第13章 珠河

 その後、二人は無言で、というかお互いに掛け合う言葉を見つけられずに、大通りを過ぎ、駅裏の飲み屋街の路地に入り、1軒の立ち飲み屋に入った。


 『珠河』


 という漢字で書かれた立て看板が店先に置いてある、いかにもなお店だった。


ステロイド「これはな、表向きには“たまがわ”、と読むが、裏を知っている連中は、“珠=Tama、河=Liver”で、“たまり場”って読む。いかにもワルの巣窟みたいで文字通り危険だが、俺の方からマスターの話は通してある、安心して欲しい」

希「そう願いたいよ。危険なのはダークネスの襲撃だけにして欲しいからね」


 ガラッ


 扉は“引き戸”だった。中で飲んでいるいかにもうさんくさい連中の目線が一気に二人に集まったが、次の瞬間、希だけに目線が集中した。どうやらステロイドは顔パスレベルだったようだ。


ステロイド「すまんな、ウチのマスターを連れてきた。色々知りたい事がある、そう、前に話したな」

たばこを吸っている客「…対価は?」


 そういうと、ステロイドは黙って自分の財布から“一番高価な紙幣”5枚を取り出して、カウンター席に置いた。


ステロイド「これを全員で飲む飲み代に充てる。こちらからの質問に黙って渋らず答えるだけの対価としては、破格だと思うが?」

麻雀をやっている客「対価の半分はそれ、残り半分はステロイド、あんたの顔だ」

ステロイド「感謝する。今回の質問者はマスターだけだ。俺はその中から必要な物をチョイスして、今後の仕事のネタに充てる」


 髭を蓄えた蝶ネクタイでバーテンダー服の店主が一言加えた。


店主「で、訊きたいことは? 内容によって、回答者が違う。ただし注意点が1つある。ここの連中のプライベートに関する事は、一切Noだ」

希「OKだ。では質問を開始する」


 希の耳だけに、謎の扉が開く音が聞こえた。


***


希「デイライト、ムーンライト、ダークネスの関係を教えてくれ」

たばこを吸っている客「・・・・あんたは上から来たクチか。ならその視点から答える。デイライトはあんたが“普通の世界”だと思っていた世界の本当の名前だ。ムーンライトは、デイライトの“治安”と“発展”のために開発された“ver.2.0”が生活するために不必要と見なされた“旧式”の個体を捨てる場所だ。ダークネスは、その“ゴミ捨て場=ムーンライト”のガス抜きのためにガーディアンフェザーが用意した“生存を自覚させる道具”、“サヴァイバリング用の猛獣”、“ムーンライト住民の成長用モンスター”、“ムーンライトの住人が見下せる相手”、その上で、昇格制度を与えられた最下層の人間だ」

店主「そのステロイドは、ここに来るまでに聞いたと思うが、そのダークネスの昇格組みだ。ちなみに俺たちも、同様だ」

麻雀をやっている客「地べたを這いずり回る“虫”だ。デイライトの連中から言われたと思うが、ガーディアンフェザーが頂点、次がデイライト政府、デイライト住民、大きく間を開けてムーンライト、そして最下層が、ダークネス、つまり、昔の俺たちだ。まぁ昇格しても“出身”を知られたら、現在はムーンライトの俺たちでも、同じく最下層扱いとなるがな」

希「だ、だけど、ウチのスタッフ達はステロイドには優しいぞ? ステロイド、もしかして、この事、他のスタッフに話して無かったのか?」


 ステロイドは目をつむって、しみじみ答えた。


ステロイド「…話してある。知っている上で、差別せずにつきあってくれているのだ。ウチのスタッフ達は、そういう人間なのだ。ウチに来られたこと、ある意味、感謝するべきだぞ。そうでなかったケースが、この目の前の人たちだ」

店主「・・・・次の質問は?」

希「え、えっと、デイライトに戻る方法は?」

奥で新聞を読んでいる客「・・・・あんた、戻りたいのか? ムーンライト出身というだけで、迫害の嵐だぞ? ステロイドの所のスタッフほど、あそこは優しく無いぞ? それはこっちに来る時に痛感したはずだ」


希「・・・・・ver.2.0をぶっ潰したい。そして両親に真実を聞きたい。あの依頼書は本当なのか」


 中の客は全員黙ってしまった。どうやら、“この質問”はかなり禁句だったようだ。だが、対価も対価なので、この中で話してもリスクが少ない店主が口を開いた。


店主「・・・・・1つだけ、上と繋がっている場所がある。『月光タワー』だ」

希「く、黒服が車で俺を連れてきたルートか! そこを登っていけb」

たばこを吸っている客「おまえのムーンライトガンを見せて見ろ」

希「え!?」

店主「ガンナー熟練度をみたいのだ」


 言われたとおり希は、自分の“ベリッサ”を、その男に手渡した。


たばこを吸っている客「…Level2の“真紅の銃『ベリッサ』”か・・・・・話にならん」


 男は希にベリッサをかえした。


奥で新聞を読んでいる客「あんた、ステロイドのムーンライトガン、知ってるな?」

希「た、たしか、ルシフェリオン、最高レベルの銃だったよね」

店主「・・・そう、熟練度50万到達で変化する、最高レベルの銃だ。おまえさん、まだこの銃って事は、熟練度1000程度だろ」

希「確か、この前のサヴァイバリング前で500とかなんとか」


 店主は一つ咳払いすると、現実を語りはじめた。


店主「話では、あんたの店には、その熟練度50万以上の連中が数名いるらしいが、そんな屈強なガンナー達でも、あの“唯一の場所”に挑むなど、考えもしていないわけだ。Ver.2.0が存在しないステロイドはともかく、他のメンツには、ver.2.0もいるだろうし、上での生活もあっただろうし、おまえさんと同じ気持ちは、あったと思う。それでも挑む、というかそんなこと考えもせず、こっちでの生活サイクルの中に入っているのだ」

