第5話  無限ループを断ち切れ

僕は相変わらず、疫病神、貧乏神、加えて、幽霊のレイコさんにまで憑かれた


奇妙な生活を送っている。


どうやら、僕はこの事態に慣れてきてしまっているらしい。


こんな良くない物に憑かれているにも関わらず、僕は以前のように


体調を崩したり、こっぴどい目に遭ったりはしないのだ。


ただし、地味に運は悪いし、地味に貧乏ではある。


いくら慣れたとはいえ、多少の神々の影響はあるようだ。


今日もついてないや。


ビルの屋上に、赤いコートの女の子が立っている。


悪い予感はした。


何も好き好んであんな高い所の際に立たないだろう。


予期した通り、その女の子は空から降ってきたのだ。


「ひ、人が落ちた!きゅ、救急車!」


僕は震える手で携帯を開いた。


落ちて無事な高さではない。


疫病神と貧乏神は、顔色一つ変えず、その様子を見ている。


なんて薄情な奴らなんだ。


僕は119のナンバーを押そうとしたその時、その女の子はムクリと立ち上がったのだ。


僕は驚愕した。


「死ねない。」


女の子は一言呟いた。


「坊、その子人間とちゃうで。自縛霊や。自爆する自縛霊やな。」


疫病神が言った。


ちっとも面白くないぞ。


「お嬢さん、何度やっても無駄ですよ。」


貧乏神が言うと、女の子の目深に被った赤いコートのフード下から覗いた


真っ黒な眼孔から一筋の涙が流れた。


何でも、イジメを苦に、このビルの屋上から飛び降りたのだけど


死ねないのだと言う。その日から毎日毎日繰り返しビルの屋上から飛び降りる生活が


始まったのだという。


「嬢ちゃん、体はとっくに無いんやから、嬢ちゃんは立派に死んでるんやで。」


立派に死んでるって何だよ。


そう言っても、女の子は頭を振るばかりだ。


「嬢ちゃんが死ねないのはな、嬢ちゃん自身が死を受け入れられないからや。」


疫病神が言った。


女の子はそんなことは無いという。早く死にたいというのだ。


「いんや、嬢ちゃんはな、心のどこかで自分の死が理不尽やと思てる。


そやから死ねないのや。」


俯いた女の子は、ようやく自分の本当の気持ちを話し始めたのだ。


最初は仲がよかった友達が急に手のひらを返したように冷たくなり、


彼女を苛めるようになったというのだ。


無視からはじまり、根も葉もない噂を流され、終いには毎日のように


暴力を受けたのだという。


理由もわからず、毎日こんな仕打ちを受けるのなら、いっそ死んだほうがマシ。


そして彼女はビルの屋上からダイブしたのだ。


「それなら、なんでそんな理不尽なイジメを受けたか、確かめに行こう。


それで君は救われるのなら。」


僕はまた余計なことを言った。


やれやれと言う目で神々はまた僕を見るが、やや諦めの境地のようだ。


レイコさんが、遠くからちょっと恨めしげに見ている。


レイコさんは嫉妬深いのだ。


彼女が自殺したのは1ヶ月前。


久しぶりに彼女は自分の学校に来ていた。


そこで彼女は意外な光景を目にする。


彼女が思いを寄せていた男子と彼女を死に追いやるほど苛めた女の子が


手を繋いで歩いているのだ。


何となく苛めの原因がわかってきた。


学校から出て、駅までの道のり、手を繋いでいた二人はその場で別れ、


彼女は繁華街へと向かった。


およそ女子中学生には不似合いなホテル街へと歩いて行き、


彼女はあるホテルへと入って行った。


後をつけてきた僕たちはさすがに、ホテルに入るわけには行かず、


とりあえず貧乏神と疫病神は彼女について行った。


「あの子、とんでもない子やで。ホテルでおっちゃんにお金もろてたわ。


援助交際っちゅうやつやな。」


彼氏がいながら、援助交際か。


僕はどうしようもない怒りを感じた。


自殺したこの子の怒りはいくばくか計り知れないだろう。


その日から、苛めっ子の彼女に、疫病神と貧乏神を張り付かせておいたので、


必然と彼女の身には災いが降り注いだ。


援交相手に食い逃げされるわ、援交が彼にバレるわ、おまけに学校にまでバレて


しばらく彼女は学校に来ることは出来なかった。


極めつけに彼女は誰の子ともわからない子を妊娠し、子供を堕ろした。


「これくらいでカンベンしたるか。」


疫病神が、どこかのコントみたいな台詞を吐いた。


赤いコートの女の子はあのビルの屋上に戻った。


そして、ビルの屋上から飛び降りると、小さな分子に分解され


空に消えて行ったのだった。


「成仏できたようだね。結局、苛めにあんまり理由なんてなかったのかな?」


僕が呟くと


「せやな。人間の悪意が一番世の中で怖いで。」


と疫病神は肩をすくめた。


「悪意ね。」


僕は空を見つめて切なくなった。

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