第二夜 異端

【Ⅰ】

夏休み頃からとある問題が発生していた。

それを知る人間はまだ少ない。公にもしていないことだが、そろそろ目もつぶっていられなくなった。


「.....報告しておかないといけないことが一つ」


麻尾透アサオトオルは昼休みに屋上で煙草を吸いながら話を聞いていた。

「一年の幸島と、元橋が全く歯が立たなかった。特に..あの一年トップの元橋が」


麻尾に話し掛けているのは矢嶋沙羅ヤジマサラ。二人はこの高校に通う三年である。


麻尾、矢嶋の通うこの高校の周辺は大層治安が悪い。

凶悪犯罪が日頃から勃発するといった治安の悪さではないが、少なくとも周辺環境の評価は格段に低い。


その理由として、“不良が多い”ということが第一に挙がる。

わかりやすい要因としては、偏差値が底辺の高校が狙ったように複数この地域に掃き溜めのように設立されていることだろう。

とすると結果的に頭の弱い若者は不満や相手対応にどうも拳が出てしまうようで。

語るのに拳は付き物、といった具合に暴力沙汰が絶えず、警察にも厄介になるほどだった。


個人個人が力を誇示すべく殴り合うという、一種の文化と化した環境の中で、ある時際立って力を持った青年が頂点に立つ。

そして、自分以外を支配し、使役する為にチームという名の拘束を築いた。


その概念はたちまち広がり、個々で作られたチーム同士がぶつかり合い、崩壊、吸収を繰り返し、やがて驚異として残ったチームが名を馳せることとなる。


その一つが〈鬼爪〉と呼ばれる集団である。

そして、麻尾という男はその頂点に君臨していた。

麻尾がトップにいるのには、強さも勿論だがなによりそのカリスマ性が大きい。


麻尾の相貌は恐いほどの鋭利さを帯びている。はっきりとした凹凸のある顔立ちは整っているが、そのために周囲には美しさ以上の“畏れ”を抱かせていた。

つまり、外見だけで相手に精神的な圧力をかけることができる以上、アドバンテージがあるということになる。

余計な力を出す必要がない。相手に畏怖や敬意の念を抱かせることで、使役することが容易になる。

何かしらのコミュニティでトップに立つ人間にとって必要不可欠であり、かつ得ることが難しいパーソナリティーをすでに麻尾は持っているのである。


一方で、〈鬼爪〉の副総長にあたるのが矢嶋だった。

女のような名前を持つが、歴とした男である。彼も世間的には整った顔の持ち主だが、甘さが強い顔立ちの為、しばしば実力不相応に見られる事が多く、それを本人は好ましく思っていなかった。

何故なら、麻尾と異なり、それだけ“余計な力”を使わねばならない状況が増えてしまうからである。

とはいえ、十分なほどの実力が伴っていることは副総長という立場が証明しているのは言うまでもない。


矢嶋はフェンスに寄りかかり、スマホを弄りながら話す。


「..で?元橋の様子は?」

「いや、普通に学校にいる。ピンピンしてる」


矢嶋の答えに麻尾は眉を寄せる。


「....?歯が立たなかったんじゃねーの?病院か、せめて怪我をしていてもおかしくないだろが」

「そうなんだけど」


矢嶋はスマホをズボンのポケットに押し込み、どかっと麻尾の目の前に胡座をかいて腰を下ろした。


「殴る、蹴る、叩く、ていうようなやり方はしないらしい。相手の動きを鈍くしたり止めたり」

「そんなまどろっこしい戦い方するのは...西の角谷じゃないのか?」

「ああ、.....違う。ソイツじゃない。それに...ここからが本題なんだが、相手は一人で集団に属さないらしい」

「属さない?」

「西の奴等でもなければ、何処かに所属している訳でもない。ある程度の強さがあるにもかかわらずどこにも所属していないこともそうだが、不可解なことがもう一つある」


襲撃された一年から聞く矢嶋の情報として、相手は一人。喧嘩を吹っ掛けられて応じるも後々仲間が現れる様子もなく、始終二人を相手に応戦していた様だ。といっても、この情報だけでは特に驚くこともない。二人三人の相手は麻尾にも矢嶋にも出来る。きくところによると、相手の発言のいくつかが理解できないのだ。


