第36章 インサート・サプレッサー

 希と両親との抱擁も終わり、全員がテーブルの椅子に腰掛けて、文恵がいれた珈琲を飲んでいた。飲みながらになるが、これからの事を文恵から聞くためだ。


文恵「さて皆さん、せっかく拠点“ツクヨミ”まで来て貰いましたが、残念ながら私と夫は貴方達と同行できません。理由はわかりますね? 黒崎さんと蛭子さん?」

黒崎「ええ。ここを主が捨てて、見える所に出ても、事態は悪い方向にしか進みません。これまでガーディアンフェザーに見つからないように苦労してきた苦労が水の泡です」

蛭子「そうね。ガーディアンフェザーの幹部達とこっち側のサヴァイバリングの主催者は、ここを見つけられず、大分イライラしていましたから」

門司「ガーディアンフェザーは統治機関であり、こっちの民衆が眉をひそめるような“こっちの世界での理不尽なガサ入れ”は、当然出来ない。また、ここがわからないのなら、裏で全てを管理できる装置などを持っているわけでもない。支配や強行が出来ているのは、自分達が1から作った“ムーンライトエリア”だけであり、元々あった世界を統治しているデイライトエリアでは、出来ない事も多いのだろう」

黒崎「そういう側面を隠さずに民衆に見せることで、安心を植え付け、やたらな反攻意識を持たせず、統治しやすくしている効果もある」

蛭子「ただし、それを利用して悪いことをするこっち側の連中は、デイライトガンのガンナー達によって、“自然死”、の状態で闇に消されているか、ムーンライトエリアに堕とされているわけね」


 希はこの会話で、ようやっと、ムーンライトエリアの意義で引っかかっていた部分を消化できた気がした。


 ガーディアンフェザーの私怨だけでムーンライトエリア送りを行うケースだけではなかったのだ。こっちの世界の統治に必要だから、だ。故に、ムーンライトエリアでのサヴァイバリングの観客は血の気が多いのだ。そしてムーンライト側も統治しないといけないために、自分達の(こっちの世界の統治に必要な)“デイライトガン”だけでなく、ムーンライトエリアの住人が生き抜くための銃“ムーンライトガン”と銃の成長システムが必要だったのだ。


 これまで戦ってきたデイライトガンは、攻撃的な手段以外での統治に必要な能力を付加された、つまり黒崎や蛭子などの“束縛”、“位置検索”だけでなく、“攻撃的な手段での統治”を付加された銃も多かった。これは、デイライトエリアでの統治にどちらの側面の銃も必要だったためであろう。


 逆にムーンライトガンは攻撃的な能力の銃が多かった。これはムーンライトエリアやサヴァイバリングで必要な“生き抜く”という事に使える銃でないと、意味がないからだ。


 いずれにしても、文恵や門司、そして黒崎や蛭子の話を聞いて、希達はわだかまりが消えてスッキリした。


***


文恵「さて、私達が動けない以上、私と夫が出来る事は、同行しないで手助けできる事にかぎられてくるの」


 そういうと、文恵は奥から黒崎が持っていたのに似たアタッシュケースを取り出し、鍵を開けて、希達に中を見せた。


スイート「これは・・・・サプレッサーですか?」

黒崎「見たこと無い付属品ですが、所謂、秘密兵器って奴ですか?」

文恵「黒崎さん、ごめんね。これは、この奥で作業している“うちの開発部”が、ver.2.0の情報を掴んでから秘密裏に製作した、貴方達の銃への追加装備なの」

黒崎「? “貴方達”? “ムーンライトガンへの”ではないんですか?」

蛭子「もしかして、私のにも、ですか?」


 文恵は少し微笑んだ。


文恵「貴方達は、望の仲間でしょ? 今回は黒崎さんに持っていって貰った“限界突破の弾倉”とは違うの」


門司「対ver.2.0用装備です」


希「・・・・・つまり、対“デリーター”用装備、ですか?」

文恵「そう。皆さんの限界突破銃に、ver.2.0専用銃であり、最強のデイライトガンの、抹消銃・デリーターへ、対抗する能力を付加する、サプレッサーを装着します」

リキュール「え? でも、サプレッサーって、消音装置とか硝煙除去とか、そういうのですよね?」


 文恵はリキュールを見て、一言断言した。


文恵「貴方達の限界突破銃、そして黒崎さんと蛭子さんのデイライトガンのままでは、デリーターには対抗できないの。そして、消音とか硝煙とか、これからはどうでもいい世界。スニーキングやスナイプに適する“スナイパーライフル”の限界突破銃の所持者である“ぬこみん”さんは、今ココにいないでしょ?」


 希は下を向いてしまった。


門司「望、キミが悪いわけでは無い。ガーディアンフェザーのガンナー達は、それだけ手練れだったのだ」

希「すみません…。これが終わったら、必ず見舞いに行きます…」

文恵「望、今はそういうことにして、先を進むわ。このサプレッサーはver.2.0の存在を感知して機能する付加装置だから、通常は今までの限界突破銃やルシフェリオンとして使えるの」