たばこを吸っている客「あんた、そんなくだらない事考えてないで、こっちでの生活に慣れる事を考えな。いいか、一応対価との交換で『月光タワー』の事は教えた。だが、この場ですぐに忘れろ。命が惜しいなら、ここでの生活が大切なら、な」


???「そう、“犬も歩けば棒に当たる”、って奴だ。やめとけ」


 目つきも姿勢も警戒モードに変わったのはステロイドだけではなかった。希以外のその場の全員が、たばこを消し、麻雀をやめ、新聞をたたみ、拭いていたコップを置き、各自のムーンライトガンを構えたのだ。


ステロイド「・・・・ガーディアンフェザー“アップデート管理部門”担当課長、火野下愚土(ひの かぐつち)・・・・久しぶりだな、もう見たくない顔だったのだが」

火野「“元ダークネス試験体No.55555”、“現在名ステロイド”、説明ご苦労。それと俺も仕事じゃなかったら、会いたくなかった」


 希は半ばパニクっていた。確か“アップデート管理部門”というのは、あの忌々しい“ver.2.0完成”の書類に書かれていた部署だ。Ver.2.0と交換して俺をこっちに堕として終わりじゃ無かったのか!?


火野「俺の上司、“草薙”の指示でね。ちーと問題になっている、そこの“望の旧式”に用があるのだ」

ステロイド「どこから付けていた?」

火野「そいつには最初からマーカーを付けている。黒服に、そう指示を出していたそうだから、上から堕とされる時点から、マークしていた。だが草薙の指示で、今回はいつものようにモニターで見ているのではなく、実際に本人とエンカウントして…」

希「ちょっと待て! 黒服はこっちでの生存競争の事は言っていたが、マークしているとh」

火野「話の途中だ。エンカウントして、始末する。それが草薙の指示だ」

ステロイド「ガーディアンフェザーからの、こんな措置は初めてだな。理由を聞いてからでないと、先には進めないな。どっちにしても」

火野「いいだろう。そこの当人、耳の穴かっぽじって良く聞け! 原因はおまえの両親だ」


 希は目が開いた。そこは一番聞きたかったことだ。俺を売ったのか、それともそうでないのか…。


火野「おまえのアップデートは、な、書類では依頼者が両親って書かれていたと思うが、まぁおまえの本心通り、そうではない。当然、無理矢理だ」

希「!!!!」


 希は驚くと同時に、心で安心した。やっぱり両親からの依頼ではなかったのだ。


火野「おまえは、な、『希突起人類(きとっきじんるい)』の遺伝子を持っている。だから、その遺伝子だけ必要だった故に、おまえの両親を幽閉した上で、無理矢理、父親の精子、母親の血液と卵子から、ver.2.0を完成させた。二人は身体が安定した後に、再び幽閉して・・・・あるはずだった。だが、何者かが間に入ったらしく、逃げ出して、現在ガーディアンフェザー内部で、色々面倒な事をしているのだよ」

希「母さんは! 父さんは! 無事なんだな!」

火野「無事も何も、死体が上がってくれるのを部署は望んでいるのだが、いまだに姿すらつかめない。だが、各所の端末で問題が起こるたびにログを解析すると、おまえの両親のアカウントでログインされているのだよ。何故そんなアカウントでログイン出来るのかわからんが、おそらく“間に入っているだれか”がアカウント権限を書き換えた、そうとしか考えられん」

ステロイド「つまり、ver.2.0は完成して、その遺伝子は入手済み。処理を誤った両親の前に、まず一番危ない存在になってしまったver.1.0のウチのマスターを始末して、その情報を流せば、“無駄な抵抗だ”という事を見せつけて、ご両親の方から出てくるだろう、そう部署は判断して、おまえをよこした。ということだな?」

火野「ご名答」


 チャキ


 火野は自分専用のデイライトガン“爆炎銃『アグネント』”を懐から取り出すと、希に銃口を向けた。


火野「骨まで焼き払って、さっさと始末しないと、ムーンライトの連中がうるさいのでな。我々の統治にも響く。それに、ステロイド以外は、どうやらお利口さんのようだ」


 ステロイドと希以外の全員がムーンライトガンを懐に収めて、また椅子に座ってしまった。どうやら、ガーディアンフェザー直属との戦闘は、自分に関係しない用件では関わり合いになりたくなかったようだ。


火野「では、さよなr」


スピーカー「サヴァイバリング展開! 全員待避してください! 繰り返します! サヴァイバリング展開! 全員避難してください!」


火野「なっ!!!! ステロイド、貴様!」


 ステロイドは銃を持つ右腕ではなく左腕を後ろに回して、自分のスマホの“サヴァイバリングアイコン”をタップしていたのだった。


ステロイド「俺も、“ガーディアンフェザー”側とのサヴァイバリングは初めてだ。どうなるか、検討も付かないが、ガーディアンフェザーは“許可”したようだな」

火野「そんなわけあるk・・・・ま、まさか、希! 貴様の両親がシステムに侵入したのかぁ!!!!」

希「父さん…母さん…」


 そして、前代未聞の“ガーディアンフェザーvsムーンライト”、つまり、“デイライトガンvsムーンライトガンの決闘”が開始されてしまったのだった。

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