第12章 ステロイドの十字架
今日の休日は、ステロイドに同行をお願いしたのだった。一応自分のスマホからサヴァイバリングを展開できるのだが、意味合いはソレとは別だった。
考えてみると、同行や親睦を深めるようなイベントが起こってないのは、ステロイドだけだったのだ。それに、ステロイドからは“この世界の深い事情”を聞き出せそう、そんな気がしたからだったのだ。
目的地は俺からは特にノープランだったので、ステロイドのお薦めを聞いたら快く場所を提案してくれた。カレのお気に入りの場所である、飲み屋街の“アラヤド”だった。
***
(ムーンライト居住エリア内 飲み屋街“アラヤド地区”)
希「あ、あのさ、ステロイド。提案は嬉しかったんだけど、何もこんな日中から飲み屋街に行かなくても…。それにウチ、飲み屋だし…」
だが、ステロイドは歩きながらも真っ正面に目線を置き、希に理由を語り出した。
ステロイド「マスター、ウチでの俺の役割は、知ってるよな」
希「あ、ああ、“おっさん達の相談相手と話し相手”、それと、力仕事、だよね?」
ステロイド「そう。この話し相手と相談相手ってのは、意外に好評だが、これがこれで“ネタ”を仕入れるのが大変なんだ。ネタがないと、おっさん達との会話が出来ないし、相談に乗ってアドバイスも出来ない」
希は考えを改めたのだった。ステロイドは自分が生きてきた道の経験だけで、あの仕事を受け持っているわけではなかったのだ。ちゃんと仕事のためのネタも、自分の足で仕入れてきているのだった。
ステロイド「だが、それだけじゃない。個人的な事も含めてだが、そのネタの中には、マスターが知りたがっている内容も含まれる」
衝撃だった。ステロイドには希が今日自分を同行させた“本当の理由”が筒抜けだったのだ。
希「・・・・この世界の事、上の世界の事、そして、あの胸くそ悪い“ver.2.0”とか“ガーディアンフェザー”とか、いつか倒さなけりゃならない“黒服”とか、全部なのか?」
ステロイド「この世界で“サヴァイバリング”の賭け事に興じている連中だって、ウチの夜の営業で俺に話している愚痴では、この世界を憂えている。それとマスターは何も知らされずに、こっちに堕とされたみたいだが、大概のこっちの連中は“知っている上で堕とされた”わけで、余計つらいわけだな」
希「ガーディアンフェザーの、その、なんだ、“検閲”、みたいなのは、入らないのか? 上の世界が戦時中は、憲兵とかが良くやっていた奴みたいに…」
ステロイドは少し考えた上で、歩きながら、再び語り出した。
ステロイド「ウチのスタッフからも話はあったと思うが、ガーディアンフェザーは、上の世界の戦時中のような“無能な統制”はしてないんだ。“無理矢理押しつけ”は逆に人間の不満や、“成長”、“発展”を阻害する。Ver.2.0の理由でこっちに堕とすのは、そりゃ理不尽だ。だが、それがある上に、こっちに来てまで“理不尽な差別”が起こること、大規模なデモが起こること、普通に生活できないほどの“不平不満”で蔓延する事、それを防ぐための何重もの“システム”をこっちにも施している」
希「サヴァイバリングの“ガス抜き”と“成長システム”、ウチのような“飲み屋”、上と変わらない“町並み”、“通貨”制度はある事、“文化”を強制しない、“医療や警備”の充実」
だが、それだけではなかった。
ステロイド「それと、“ダークネス”、の存在だ」
希「・・・・正直、あいつら、なんなんだ? 殺意はわかるが、存在がいまだにわからない」
ステロイド「あいつらのほとんどは、ガーディアンフェザーが最初に設置したダークネスにやられた“こっちの世界の住人”だよ。ガーディアンフェザーの目的は“こっちの住人にも、”自分達より下がいる“、設定を作り、安堵させる事だ。実質、奴らとの戦闘があっても、”躊躇無しに攻撃出来る“、”いざとなれば治安部隊が動いてくれる“事で、大きなガス抜き効果、場合によっては”ガーディアンフェザーへの感謝の念“すら起こさせることもある。人間誰だって、命を救ってくれる存在には、心を許すからな」
希はショックだった。それが本当なら、ガーディアンフェザーの存在そのものが、とんでもない悪質な団体であるわけで、更に“ダークネス=元はこっちの住人”と言うことは、今まで戦ってきたダークネスの中には、リキュールやテンニャン達の話に出てきた“前のマスター”、“師匠”がいたかもしれないのだ。
ステロイド「安心して欲しい。俺たちも含めて、今まで戦ってきたダークネスの中には、リキュールのカレシやテンニャンの師匠、これまでやられたマスター達のダークネスはいなかったよ。姿は同じのままでダークネスにされるから、それと、な、マスター、」
話はまだ終わりではなかったようだ。そして、ここ“アラヤド”に来た意味を象徴するのが、ステロイドの次の話だった。
ステロイド「マスター、俺はリキュールと同じくかなりの古株だ。そして、俺は、そのダークネスから、こっちの世界の住人を堕とした上で、この世界に昇格した、罪人だ。そして、俺のver.2.0は存在しない。俺は、元は、さっき話した“ガーディアンフェザーが最初に設定したダークネス”だ。俺の“十字架”は、そういう事なんだよ、マスター…」
希には、言葉が見つからなかった・・・・・・・・・・。
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