テンニャン「? 付けたままでもルシフェリオンに戻せるアルか?」

文恵「ええ。今までの“限界突破用弾倉”と同じ原理です。少し“前に”重量が増える形になるけど、貴方達の腕前なら、問題ないと思います」


希「で、母さん、そのサプレッサーの“能力”って、何なのですか?」


 文恵は改まった顔付きで、全員に向かって、こう話した。


文恵「このサプレッサーの名前は『インサート・サプレッサー』。デリーターの“抹消能力”を打ち消す効果があります」


 全員、目を丸くした。インサート=挿入、なのはわかるが、それって“物を創造”してしまう能力なのではないか、と。


文恵「皆さんの疑いの意味はわかります。このサプレッサーの効果は、そんな便利な物では無いです。Ver.2.0により“抹消された物”を元に戻す効果だけで、新しく生み出す能力はないの」

黒崎「私達のデイライトガンにも、その能力は付加できるんですか?」

文恵「ええ。ムーンライトガンとは少し発動構造を変えてある装置になったけど、出来ます。ムーンライトガンの場合、限界突破した状態でのみ発動可能。デイライトガンはそのままでOK。だから通常の銃撃と限界突破能力で戦うなら、限界突破銃とルシフェリオン、ver.2.0戦のみ、限界突破銃とサプレッサーの能力のみで戦う事になります」


 希はここに来て、少し不思議に思った。これまで策士のごとく助けてくれた、あの母さんにしては、ver.2.0のためだけに、極秘裏に秘密装置を開発し、しかもデイライトガン所持のガンナーにもその能力を与えているのだ。慎重を期してきた母さんにしては、相当何重にも慎重に構えた策だからだ。


希「あの、母さん、ver.2.0のデリーターがその能力も最強なのはわかるんだけど、抹消の効果って、別に魔法じゃなくて、弾丸が当たったら消されるんだろ? オレのパンドリオンとかで、そもそもその弾丸に当たらないようにすれば、問題ないんじゃないかと思うんだけど…」


 文恵は、この質問が出るまで、言うのを封じていたのだ、決定的な“デリーター”の基礎能力の事を。


文恵「望、そして、皆さん。このサプレッサーは“消えたモノ”を元に戻す能力を付加する装置です。それは何も“建造物”や“物品”だけではないんです。貴方達、“人間”、も、その中に入ります。何せ、ver.2.0の“抹消銃・デリーター”の基礎能力は、“意思制御弾丸”なんですから…」


 そこの全員が戦慄した。“意思制御”、つまり…


希「ちょ・・・ちょっと待ってくれ。それって…」


文恵「デリーターの弾丸は、発射後、ver.2.0が自在に動かせます。だから、たぶん戦闘になったら、ここの全員が一度は消される事になります。消されて、他の仲間が復元して、その繰り返しとなるはず。だから、全員が同じ復元能力を持ってないと、話にならないからです」

門司「消される、といっても、0になるわけではない。PCの“デリート”と同じで、見えない所に飛ばされるだけだ。それを元の位置に復元するのが、このサプレッサーの能力」

文恵「この能力が無かったために、今まで“抹消”されたガーディアンフェザーの幹部は、そのまま“どこか”に行ったまま、帰れない事になっているの。当然、そのまま放置されれば、飢えなどで死にますよね。そういう意味での“抹消”って事なんでしょう」


 全員黙ってしまった。Ver.2.0戦では、一度は消される…。


文恵「怖いのはわかります。当然です。でも、もう後戻りは出来ません。復元できるのだから、お互い“助け合って”、ver.2.0を倒し、デリーターを“抹消”してください。そうすれば、全ては終わります」

黒崎「お話では、ガーディアンフェザーを潰す、という方向になっていないのですが…」


 文恵は目を閉じて、そして、厳しい言葉を告げた。


文恵「残念ながら、“今のガーディアンフェザーの体制”を貴方達で潰す事は出来ないです。ただ、ver.2.0や重要幹部の面々を倒し、その体制を“変える”事は、私達も協力して出来る事です。その“変える”事を大きく妨げていたり、その体制を思うとおりに変えてしまおうとしているのが、ver.2.0です。そしてその一因となっているのが、“統治という名の支配“を行うために作られたデイライトガン”抹消銃・デリーター“故に、この銃を抹消する事が、鍵となるわけなの」

門司「正直、ver.2.0の希突起人類としての能力は、デイライトガン有りきのこと。デリーターを消して、ver.2.0を最悪でも拘束し、政府の管理下に置く事で、事態は大きく進展する。君たちも、くれぐれも、“ガーディアンフェザーの全てを潰す”という、ムーンライトエリアへ堕とされた私怨、だけで動かないで欲しい」


リキュール「仕方ないわね、我慢するよ…」

テンニャン「悔しいけど、そうするアル」


文恵「それから望以外のムーンライトエリアの面々に忠告しておかないといけないけど、全員がムーンライトエリアに堕とされた原因となった各人の“ver.2.0”、そいつら全員、これから貴方達が向かう所に集められている、そういう情報を掴んでます」


 希以外の全員の目つきが変わった。全員にとって、そいつは間違いなく、


 『仇敵』


 なのだった。

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