第4章 リキュール is 『鬼軍曹』?
(明朝 ムーンライト居住エリア内 カフェバー『vona(ヴォーナ)』3F 希の部屋)
ビー! ビー!
先ほどから、ビルの3Fにある“希の部屋”のベルを鳴らしているのは、希の仕事回りの管理を担当している“リキュール”だった。もうかれこれ30回は鳴らしているが、全く部屋に変化がない。電気もついてないし、人が動く音もしない。電気関連のライフラインの音だけである。
リキュール「はぁ~。予想はしていたけど、こりゃ相当レベルか…。ここで慈愛の神で接しても、本人がどんどん“今の境遇”から現実逃避するだけなんだよね…。やっぱり”鬼軍曹“で行くべきかなぁ…。そうすると、ますます意固地になるし…。困ったな」
予想通り、昨日起きた一連の事件が、希には相当ショックだったのだろう。晩ご飯、朝食、いずれも取らずにベッドの上で布団にくるまって、引き込んでいた。
顔色も良くない。正直、これで“10時からの開店時間に準備を済ませて、最低でもコーヒーを客に提供できる状態に・・・・出来るはずがない。ステロイドが言っていたように、1週間は復活や開き直りに、時間がかかることは明白だった。
希は大人だ。社会人生活をしている場合、どのようなショックな事があっても、仕事の時間には間に合わせる、それは“ショックの度合い、本人のメンタル”の程度もあるが。常識だ。
だが、希が受けたショックは、確かにでかすぎる。生活から何から、全部一変することだ。
“慈愛の神”のように接するというのは簡単だ。同情して当分の休暇を与えることだ。“鬼軍曹”は、無理矢理にでも引っ張り出して、ひっぱたいてでも、10時の開店時間に間に合わせる事だ。
リキュールが困った結果、選択したのは、『納得のいく鬼軍曹』だった。
ピー、指紋チェッククリアー、ロック解除
リキュールはスタッフのみが持っている、全員の部屋のカードキーを使って、指紋チェックが行われたあと、部屋のカギを開けた。
リキュール「はい、入るよ」
部屋の隅のベッドの上で毛布にくるまって体育座りでぼーっとしていたのは、当然、希だった。
希「・・・・・・」
リキュール「・・・・今から私が貴方に、2つの選択肢を与えた上で、選んだ方で声をかけます。それで納得いかなかったら、もう片方を言います」
希「・・・・・・」
リキュール「1つめは、優しい同情する言い方。2つめは、厳しく引っ張っていく言い方」
希「・・・・・・人間なら・・・・こんな状態に・・・なった・・・人間に・・・・かけるなら・・・・・前者・・・じゃ・・・ねーのかよ・・・・」
リキュール「わかった。精神疲労が酷いね。仕事はいいから、今日、いや、治るまで、そこで休んでなさい。食事は食べられれば、私たちが持ってくるから」
希「・・・・・・カフェタイムの・・・・マスター・・・・・他にいるのかよ・・・・」
リキュールの心中は、だんだん穏やかで無くなってきた。が、自分が選択肢を与えたのだ。我慢して、淡々と答えた。
リキュール「昨日紹介したスタッフで全員。そして、カフェのマスターを担当できる人はいない。前任のマスターがダークネスにやられて堕とされてから、カフェタイムは、唯一バーの時間でも出せる“コーヒー”のみのメニューで、スタッフ全員が交代制で受け持ってきた」
希「・・・・・・」
リキュール「深夜まで営業した後、少し休んで、時間短縮で営業していた。疲労が激しかったので黒服に相談したら、貴方を紹介して貰って、別のカフェバーに行く契約を切って貰って、こっちに回して貰った」
希「・・・・・おまえらも・・・・・黒服と・・・・グルだったのかよ・・・・」
リキュール「・・・・・・私がキミの新型を作らせたのではない。相談したらこっちに来る予定のキミがいることを教えて貰ったから、こっちに来て貰っただけだ。どのみち、どこのカフェバーに決まっていても、どこもこんな感じだ。耐えられなければ、自滅する道しかない」
希「・・・・どこが・・・・前者の言い方だよ・・・・」
リキュール「精一杯の前者の言い方よ。これ以上を要求するなら、選択肢抜きで、鬼軍曹だけど、それでいいかしら?」
希「・・・・」
リキュールはぶん殴りたい衝動を抑えて、あくまで納得の行く説明で、引っ張りだすことにした。
