第7章 サヴァイバリング

希「ふぅ。やっと定休日か」


 朝から昼過ぎまでのコーヒーと簡単な軽食調理を伴った喫茶店勤務、深夜を除いた夜のバータイムでのコーヒー提供と観察や勉強などの毎日が、数日続いた。2日目にリキュールから喝を入れてもらってから、そして、この世界で生きていかないと行けない、という切羽詰まった状況に置かれた大人の底力というのか、意外に早く、とりあえず毎日を回転できる位の”適応スキル”は、会得できた。


 あれからちょうど5日目。初日は黒服が決めた臨時定休日だったので、本来の定休日だった曜日からちょうど1週間目だったのだ。


 正直、『元の世界』での”殺人的なランチタイム”に体が慣れていたせいか、”この世界での新人なら間違いなく疲れる”だろう最初の1週間は、リキュールやぬこみん達のサポートが徹底していたおかげでそれほど疲れなかったのだ。


 他にも、初日と2日目のバトル以降、治安部隊のおかげで、斬った張ったがなかったのも幸いした。


 また、自分の時間内でのカフェバー勤務が終わった後、まだ勤務中であるが時間を見て教官になってくれた”ステロイド”と、夜の時間、地下の練習場で『練習用ムーンライトガン=鬼弾銃コボルダーの習熟銃撃練習』も、ステロイドの”経験豊富”な教導のおかげでスムーズに行え、だいぶ、この”元の世界でいう銃とは大きく違う銃”の扱いにも慣れてきた。少なくても練習用の的の中央付近に安定して、このもやもやした白い銃弾を当てることができるようになってきた。


 ステロイド曰く、


ステロイド「なかなか、筋はいい。後は練習継続と実戦、あるのみだ」


***


 その大事な定休日は買い物の日にした。


 この数日は慣れることだけで手一杯で、黒服が持ってきた、俺の元の世界の服数着を洗濯して着回しで何とかしていた。”凌ぐ”というほどではなかったのだ。勤務時間はマスター服があるおかげで問題なかったし、地下の練習場では汚れない作業着があったのでそれを着ていた。なので、“上着”は困らなかった。


 困っていたのは、”下着”だったのだ。これは洗濯を繰り返していたが、黒服が鞄に突っ込んだのであろう枚数では、全然足りなかったのだ。他にも日用品も借り物では厳しくなった。


 ということで、近くの町に買い物に行くことにした。だが、いかんせん、初めての世界だし、何よりここでは”戦いから避けて通ることはできない掟”がある。その前日の午前中の喫茶店の時間の暇なときに、ぬこみんに相談したら、二つ返事でデート・・・・・・もとい、買い物の護衛を受けてくれた。


ぬこみん「OK~♪ 私の腕は、この前の2回の戦闘でわかっていると思うし、それに・・・・少し、私も息抜きしたくなったの。勿論、マスターも肩の力をもっと抜いた方がいいと思う。この世界には戦闘はつきものだけど、常にアンテナ張り巡らさないといけない状況でもないし、それに、奇襲でなければ、街で戦闘状態になったら・・・・・たぶん、そのときになったら、わかると思うよ♪」


***


 ということで、とりあえず何でも揃う総合スーパー施設のある街に出かけた二人でした。交通手段はカフェバー『vona』の店舗、つまり、希やぬこみんの住居から徒歩で出かけられる場所に、その街はあったからだ。


希「気分転換も兼ねてなら、公共交通手段も一応あったし、車もスイートから借りればよかったと思うけど、徒歩エリアでよかったの?」


ぬこみん「そーゆーの使えば、デートらしくなった、そうでしょ?」


 希はあっさりと見抜かれてしまって、久々に素で照れた。


 ぬこみんと、喫茶店で”マスターとウェイトレス”の関係で職務に就いているが、元の世界で、元のカノジョであるウェイトレスにあんな酷い扱いをされた希は、正直心寂しい思いだったことに嘘はつけなかった。


 更にスタッフの他の女性と言っても、リキュールはどうにもとりつく島がないし、テンニャンは料理一筋であり、更に二人とも基本、バータイムのスタッフで更に二人ともとても忙しい。


 その点、午前中の喫茶店営業の方は、実はそれほど忙しくない。更に、ウェイトレスとして午後過ぎまで一緒にいる”ぬこみん”の、こういう『女の子らしい可愛らしさ』で、更にムーンライトガンの腕っ節もあり、いろいろこの世界のことを教えてくれる有能な女性に、正直、心を引かれていたのが、本音だった。


