


あまり立ち回る必要がないだろうと判断し、潮の背後を狙う者たちに応戦していた。

と言っても、それは開始五分間のことであって、もはや背後を取れるほどの人員はいなくなってきている。


〈我牙〉の圧倒的優勢は目に見えていた。


【III】

優勢状況は変わらず、西地区の序列は結果として不動だった。

今回の報酬は〈ラーテル〉側の勢力を奪うこと。つまりチームの吸収である。

解体ではなく吸収の措置をとる方向であるのは、抗争開始前にすでに明示していた。吸収というのは、敗北チームを勝利チームが吸収するという意味そのものである。一見穏やかな措置に感じるが、〈ラーテル〉側は危機に立たされていた。


「俺が今から言う奴だけ」


吸収、といっても全員が〈我牙〉に所属できるわけではないのは、槙の言う『今から言う奴だけ』という発言がそれを明確にしていた。吸収、というより解体のほうが近いかもしれない。槙とて不要なものはいらない。

〈我牙〉に所属することもできなかった者は、自分の身を守るチームの名前を失うことで、西地区準勢力である盾を失ってしまうことを意味する。

よって、ここで〈我牙〉に呼ばれなかった人間は明日から日々追われる生活を強いられることになるのだ。チームとしての敗者でもあり、選ばれなかった個人としての敗者にもなりうる。

これが、代償である。


槙は口角を上げて指をさす。


「そこの、フードかぶったやつ」


槙は黒光りするコートを羽織った人間を指した。


「お前だけでいいわ。あとは...........いらねェ」


完全に伸びきった〈ラーテル〉のトップには目もくれない。

皆傷だらけの中、一人服に汚れも見られない人間を槙は選んだ。


「日下部さん」

「....あ...」

「動けない人に救急車を呼んでおいてあげてください、それと、今回引き受けて下さったお礼です」

「.......ああ」


桂は、放心状態の日下部に二十万円を手渡した。

たかだか仲介人の報酬で二十万もホイホイ出てくるなど、流石は西地区最大勢力である。日下部は内心安堵していた。


〈ラーテル〉これが自分たちでなくてよかった、と。


時刻は二十三時四十分。呼ばれたフードの男はその場に立ったままだ。

槙も桂も知っている。彼が、一人特異的な動きをしていたのを。

槙は笑みをうかべながら爬虫類のような眼でその男を見た。


「お前、面白ぇ。名前は?」


槙の背格好は潮を知らない相手ですら萎縮してしまうほどのオーラを感じさせる。

すらりと伸びた長身から見下ろす眼光はまさに鎌首を擡げたコブラのようだ。


回答を待つ。しかし、言葉は発せられることがなかった。


いち早く気がついたのは、槙ではなく—


「潮さんッ!」


桂だった。瞬時に音を捉えた槙は次には自分のいた場所より三メートル後ろに後退した位置にいた。

そして、槙の居た位置にはレザーコートのフードを目深にかぶった男がいる。

槙は一瞬表情から笑みを消したが、すぐに口角を上げた。


「アハッ...........そーいうの。嫌いじゃねぇ」


槙はチリチリと痛む頰をこすった。それを見て桂は絶句する。さっきの戦いで誰にも触れさせることなど許さなかったというのに。

こんな人間が〈ラーテル〉に存在していた————?


ようやくフードをかぶった男は口を開いた。


「僕は〈夜叉〉」

「『ヤシャ』?」

「あなた方の事が知りたいのですが」

「...どういったことが知りたいのでしょう?」

「そうですね...知りたいことはたくさんありますし、むしろわかっていることのほうが少ないと言った方が正しいのですが....皆さんは必ず“チーム”に所属していないと駄目なのですか?」


槙と桂は顔を見合わせた。そして、ややあって桂が問う。


「『知りたい』と言って仰ってる内容と、貴方がここに居ることが結び付いていないのですが…その前に。貴方—本当に〈ラーテル〉のメンバーでしたか?」


フードの男は桂に視線を向けた。街灯の光が一瞬男の目に当たり、反射する。

———青い眼......?