リキュール「少なくても、キミ、社会人よね? それも子供の年齢ではない。黒服の話では、喫茶店のマスター修行を積んで、店を持った年齢。そうよね?」
希「・・・・・」
リキュール「こっちの世界でも、貴方の世界でも、根幹は同じなの。社会は待ってくれないの」
希「・・・・・」
リキュール「そして、『任せて貰える、期待して貰える』立場がある事は、そんなにないの。ガーディアンフェザーの“使いっ走り”の黒服に無理言ってお願いして、あなたをこっちに回して貰ったという事は、ここのスタッフ、みんな、貴方の喫茶店マスターの腕を見込んでいるの」
希「・・・・・」
リキュール「昨日の歓迎ぶり、あれは“作ったモノ”ではないの。みんな、そう思っていたから、そうしたの。そして、この境遇になったことも含めて、明るく接しよう、そう決めたから、みんな、明るかったのよ?」
希「・・・・・なら、せめて、そのステロイドとかいうおっさんの言うように、1週間くらい、休暇くれよ・・・・・」
リキュール「・・・・・店長扱いの待遇でも、昼過ぎまでのカフェタイムのマスターだけでいい、そう言ってるの。深夜までやってるバーは、当分はノータッチでいい、昼片付けが終わってからの、バーの仕込みとかいらないから、貴方はこの世界に慣れるような事を自由にすればいい、そういう待遇なんだけど、それでも、だめなの?」
希「・・・・疲れたよ・・・・」
ついにリキュールがキレた! ベッドに強引に近づき、希の襟首を掴んで、顔を近づけ、ドスの効いた声で、丁寧に、こう事情を言い放った。
リキュール「おぼっちゃま君? あたしら、カフェの時間まで交代でやった上で、ご飯食べてから、深夜までやるバーの仕込みから、営業から、片付けまで、全部、あんな少人数でやってるんだけど? あんたの経営していた喫茶店、よほど、大人数で交代ありありの余裕ありありで、やっていたのね? 更に早朝、あんたの面倒まで見る時間に潰されて、ちょーーーーっと、神経、苛立っているんですけど?」
希もカチンと来た。自分の喫茶店だって、同じような少人数でやっていたのだ!
希「俺をバカにするならいいさ、こんな腐った男、どうとでも。だがな、“ウチの店”、馬鹿にするってのは、許せねえ! うちだって、毎日、早朝仕込み、地獄のランチタイム、遅いまかない、夜の時間、閉店後の片付け、おまえらと変わらん位、大変だったんだよ!!」
リキュールは掴んでいた襟首を離し、腰に両手をあてて、総括を言ったのだった。
リキュール「それだけ、負けん気が残っていれば、この世界でも何とかなるわ。それに、あんた、デイライトでも大変だったのに、店が繁盛する位まで、頑張っていたんじゃないの。『それをこっちでも継続していけばいい』、それだけなんだけどな」
希は、ハッとなって、我に返った。このリキュールとか言う“バーテンダー”、話術がただ者で無い…。
希「わ・・・悪かった・・・大の大人が、ガキみたいに“だだこね”て…」
リキュール「みんな、多かれ少なかれ、こっちに来た時は、そんな感じだったんだ。ここまで酷くはなかったけどね。また落ち込んだら、私の話術の助け、欲しい?」
希はポッと照れた。
希「す・・・・すまないが、当分、助けて欲しい・・・・」
リキュール「了解! 店長命令ね♪ 当分助けるわよ♪ でも、今度腐ったら、最初から鬼軍曹だから。いいですか?」
希はまた照れた。
希「は、はい…」
リキュールは手を叩き、話を終わりにした。
リキュール「では、店長、悪いけど、昼過ぎまで、コーヒーを入れるだけでいいから、カフェのマスターやってください。ウェイトレスの“ぬこみん”は昼過ぎまでウェイトレスやって、それからバーの開店時間まで休み。15:00から深夜までの私たちはちょっと休ませて貰うわ」
希「りょ、了解」
リキュール「マスターの服は、サイズとかあらかじめ黒服から聞いて用意してあるわ。バックヤードの貴方のロッカーに入ってます。では、あと、宜しく。コーヒー関係の機器とかは、ぬこみんが詳しいから、聞いてね。じゃ」
希は去り際のリキュールの手を掴んで、こう、謝った。
リキュール「疲れている所、すまなかった。精一杯、俺、頑張るから、助けて欲しい」
今度はリキュールが、赤くなった。
リキュール「・・・・OK♪」
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