 とりあえず、『俺は君が好きだ』、とこんな初期から”がっつく”のはマナー違反なのは、カノジョ持ちだった希はさすがに知っていたので、下手ながらも演技した。


希「う・・・・見抜かれたか・・・・・」


 だが、“ぬこみん”は、希が考えていた以上に、


 『素敵な女の子』


 だったのだ。


ぬこみん「いいよ、演技しなくて。マスター、私のこと、好きなんでしょ?」


 実にストレートだった。しかし、男の子は、この”女の子のストレートな意思表示”にとても弱いのだ。


希「ぬ・・・ぬこみん・・・これから・・・買い物なんだ・・・よ? いきなり、クライマックスってのは・・・そういうことは、街のオシャレなバーで、二人で・・・」

ぬこみん「ウチ、バ-じゃない。商売敵の店では飲まないよ♪ それに、さ。『カレシカノジョのデート』って最初から宣言しての買い物の方が、楽しいじゃん♪」


 希は完全にやられた。この子は、想像以上に素敵な女の子だった。それに自分の器の小ささを恥ずかしく思った。一枚も二枚も、カノジョの方が上だった。


ぬこみん「あ、でもね。デートがわかっていたのに”徒歩”にしたのは理由があるの。公共交通機関の中だと、ムーンライトガンの使用規制がかかっていて、電車でもバスでも徒歩より条件次第で危ないのよ。特にこの前から連日狙われたウチのスタッフ全員用心している中で、車なんてもっと危ないの。一番安全なのは、意外と思うけど”徒歩”なの。街中でのムーンライトガン規制はないし・・・・・・あーゆーのが来ても、『公共のバトルシステム』が働いて、やりやすいの」


 希は思った。元の世界でカノジョに知り合っていたら、間違いなく”命の駆け引き”なんて気にしない条件で、もっと楽しくデートできた、と。希はさっきの久々に暖かい気持ちで女の子とデートしていた気分を壊されたことでふてくされながら、ぬこみんが指さした方に目線を移した。そこには、またもや、世紀末な格好をした男一人が、こちらを睨んでいた。どうやら攻撃意思があるらしいことが一目瞭然なのが、実に悲しいことだった。


男「くっくっくっ。この“ゲージ”がよ~、そこの男に反応してんよ~、ビンビンに! おめー、上から来て間もないな? んじゃ、餌になってもらおうじゃねーの!」


 ぬこみんは、やれやれと言って一つため息をつくと、スマホを取り出して、アプリのボタンをタップした。すると、街に常設の”システム”が発動し、アナウンスがかかった。


アナウンス「『サヴァイバリング』発動! 対戦エリアを展開します! この地区にいる対戦メンバー以外、全員エリアから避難してください!」


 そのアナウンスが2回コールされた後、希とぬこみん、そしてその男のいる道路の建造物が路面に吸い込まれていき、建物の壁面に防弾壁が展開し、すべてが”変化”し終わったエリアの状態は、まるでそこが、『ビルが障害物になっている市街地戦のバトルエリア』、のように、いや、まさに、『それ』になっていた。


ぬこみん「これが、ムーンライト居住区で交通機関を使ってない時にバトルになったときのみ発動される安全装置であり、掟に沿ったシステムの、『サヴァイバリング』、よ♪」

希「だ、だって、こういうのは、この前にみたいに、治安部隊が・・・・」

ぬこみん「治安部隊はどこにでもいるわけではないし、すぐに駆けつけることができないの。デイライトの警察と完全同義の機関ではないの。それにデイライトが作った掟”生き残るのは自分の力量”は、残念ながら避けて通れない。だからガーディアンフェザーが作らせたのが、この”簡易バトルエリア展開システム”=『サヴァイバリング』、なのよ。良くも悪くも、安全に他に被害が少なく、生き残り戦闘、ができる、そういう公認のシステムなの」


希「うう・・・せっかくのデートが・・・・」

ぬこみん「はい! デートは“生き残った”後に、続行できます! マスター! コボルダーを抜いて! 私もルシフェリオンを抜きます! バトル! 入ります!」


 こうして、甘いデート気分は一転、生き残りを賭けたバトルへと変わってしまったのでした。

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