第7話 木蓮のゴスロリ美少女巫女
僕は日をあらためて、あの神社をもう一度訪ねた。
何を話そうというのだ。
乱暴にレイコさんを祓ったことか。
いきなり疫病神と貧乏神を祓おうとしたことか。
どちらにしても、世間一般的には、由とすることだ。
確かに疫病神の所為で僕は幼少期から苦労をしたし
貧乏神の所為で貧乏もした。
それで僕は不幸だったのか。
僕は自分の人生を振り返ってみた。
ついていない、貧乏ながらも、僕と家族は一生懸命に生きてきた。
一生懸命に生きてきた事、それが僕が彼らを恨めない理由だ。
僕はそんなことを考えながらも、あの小さな神社の鳥居をくぐった。
すると神社の敷地を白髪交じりの長髪を後ろで束ねた初老の男性が
落ち葉を掃いていた。
どうやら神主らしい。
人の良さそうな目じりに皺をいっぱい寄せてペコリと頭を下げたので
僕も思わず頭を下げた。
「あのー、こちらに若い巫女さんが居ると思うんですが。」
僕がそう訪ねると神主はますます目じりを下げて
「あー、それは私の娘の詠よみですね。今でかけてるんですよ。
お友達ですか?どうぞ、あがって待ってて。」
と僕を家に上がるように促してきた。
「いえいえ、友達ではありません。」
僕は慌てて否定した。
男は不思議顔でキョトンとした。
「じゃあ、詠のファンの人?困るんだよねー。最近マナーのなってない子が多くて。
ちょっと口コミでうちに可愛い巫女がいるって噂が広まっちゃってさあ。」
親バカだ、こいつ。
僕は憤然として言った。
「ファンじゃありません。僕はお宅の娘さんに苦言を言いに来たんです。」
「えっ?」
神主は心底驚いた顔をした。
ひとしきり考えた上に、神主は元の人の良い笑顔に戻った。
「まあとりあえず、上がりなよ。おいしい紅茶淹れるからさ。
ゆっくりお話を聞かせてくれる?」
僕は境内の奥の母屋に通された。
慣れた手つきで、紅茶を淹れている。
今日はもちろん、あんな目に遭ったから、疫病神と貧乏神は
家に置いてきた。疫病神は
「坊、一人で大丈夫か?」
と心配した。
「いつまでも子供扱いするなよ、坊、坊、って。大丈夫だよ。
あの巫女だって、相手が霊や疫病神、貧乏神だから祓おうとしたんだろ?
人間は祓えないよ。祓ったら殺人だ。」
「あー、差別発言やー。坊が、神様差別したで?ビンちゃん。」
「だからビンちゃんって言うなって。絶対にヤックンなんて呼ばないからね?」
全く、何の話だよ。
「とにかく、君らは今日は留守番!絶対についてこないでよ?」
そう咎められて、神々は部屋の隅っこでシュンとなった。
そうだ。今まで護ってもらったんだから、今度は僕が護る番だ。
考え事をしていると、紅茶の香ばしい匂いが漂ってきた。
「はい、どうぞ。冷めないうちに召し上がれ。」
僕は一口飲んで、この前の出来事と、今までの経緯を話し始めた。
普通の人が聞けば、疫病神と貧乏神が守護神だなんて
きっと頭がおかしいって思われるのだろうけど、あんな力を持った
巫女の親だから、きっと信じてもらえるだろう。
「ふーん、君は見える側の人なんだね。」
頬杖をついて、僕のことをしげしげと眺めた。
「僕は最近見えるようになったんです。元々見えなかったから。
見えない恐怖に脅かされていただけ。おじさんは見えないの?」
「うん、残念ながら。僕も見てみたいんだけどねー。
詠は生まれ持って見えるみたい。あの子は特別な子だからね。」
そう言った神主の顔がどこか寂しげだった。
「ところで、君は幽霊のレイコさんをうちの娘が祓ったことや
君の守護神を祓おうとしたことを怒っているようだけど、
本当に幽霊や疫病神や貧乏神が側に居ることが由と思ってる?」
そりゃあ、今の僕の状態は異常だ。
そんなことはわかっている。
「レイコさんがいくら君に好意を寄せていてもずっと一緒に居られるわけじゃない。
レイコさんは還るべきところに還って行った。遅かれ早かれ別れは来る。
疫病神や貧乏神が守護神とは言っても、それなりにこれからも
君には災難が降りかかるかもしれないよ?」
「でも、頼みもしないのにいきなり祓ってくるのは乱暴だと思う。」
「そうだね。あの子はちょっとコミュニケーション力に欠ける子なんだ。
そのへんの無礼は許してやってほしい。男手一つで育てたもんで
友達もあまり居ないしね。ワケあって、あの子は母親が居ないんだ。
でも、あの子自体は母親といつでも会えるみたいだけど。」
くすっと笑って、神主は神社の大きな木蓮を見た。
「え?母親が居ないのに、いつでも会えるって?どういうこと?」
僕はたずねた。
「あそこで会えるらしい、母親と。僕には見えないんだ。」
愛おしそうに木蓮の木を見る。
「ただいま。」
モノトーンのロリータファッションを身に着けた、あの巫女が
頬をピンク色に染めて立っていた。
「おかえり。詠。」
神主が満面の笑みで答えた。
僕は腑抜けだ。何のためにここに来たかわからない。
この娘に抗議しに来たのに、あまりの美しさと気高さに何も言えない。
「あら、あなた。この前の疫病神と貧乏神憑きね。」
無表情な上に毒がある。
「僕は神庭 遊、そんな呼び名で呼ばないで欲しい。」
僕は憤然とした。
「あら、ごめんなさい。今日は疫病神と貧乏神は?」
「置いてきた。君が祓おうとするから。」
憮然と答えると、彼女は意外な顔をした。
「てっきり疫病神と貧乏神だから、祓って欲しいのかと思ってた。」
「頼んでないよ。」
一触即発の雰囲気に、神主が割って入ってきた。
「まあまあ、詠も座って。お茶でも飲みなよ。今淹れるからね。」
そこからは、何となく話をうやむやにされ、お茶菓子まで出てきて
僕はなんとなくごまかされてしまった。
彼女に悪気はなかったようだ。
僕はご馳走になっただけで、何も解決せずに帰る事になった。
僕、何をしにきたんだ、ここへ。
そう思いながら鳥居をくぐろうとした。
「君がどう思っているのかは知らないけど、ずっと
このまま疫病神と貧乏神と一緒に暮らすのが本当に良いことだと思ってる?」
彼女が僕にそう問いかけてきた。
僕はわけがわからず、黙り込んでしまった。
「一つ教えてあげる。君はもう誰の力も必要としないくらい強い人間だよ。」
そう言い残すと彼女は境内の方へ帰っていった。
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