第2章 カフェバー『vona』にて

(某月某日 午後6時 ムーンライト居住エリア内 カフェバー『vona(ヴォーナ)』)



望(う・・・・・い・・・生きてる・・・のか・・・俺・・・)

黒服A「バインド終了時間だ。起きろ、旧式」

望「う・・・・こ・・・・ここは・・・・・・・・どこだ?」


 ふらふらしながら、何とか立ち上がった望は、ゆっくりと周りを見渡した。近未来アクション映画で見たような店のホールである、それだけはすぐに確認できた。


 鉄格子、多数のモニター、でもオリエンタルな雰囲気もあり、洋な雰囲気のコーナーもある、様々な要素が渾然一体となっている、サイバーパンクな雰囲気の店内だった。だが、骨格部分だけは理解できた。


 おそらく“カフェバー”の作りだ。コーヒー類とリキュールと調理の臭いがする。ただ、この時間は“バー”の時間なのだろう、とマスターだった時の勘でわかった。酒の臭いが強いのだ。


 意識が元に戻っていくにつれて、自分の事が心配になった。ぶっちゃけ“拉致”られたと考えるのが、整理するのに都合がいい、そう頭を切り換えた。


 自分の横には、愛用のボディバッグが置いてあった。すぐに中身を確認すると、見知らぬ“紙幣”10枚が入った愛用の財布、3セットの着替え、喫茶店に置いてあった私物数点が入っていた。だが、一番肝心のモノがごっそり無くなっていた。


 身分証明書だ。


 運転免許証、健康保険証、クレジットカード類、あらゆる店の会員カード、全てだ。簡単に言うと、


 『自分で発言する事以外で、モノで自分の事を証明出来ない状況』


 だった。これは、極めて危機的状況である事は、嫌が上でも理解できてしまう条件だった。


黒服A「旧式、君はたった今から、ムーンライト居住エリアの住人として一生を暮らす事になる。名前は旧式だったとしても、元の『にのまえ のぞむ』を名乗っていい。どのみち君が、前の“デイライト居住エリア”に戻る事はないから、Ver.2.0と混同される事もないだろう。だが保険として、漢字だけは変更させて貰う。君の名前の漢字は『一 希』だ。いいか?」


希「お・・・俺は・・・どうなったんd」


???「にゃふーーーーーーん! 新しいマスター! よろしくにゃん!」


 “なにか”が抱きついてきた。声と、胸が腕に当てられたので、たぶん“女性”なのだろう。だが、知らない声だし、記憶にない女の子だ。


 意識はまだ正常ではないが、とりあえずこの“女の子”ぐらいはちゃんと見ておこうと、顔を横に向けると、そこには黒いインナー服、パンスト、少し派手目のフリルの付いた白いエプロン、つまり“ウェイトレス服”着用の女の子だった。


 ここまではわかるが、どういう意図なのかわからないのが、猫のしっぽ、猫耳まで付いていた。年齢は、おそらく16歳くらいだろう。“可愛いタイプの女の子”の姿だった。これなら“アキバ”なら十分やっていける。


ぬこみん「世界一のカフェバー『vona』へようこそにゃん! あちしはウェイトレスの、『ぬこみん』、にゃん! マスターのお世話は、ガッテンしょーちなのにゃん♪」


 とりあえず今、動かせる頭を動かして、考えた結果、“ここはアキバの『メイドカフェ』か、なにかだったのか?”と思ったが、この子が“カフェバー”と言っているのだ、違うのだろう。最終的に“変わったカフェバー”だ、の考えに帰着した。


???「おい、ぬこみん、ファーストインプレッションで可愛さを振りまきたいのはわかるが、『正常な言葉』、で挨拶しろ。黒服もいるんだぞ?」

ぬこみん「ちぇーーーー(ぶーぶー)、スイートのケチ! わかったわよ! 私はここのウェイトレスの、ぬこみん、です。宜しく!」

スイート「それでいい。あ、新店長、私は、パティシエの『スイート』です。これから宜しく」


 その男性の声の方をちゃんと見た。すらっとした高身長の体格で、名乗ったとおり、白い“パティシエ服”でビシっと決めた、簡単に言うと『クールイケメン』であった。


 そんなやりとりをしているうちに、美味しそうな“麻婆豆腐”のにおいが漂ってきた。その先に目をやると、カウンター席の奥、おそらくキッチンだろう場所に通じる入り口から、高いコック帽をかぶった一人のコック・・・・・だと思う女の子が一人、皿に盛りつけてある“できたての麻婆豆腐”を持って、希の前まで来た。


女の子コック「これでも食べて、元気付けるアル。私はここのコックの『天仙娘々(てんせんにゃんにