第6章 『vona』のバータイム

(PM6:00 ムーンライト居住エリア内 カフェバー『vona(ヴォーナ)』)


 カフェバー『vona』はPM6:00より、バーとしての営業に変わったのだった。


 希はあの戦闘の後、片付けて、数名の客相手だけだったが、昼過ぎまでコーヒーを提供する営業を行い、その後、夕方まで休憩に入る“ぬこみん”以外のバータイムの“スタッフ”、つまり、スイート、リキュール、ステロイド、テンニャン達と業務を交代した。スタッフはバーの仕込みに入り、PM6:00よりバーを開始したわけだ。


 希は朝から継続となるが、夜9:00まで、慣れるためと申し出て、カウンターでコーヒーを特別に出すコーナーを設けて貰って、接客の傍ら、店内の観察もしていたのだ。


 午前中の戦闘の後、男連中が“デイライト”から盗んだ、“バックラー3つ”をデイライト側の治安部隊に渡した上で事情を説明したおかげで、『vona』の周りには、治安部隊の隊員数名が巡回して警備してくれたのだった。よって、通常の営業に戻れたのだ。


 ムーンライト居住エリアでの“生き残り戦闘”は必須だが、治安に関してはデイライト側も関与できるので、所謂、デイライト世界の“警察”と同義である“治安部隊”は、こういう場合は協力してくれる。


***


 さて、バーとなった『vona』だが、“ぬこみんの明るさ”、“リキュールとスイートのファン”、“テンニャンの料理の旨さ”、“ステロイドに悩みを訊いて貰う”、が大きな理由だが、結構繁盛しているのだ。


 客は様々。デイライト居住エリアの“人種のるつぼ”な国と同じく、まさに“種族のるつぼ”だった。ある程度の傾向はあるが、別にデイライトの希がいた国の人だけが客ではない。一応、ここの国の言葉で話してくれるので、接客には問題無いが、


 『様々な国出身の人もいるので、マナーも様々』


 である事を頭に置かないと、色々トラブルの元となる。そこら辺を、スタッフ達はよくわかっているようだった。


***


 特に接客専門となるホールの“ぬこみん”はさすがだ。英語もぺらぺらで、異国の一見さんとも、しっかりコミュニケーションが取れている。ここら辺は見習うべきだ。


 この猫コスプレに寄り集まってくると思っていた、“そういう方々”、は、ちらほら程度で『メイドカフェ』な方向には行ってないんだなぁ、と感心した。そもそもデイライトの世界では、“カフェバー”は昔の一時期繁盛した営業形態で、その後、“メイドカフェ”などに変化していった、そう聞いている、だからこそ、今の光景は、“在るべきカフェバーの進化形態”だった故に、安心したのだ。


***


 リキュールのファンは熱心だった。花束持ってくる“優男”、酒を頼んでは“デートの申し込み”をする“惚れ込み男”等々。だがさすがリキュール、“軽いナンパにーちゃん”だけは、接客はするが寄せ付けなかった。これまでに来ていたのかもしれないが、リキュールのガードが堅い事、そして高いことをしって、寄りつかなくなったのだろう。


 だが、あの“母性”すら感じる包容力を知ってファンになった男達のまなざしは、真剣そのものだった。だが、どうも、“リキュールの心の壁の向こう“には、”なにかの男性“がいるのか、その熱心なファンの熱い羨望も、決して届かないのだった。


 いったい、誰なのだろう? 彼女を唯一落とした男


とは。


***


 スイートのファンは全部女性だった。当然といえば当然だ。デイライト世界の某歓楽街とは違う傾向の店だったので。


 が、スイートはスイートで、1つ気になる“ファンへの接し方”をするのだ。


 『冷めてる』


 のだ。“スイート”という、まぁおそらく“通り名”だろうが、『甘い』というのは“容姿”であり、ファンへの対応は、“スイートな”とはほど遠い。


 そこに、シビレる、憧れるぅ!