「黙って襲われたら身元を訊くだろ?何処の奴だ?ってな。勿論、元橋は訊いた。だが答えは想定とは全く外れる答えだった。不思議そうに首を傾げるだけで、終いには元橋に対して『言ってることの意味がわからない』と言ったらしい」

「....つまり、相手は誰でも知っているような極々当たり前のジョーシキを知らないって訳だ」


この周辺の高校生であれば、当然“チーム”という概念は定着している筈である。

不良と称される高校生であれ、普通の高校生であれ、それを知っていなければ自分の身が危険になる確率は上がるからだ。


チームに所属していることで、相手に強さを誇示できる

それは、強大なチームになればなるほど効果を発揮する。簡単に言えばネームバリューだ。

また、逆を言えば自分より遥かに実力の上回る相手との戦闘を回避するのにもチームの概念は重要である。


にもかかわらず、その概念を“知らない”という。

しかも、相手の実力は並大抵ではない。

元橋という一つの脅威を伏せたことが何よりの証拠。


新参者だが──“化け物”。


麻尾は煙草を口から外し、静かに笑みを浮かべた。


「麻尾、どうする?」


矢嶋は愚問であるとわかりきった上で問う。


「決まってンだろ、挨拶しないとな..」


【Ⅱ】

その単独犯はこう名乗ったらしい。


『僕は“夜叉”。名前を訊かれることが多いのでとりあえず、そう答えることにしています』


「“ヤシャ”?」


あまり聞かない言葉に麻尾はややカタコトでその通り名を反芻した。


矢嶋は一般的な“夜叉”という字を当てて麻尾に少し説明した後、本題に戻る。


「動きが素早いらしい。細身らしいから力は無いように見えるらしいが..」


元橋から矢嶋へ送られた“夜叉”の画像を麻尾にも見せる。

成る程筋骨隆々という訳ではない。だが、ひ弱な印象も受けなかった。


身長は平均より少し高いくらいだろうか。画像だけでは何とも言えないのでそれは実際に御目見えしたいところではある。


大きな特徴と言うならば、一回り大きなサイズの黒いレザーコートのフードを目深に被っているところか。口許までジャケットのジッパーをあげているため、襟が立ち、口許も見えない。唯一見える肉体的な部分は目許で、青い瞳が印象的だ。

フードの隙間から見える髪は金に近い茶色で、かなり目立つ外見であることが伺える。


「服装といい、髪といい、出逢ったら一発でわかんな、コレ」

「あまりに特異的な外見だな...あえて変装している可能性もありそうだ..」


かなり特徴的な姿ではあるものの、あまりに異質なため、本当の姿が全く違う可能性が大いにある、というのが矢島の見解である。

もし、本当の姿だとすれば相当肝が据わっている。


「ちなみに、うちの奴等が遭遇するのは毎度同じ格好の様らしい。そして、決まって襲撃は夜。昼間に出会った奴等はいない」


〈夜叉〉にも必ず襲撃時以外の姿は存在する。

逢えば直ぐにわかる外見なだけに、普段はそのような外見を控えていると考えるのが普通だ。


「ホンモノの可能性も無くはないが...限りなく変装である可能性のほうが高そうだな」

「昼に遭遇しても印象に残る外見だからな..そう考えたほうがいいだろうな」

「とすると..昼間の遭遇を狙うより、夜か」


チームとして、脅威に成り得るものは放っておけない。

しかし、今回は義務的な感覚よりも好奇心の方が擽られる。


それは、麻尾だけでなく矢嶋もらしい。


「まず、襲撃のターゲットになる条件指定を探る必要がある」


矢嶋は麻尾からスマホを返してもらうと、何やら操作を始めた。


麻尾は思う。

高校三年になって、もう取り分けイベントも無くなってきた、と気分はまるで定年退職直前のオヤジのような感覚だった。

チームの権威を維持し続け、「やることはやりきった」とすら考えていたのだが...


(まだまだ楽しませてくれそうだ)


麻尾は笑った。

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