『ヤシャ』と名乗るその男は、軽く頷いた。だが、頷いたのは桂の問うた内容へのものではなかった。


「皆そう言うんですね。僕はどこにも所属していません。どうやら“チーム”というのに所属していないというのは異端なことなのでしょうか?」


桂が『結びつかない』と言っていたことで男の中でなにか一つ納得をしたようであり、その納得感への頷きであったようだ。

男の言葉に桂も槙も流石に涼しい顔を崩した。


「お前......チームに入ってねェだと??」


入ってないことは別におかしくはない。

いや、この日この場所で抗争に混じっていたという意味ではチームに入っていないのはおかしいのだが、どこにも所属していない者は全くいないとも限らないからだ。

だが、チームに入っていないにもかかわらず好き勝手にこの辺りで暴れるのは危険知らずにも程がある。なにせ、この地区最大勢力〈我牙〉の本拠地が近いのだ。余程自分の実力に自信がない限り、少なくともチームという後ろ盾なくして喧嘩をふっかけるなどということはできない。


だが、この男はまさにその異例に該当する。

───?

だとするならば、何故、自分たちが認知できていなかったのか?

そのことが何より不可解なのだ。そう言いたげに桂は眉間に皺をよせた。


「....異端というほどではありません。それはさておき、正直なところあなたはそれなりに実力があるように見受けられます」


(なにせ、あの槙潮にかすかではあるものの傷を一つ負わせたのだから)


言葉にはしないが、その事実は明確に目の前の男が只者ではないことを物語っている。それは、槙もわかっているはずなのだ。


「なのに...あなたのことを我々は知らなかった。あなたは一体どこの誰です?」


正体を明かすよう促すと、男はすこし困ったように首をかしげた。


「..すみません、流石に本名を名乗ることはできないので先程〈夜叉〉と名乗らせていただきました。ちなみに〈夜叉〉とは性質が獰猛なインドの鬼神です。日本では“夜”という字が当てられているので理想と現状がぴったりなんです。その名の通り、僕は夜にしかこうして皆さんとお会いできないので。」


なるほど、それで〈夜叉〉。桂はなかなかうまいなと思いつつ、槙は意味がわかっていないだろうなと同時に思う。

続けて〈夜叉〉と名乗る男は言った。


「今回、このような機会に参加させていただくことで、団体で動く...皆さんの言葉を借りるなら、“チーム”で活動するという経験を得られたのですが..」


そして、〈夜叉〉はその目を煌めかせる。


「今度は、貴方とこうして闘うことのほうが今───とても興味深いです」


言うや否や再び地を蹴るフードの男は潮に飛びかかる。槙はすかさず応戦態勢に入った。が、まさに今自分の脚が役に立たないほど間合いを詰められていることに気がつく。だが、槙の武器は脚だけではない。首を明らかに狙ってくる動きを読み、その腕に横から打撃を与えようと構える。相手に悟られぬよう、直前までモーションはかけていなかった。


だというのに、読みの速さは相手—フードの男の方がわずかに早かった。

腕を引き、素早く間合いを取る。この瞬間、槙の優勢が確定した。


相手の並外れたスピードを認知した槙は、己の出せる力で初速をつけ、脚を振るう。

しゃがんで回避するには低く、跳躍するには高いと言われる腰の位置を狙ったが、フードの男はしゃがむことはせず、上体を後ろに倒した。

力を抜いてひっくり返るように槙の攻撃をかわしたが、潮のつま先がフードに引っかかった。


フードが外れ、目から上があらわになった。


「っ......外人........?」


見えたのは金に近い茶色の長髪と青い瞳。

夜叉と名乗るフードの男は素早くフードを被りなおす。


「…貴方は強いですね。本当はもっと闘いたかったのですが、僕には時間が限られていることを思い出しました。それでは失礼いたします」


「は.......?」


時刻は二十二時四十分。

何か、急いでいるように闇夜に姿を消した。

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