 なクール好き女性にはたまらなく、ますますハマっていくのかもしれないが、俺がその立場だったら、毎日夕食は別のダレか、になる、素敵な時間を過ごせる、のかと思うと、なんかスイートに嫉妬がないわけでもない。


 “彼”、の心の内は、そのファンへ開くのではなく、“スイーツ”、に向けられている、そうヒシヒシと思う。とにかく妥協がない。パティシエとして厨房で“スイーツ”を作る時間は、接客を一切入れず、スタッフとも話さずに、“職人”、として“甘味”を作っている。ある程度個数が出来た時点から、彼のファンを含めた客への接客が始まる。


 あらかじめボードに、『今日のスイーツ』、の名前と内容と個数を書き出しているので、それ目当ての客は、それを当てにするようだ。ちなみに店の“HP”にまで書いてあるそうなので、そういう所は、俺の“望名の人気ランチ”と共通するところが有り、とても共感できる。


 だが、それだけなのだ。接客は丁寧、そして“優しい”。彼にファンが付くのは“容姿”だけではない。完璧な接客だ。だが、心の中に入る会話になると、実に見事に“遠慮する”。客が嫌な気分にならないように、だ。


 彼の心の中は、いったいどうなっているのだろうか? “パティシエ職人魂“、だけなのだろうか?


***


 テンニャンはほぼ時間内、ずっと厨房にいる。厨房から出来上がった料理をトレイに乗っけて客の席まで持っていくのは、ぬこみんだ。テンニャンはとにかく忙しく、メニューをガンガン作っている。


 テンニャンのファン、というか、ファンの心を掴んでいるのは、言うまでも無く、『彼女の料理』だ。昨日食べた“麻婆豆腐”は絶品だった。味は、マスターである俺が保証する。デイライト世界なら、間違いなく、“繁盛店”、を任せられる。


 というか、なぜ、ココまでの腕を持っていて、自分で1軒の店を持たないのだろう? スタッフとの信頼関係はわかるが、俺の視点から見ると、“もったいない”、のだ。


 それに彼女の昨日の行動でもわかるとおり、“底なしに優しい”。勿論、料理には“自論を持って”いて、同じく自論ありのスイートと多少言い合いもあるくらい、料理には厳しい。だが、彼女は、本当に、“母性”、のある女性だ。仕事柄、ホールには姿を現さないが、ホールの仕事もやって貰えれば、間違いなく。リキュールやぬこみんとファン客を分かつだろう。


 彼女の信条とは、いったいなんなのであろうか?


***


 スタッフの中で、一番自由といえば自由なのが、“ステロイド”、だ。力仕事のお手伝いなのだが、バーの営業時間中、特に呼ばれなければ、ファン・・・と言えばいいのかわからないが、“おっさん客”、と一緒に飲んで、悩みを聞いて、励ましているのだ。これが、この店の“名物の1つ”でもあるそうだ。


 とにかく“経験豊富”で“的確なアドバイス”をしてくれる。疲れていて、更に、奥さんや上司や部下にも悩みを話せない“おじさん”達は、世の中にごまんといる。その一部であろうおじさん達が、このバーの一角で、ステロイドと飲んでいるのだから、不思議な光景と言えば光景だ。


 なので、ステロイドだけは別扱いの勤務形態を取っている。ただ、なぜだろうか、ステロイドからは、何か、


 『とんでもなく重い十字架』


 を背中に感じるのだ。


 「悩みを打ち明けてくるおじさん達の“悩み”など、俺が背負っている十字架に比べれば、小さいって!」


 そういうスタンスだからこそ、あれだけの悩み相談室をやっていても、いつも明るい顔をしていられるのだろう、そう思う。


 彼の過去とは、いったい、なんなのだろうか?


***


 そして、宿敵であり、俺の担当である、黒服。


 まだ名前すら聞いてないが、いつか、奴とは、決着を付けるべきだ、と思う。だが、なぜあろう、奴は確かに“ムーンライトへ行くような奴が身内や友人にいたら、体よく「さよなら」する」”、と言ったのだが、どうも、


 『本心ではない』


 ような気がするのだ。俺の担当だから、仕事的に報告を聞く、とは言っているが、同時に、


 『生き残るのは、おまえ次第だ』


 とも言っている。もし、本心で毛嫌いしていたのなら、何も言わないはずだ。


 奴はいったい、ナニモノなのか?


 様々な謎が、この2日間で俺を取り巻いていた。

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