第6話 神々の天敵、現る

「なあ、最近、坊にわしらの影響、なんも出てへんように思わんか?」


キッチンに立って鼻歌交じりに昼食を作っている遊を見て、


疫病神は貧乏神に耳打ちをしてきた。


「そうじゃねえ。熱も出なくなったし、貧乏と言うほどでもなくなったねえ。


まあ、坊が堅実だってこともあるのだけど。」


貧乏神は答えた。


「わしら、力が弱まったんかな。元々、低級な神やったけど。」


疫病神は首を捻る。


「そんなことはないと思うよ?だって、私ら、ちゃんと結婚詐欺師と苛めの女の子に


災いを起こしたんじゃから。」


貧乏神は、得意気に答えた。


「せやなあ。わしらの影響を、あいつらモロうけてたもんなあ。


という事は、坊に免疫が出来て強くなったとしか思えへんなあ。」


「そうじゃねえ。レイコさんも部屋におるというのに、ぜんぜん平気じゃしね。


以前の坊なら、霊が憑いてるだけで、熱を出して寝込むところよね?」


「となると、わしらもう、坊にとって用済みってことじゃない?


坊は霊にも疫病神にも貧乏神にも影響を受けない強い人間になったんやから。」


神々はしんみりとなってしまった。


遊はガスコンロの火を止め、お皿に豪快に焼きそばを盛り付け、


テーブルに運んで来た。


「なーにしけた顔してんの?まあ、仕方ないか。疫病神と貧乏神だから。


いやあ、君たち、本当に残念だなあ。この名料理人、遊様の手料理を


食べることが出来ないんだから。じゃ、失礼して。いっただきまーす。」


レイコさんは羨ましそうに、遊の周りをウロウロするが


幽霊もご飯は食べることはできないのだ。


神々は寂しいような嬉しいような、なんとも言えない複雑な気持ちになった。


「ねえ、今、神社のイチョウの木と紅葉がめっちゃ綺麗なんだ。


お前らも見に行く?」


遊は、焼きそばを頬張りながら、神々とレイコに話しかけてきた。


「実は会社の人にさあ、このデジカメもらっちゃったんだ。


僕もデジカメ持ってるんだけど、僕のボロいのとは段違い。


新しいもの好きの先輩だから、もう古いのはいらないからって。


これ、試してみたいんだよねー。」


神々は神社ということで、難色を示した。


「あ、そう、じゃ、お前らは留守番。レイコさんは行くでしょ?」


そう誘われたレイコさんはぱあっと笑顔になり、喜んでついていった。


あっさりと置いていかれた神々はちょっと寂しくなり、やはりついて行くことにした。


こんな神社、あったんだ。


そう思うほどにひっそりと小さな神社だった。


しかし、イチョウと紅葉が綺麗なことは勿論、大きな木蓮の木がそこにはあった。


白い花をたくさん咲かせていた。


この時期に木蓮など咲いただろうか?


僕が首を捻っていると、木蓮の木陰から、白装束の巫女さんが出てきた。


はっとするほど、美しい少女に目を奪われた。


嫉妬深いレイコさんは、目ざとくそれに気付くと、美少女の巫女を睨みつけた。


巫女はどんどん近づいてきて、遊には目もくれず、いきなり手のひらを


レイコさんに向け、何事か唱え始めたのだ。


レイコさんは苦悶の表情を浮かべ、苦しみ出した。


僕が驚いていると、レイコさんの姿がどんどん透過して行き


とうとう蒸発するように消えてしまったのだ。


「レイコさんに何をしたんだ!」


僕は巫女に向かって叫んだ。


一瞬巫女はキョトンとした。


巫女は表情一つ変えずに


「あなた、あれが見えていたのね。もちろん、祓ったのよ。」


と答えた。


「いきなり乱暴だろう。レイコさんは君に何もしていない。」


少女は少しだけ驚いた顔をした。


「霊に憑かれれば祓うものでしょう?」


それは、そうだけど。


僕はレイコさんに少し情が移っていたのだ。


「霊にずっと憑かれていても、良いことにはならないわ。」


そう言い捨てると、巫女は神社の奥のほうへ行ってしまった。


僕はもう、この美しい景色どころではなくなってしまった。


意気消沈し、僕が神社の外に出ると、鳥居の外で待っていた


疫病神と貧乏神が心配そうに僕を見た。


「坊、何かあったんか?レイコさんは、どないしてん?」


僕はしばらく沈黙して


「レイコさんは・・・・ここの巫女さんに、祓われてしまった。」


神々は顔を見合わせ驚いた。


「なんでまた。まあ、いずれは成仏せなあかんのやけど。」


「成仏、できたのかな。レイコさん・・・・。」


僕の目から信じられないことに涙が一筋流れた。


それを見て、神々は憤慨した。


「乱暴やな。いくら霊が憑いてるからって。


坊が頼んだわけとちゃうんやろ?


よし、わしらが行って、ちょっと懲らしめたるわ。」


神々は息を撒いて、よその神社の敷地内というにもかかわらず


ずんずんと侵入していった。


「おい、大丈夫なのか?別の神様がいたら追い出されるぞ?」


僕は心配になって後を追った。


すると、境内に先程の美少女巫女が立っていた。


手にはお祓いに使う、大幣(おおぬさ)を持っている。


僕らの姿を確認すると巫女は大幣を振りながら何事か唱えている。


すると、不思議なことに、大幣から白い大きな花びら、おそらく木蓮の花びらが


舞踊り、やがて花吹雪となって、神々を包んだのだ。


すさまじい白い光を放った。


「あかんわ、坊。この巫女さんは只者ではない。


わしらまで祓おうとしおる。ここは退散や。」


僕らは神社から全速力で逃げた。


僕は逃げながら、振り返った。


鳥居の下で、全く表情を変えない巫女がこちらを見ていた。


いったい何者なんだ、あの子。


神をも恐れぬ力を持つ巫女。


でも、このままじゃ済まさない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る