第4話 合わせ鏡

 朝になると、何やら騒がしい声がするので、レディナは部屋のドアを開けた。

「何か事件てすか?」

 見張りが訳を話そうとすると、神父がつかつかとこちらに歩いてきた。その後ろをナンスが早足に追う。

「姫様、やはりこの男は怪しゅうございますぞ」

「何を言うの。この方は私を助けてくださいました、恩人ですよ」

「いえ、しかしこの大司教の目は誤魔化せません。こやつには何かよからぬものが憑いております」

 レディナはぎょっとした。

 ナンスはレディナと神父の間に入ってレディナを守ろうとした。

「姫様、近づいてはいけませぬぞ」

 レディナは神父の審美眼に畏れを抱いた。自分では正体を見抜けなかったものをたった一晩過ごしただけで見抜いたこの神父には逆らえない。しかし、引き下がるわけにはいかなかった。ナンスが自分を庇い続ければ、いずれ悪いことが起こる。

「姫様、私は今朝、ここを去るつもりでした。あらぬ嫌疑をかけられてまで、ここに居座る義理はありません」

「まあ、それはなりません。私の護衛になっていただかないと」

 レディナが去ろうとしても、ナンスは引き下がらなかった。よほど気に入られてしまったらしい。どう説得したものか、とレディナは話しながら困惑した。

 レディナとナンスが言い合っていると、神父はある提案をした。

「世には不思議な力を見抜く能力を持った品物がいくつもございます。その一つが、私の教会にある『合わせ鏡』です。『合わせ鏡』は通常のように前にある物を映すためのものではございません。『合わせ鏡』は二つの鏡が互いに向き合って設置されているのです。その鏡と鏡の間に入ったものの真実の姿を『合わせ鏡』は映し出します。一度、この男をその鏡の間に立たせてみてはいかがでしょう」

「そうまでして疑うのですか」

 ナンスはなおも抗議を続けたが、レディナは恐怖していた。

 「合わせ鏡」の間に立てば、女性であるレディナの本当の姿が映るかもしれない。一晩でレディナに悪魔が憑りついていることを知った神父の持ち物だ。嘘はないだろう。

 結局、レディナは嫌疑を否定することもナンスを説得することもできず、教会に連行されることとなった。広間の中央に立たされて、「合わせ鏡」が設置されるのを待つ。

 「合わせ鏡」は教会によくある形の鏡だった。きらびやかな装飾具が沢山ついている。それを二つ並べて置くと、鏡同士が互いを映している間の空間が光を帯びる。神父が目でサインを送ってくるのを見て、レディナは覚悟を決めて鏡の間に指をかざしてみた。

 光を浴びた指先に変化はなかった。レディナは落ち着いて鏡の間に入り込んでみた。やはり何も起こっていない。レディナは男の姿のままだ。

 レディナは一方の鏡の真正面に向き、自分の姿を見てみた。そして、それが鏡であることを思い出した。鏡の中のレディナの男の体は見る見るうちに輪郭がぼやけていき、やがて女の体に変わっていった。

 レディナは鏡の間から出た。勢いよく走り込んで、衛兵を突き飛ばして教会の重くて固い扉を蹴り開けた。

 そして、森の中の奥深くへと逃げていった。

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