スランプ
大蔵あやせ
第1話
夢見希望はごめんねと謝りながら俺の作った夕食を吐いた。
「何がというわけで何か知らないけれど、締め切り間近の現役作家に助けてくださいとか電話をかけてくるとかどういう正気の沙汰なのかお伺いしたいところなんですけど」
恐ろしく息が続きますね、愛希さん。
目の前にいる金髪ツインテールの少女は、そのあざとい髪型とおんなじようなツンデレっぷりで、姉である希望を介抱し続けている。
その介抱されている少女といえば、うわ言で謝りながら冷や汗を垂らし続けている。
「その割には二〇分くらいで駆けつけてくれましたよね、ここまで来るのに歩いて三〇分くらいだから相当急いだんじゃないですか?」
「茶化さないの」
そっちが茶化し始めたくせにぃ。
愛希さんは現役のライトノベル作家。
父親と母親が純文学の作家というサラブレッド。
そして希望はそんな妹と一緒のライトノベル作家を目指している、いわばワナビという存在である。
「にしても、脳天気な希望が吐いて倒れるとか、あんたこの子の小説の教師としての自覚あるの? こんなに真っ青で苦しんでいて平気な顔をしていたの」
「俺が来た時はいつも通りだったんだってば」
「本当にぃ?」
訝しげな目で見られる。
「いつもの通り小説を書き始めて、完成させて、しばらく添削とか批評とかしながら夕食を食べていたら、この通り」
「……あっきれた」
「なにがだよぉ」
「そりゃあ、あんたは先生でこの子は生徒なんだから、添削や批評っていう行為が正しいってことは分かるわよ、でも普通ご飯食べている時にそんなこと言う?」
「だっていつも同じような感じに誤字をして、文法の間違いをして、できるだけ速く直してあげようと思うのは親心みたいなもんだろ?」
夢見希望にはきちんとした下地がある上に天賦の才がある。
そのくせ面倒くさがりで見ていないとサボってしまうという悪癖があるせいか、両親からの期待とは無縁だった女の子。
たしかに、自身いわく凡才で血反吐吐くような努力をした妹のほうが期待もかけやすかったろうし、実際作家として成功をしている以上結果も残している。
「なるほど、親切心から批評や添削をすると……この偽善者」
「な、なにおぅ!」
「自分の思う通りの結果にならないからって、ああだこうだ理由をつけて晒しあげるポイントを見つけて、あたかも自分が正しいとでも言わんばかりに批評をすることが偽善者でなくてなんだって言うのよ。あんたこの子の先生なんでしょ? 先生だったら生徒の気持ちくらい考えたこと無いの? は、お粗末さまなお話よね」
長々と台詞を吐きながら熱心に姉の手を握り汗を吹いている少女はツンデレって表現するので正しいと思うんだ。ツンは俺で、デレは姉。
「ああ、ああ、批評や添削なんて偽善だろうよ、、本当に面白いとか正しさとかなんて人それぞれだもんな。でもそれを言っちゃあ始まらないだろうよ、適切な批評は人を成長させ、新しい作品作りの意欲になるさ、何がいけない」
「だったら、希望は書けているの?」
「書けているじゃないか、今日だって原稿用紙換算で三〇枚は書いたぞ」
「それは以前と比べてどうだったの? 成長した? 努力の痕跡は観られた? ……わかんないわよね、あんたはそんなとこなんざ見ちゃいないもの」
「見てるよ! 見るべき文章は増えたし、直すべき点はまだまだ多いけど……」
「人の努力って、気づいてあげないと折れてしまうのよ?」
……は?
「人の努力ってさ、水をあげて、栄養をあげて、花開くまでずっと待ってなきゃいけないのよ。それをこちら側から成長をするためだとか栄養をあげ過ぎたり、水をあげ過ぎたりしたら根本から腐ってしまうのよ? 成長しないからって言って、批評とか添削とか言って罵詈雑言を浴びせられ続けてたら花は萎れる、努力は水の藻屑になる」
「なんだよ、俺のやってることは全部間違いだとでも言うつもりか? 言っておくけどな、俺はあんたらの両親から頼まれて仕事をしているんだ、文句を言われる筋合いはないね」
「……ウチの両親は普通では無いけれど、あんたの批評を聞いた後に吐いて倒れたなんて聞いたら、お役御免になると思うけれど」
「それは俺に非があった場合な」
「あるじゃないの、なんで気が付かないのよ」
「もういいよ、もういいから……愛希ちゃん」
二人で言い争っていると、もう片方の近くから弱々しい声が聞こえてくる。
「私がいけないの、誤字するのも、文章がおかしいのも、私が力不足だからいけないの、それを指摘されるのは当たり前だよ、先生はおかしな事言ってない」
「のぞみぃ……いけないことなんて作品作りにおいてほとんどないわよぉ……」
「私の書く作品が、文章が正しくて、誤字脱字もなくて、きっちりと描けていたら面白くなるんだよね? だから先生は私に指摘をしているの。最近は確かに悩んで食欲とかも無くなっちゃって、吐いたりしていたけれど、それは愛希ちゃんも一緒でしょ?」
吐くのが当たり前とか恐ろしいクリエイター一家である。
「でもコイツ、自己満足のために希望を苦しめてる! それに気が付かない偽善者!」
「愛希さん、そろそろ俺怒るよ?」
怒っていいよね?
