第3話 ナンスを守りたい
ビア王国のナンス姫は退屈だった社交パーティを早めに切り上げて、馬車で帰る途中だった。早く帰って眠りたいと思っていた。
だが、突如現れた賊によって馬車が止められた。
窓から外を見ると、衛兵達が少数の賊に一瞬で殺されていた。
「姫様、危ないですぞ」
侍従長がナンスの近くの窓を閉めた。それでも凄まじい音が聞こえてきた。聞き知った声が少なくなっていく。まさか、ここで自分も死ぬのだろうかと恐怖した時だった。断末魔が消え、急に静かになった。
異変を察して、侍従長が窓を少しだけ開けて様子を窺う。
「お怪我はありませんか」
男の声がした。侍従長がお礼を言う。賊をたった一人の男が退治してくれたらしい。
「旅のお方とお見受けしますが、あなたに命を救われました」
「いえ、すっかり暗い時間ですから、先の道も十分お気をつけて」
ナンスはその男に興味を持った。退屈な社交パーティで見かけるつまらない貴族達とは違う匂いがした。ナンスは外にいる男を引き留めるよう言った。
「お待ちくだされ。こちらにあらせられますビア王国第四王女があなたにお礼がしたいと申しております。ここからですと、ビア王国はすぐです。今晩は城にお越しくださいませぬか」
「私は急いでおりますので、ご遠慮いたします。せっかくですが」
男の返事はナンスにも聞こえた。ナンスは侍従長を退けて窓から顔を出し、男と対面した。
「どうかお出でになって。歓迎いたしますわ」
男はナンスの顔を見ると、驚いた表情をして固まったまま動かなくなった。ナンスが痺れを切らして侍従長にドアを開けるように指示すると、男が口を開いた。
「それでは、王女様のご厚意に甘えることといたしましょう」
「素敵ね。あなた、名前は?」
「リガノと申します」
リガノは口数の少ない男だった。城に着き、夜食を共にしている時も、何か思案げな顔をして、会話もあまりなかった。ただ、ナンスを見ては笑顔になった。ナンスはその目を気に入った。
レディナは城の中の寒い廊下に一人佇んでいた。ナンス姫のことを考えていた。
ナンスは奴隷から一国の姫になった。成り上がるにしても予想を遥かに越えている。ナンスの幸せそうな姿を見て、レディナは安心するものの、自分がいてはいけないという思いもあった。
これまでの数日間、男として生きてみて、レディナは自分を男に変えたのはおそらく悪魔の仕業だと考えていた。それなら、この先どんな災難が降りかかるかわからないし、幸せになったナンスを巻き込むわけにはいかない。
「こちらにいらっしゃったの」
ナンスの声がした。レディナは不安を隠して、笑顔で振り向く。
「今夜は冷えますわ。ベッドを用意させましたから、もうお休みになって」
「ありがとうございます。それでは、もう休みます」
レディナは足早にその場を去ろうとした。
「森では助けていただきありがとうございました。父も母もお喜びになられていました」
「それは何よりです」
ナンスの言葉に適度な相槌を打って、レディナはすぐまた歩き出そうとする。しかしナンスは離れようとするレディナを呼び止めた。
「それと、父王にあなたを衛兵に加えて頂くようお頼みしました。翌朝、父の使いの者がお部屋に参ります」
レディナは硬直した。ここに居続ければ、ナンスに悪魔が接触するかもしれない。それだけは避けたい。レディナは夜のうちに城を出ようと考えた。自分に用意された部屋から出口までの道を思い返す。
ナンスがまだ伝えたい事があると言って、レディナに笑顔で話しかけた。
「申し遅れましたが、あなたのお部屋は今夜中、見張りをつけております。どうか去ろうなどとはお考えにならないでくださいね」
ナンスの声は石の壁に反響してレディナの耳に届いた。
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