親切心からくる行動を否定されたら誰だって怒って良いところだよね?
「まきちゃん」
「う……なに、のぞみぃ……」
「長編書いた時、先生は冒頭の部分だけで最後まで読めないといった。それ以来私は長編を書いてないのは知ってるよね?」
「知ってる」
「短い作品でも間違いを犯しちゃう人は、きっと長い作品でも間違いをしちゃうんだよ、それも数を数えきれないほど、あはは、ほら、私って同じようなミス何度も繰り返しちゃうし」
「それがなんだって言うのよ」
「……え?」
愛希さんは髪の毛を揺らしながら首を振る。
「ミスって何、間違いって何? 文法って何? 文章の良さって何よ。誤字脱字の何がいけないのよ。そんなに私だってやるわよ、編集さんから何百箇所単位で赤を入れられることだってあったわよ。間違いが減るようになるまで何年もかかったわよ。まだ何十箇所単位で赤を入れられるわよ」
「愛希さん、それ自慢にも何もならない」
「じゃああんたは言えるの? 希望の作品作りに良い影響を及ぼしてるって! 吐かせて苦しませて、青い顔をさせて悩ませて、そんな批評に何の意味があるっていうのよ!」
「意味はある!」
「……聞かせてもらおうじゃない」
「少なくとも読者が増える」
「はっ、お気楽様! 道化か、ピエロか、なんだ、希望はあんたの操り人形か! じゃああんた自分の批評や添削が正しいと思って言っているんだ、それこそお気楽様よね!」
「自分の言っていることが正しいと思えないで相手に指摘ができるかよ」
「違うでしょう……? 自分が間違っている、失敗していると思うからこそ、人はその間違いを修正するために成長するんでしょう? 自分が正しいと思い込んで、その人物を苦しめておいて、よくもまあいけしゃあしゃあと、自分は正しいなんて言えたものね!」
「愛希ちゃん……もうやめて」
真っ青な幽霊みたいな顔をした希望が愛希にすがりつく。
「ふざけてんじゃないわよ! 先生? ふざけないでよ、この二流作家が! 先生気取りで相手の気持ちも分からないような人間が批評や感想なんて言えるわけ無いでしょうが!」
「そっちこそふざけるな、俺は仕事でやっているお遊びなんかじゃないんだ」
「少なくともあんたは希望に、後で間違ってましたごめんなさいって言うことを許す人間じゃないのよ!」
「間違いをなくさせるために努力をしている、その努力を否定するな!」
「だったら結果を出しなさいよ! 批評や添削でその作者を成長させて見せなさいよ、できないでしょう? やれないでしょう? だってあなたは間違いを指摘することしかできない、改善策を見出すこともできない、間違いはごめんなさいの一言で済ませられない矮小な人間なのよ!」
そろそろこの女殴っていいよね?
ビンタの一発や二発くらいしても良いところだよね?
よし、誰も止めやしない。
「決めた。希望のことは私が責任を取る。あんたなんかに任せてられない」
「それは、あんたの両親が決めることだ」
「見てなさいよ野豚、その下卑で矮小でゴミクズみたいなプライドで人を陥れるような奴には一生わかんない世界に希望を連れて行ってあげるんだから!」
こうして俺はお役御免となった様子である……まあ、別の仕事をもらったからいいんだけど。
そして現在夢見希望はデビュー作が十万部売れ、シリーズ累計で百万冊を突破するほどのライトノベル作家になった。
その理由を聞かれて彼女は笑顔でこう答えたという
「大好きなことを認めてくれて、信じてくれて、手を握ってくれる人がいたからこそ、自分を愛してくれる人がいたからこそ、できたのだと思います」
……チクショウ。
スランプ 大蔵あやせ @ohkuraayase
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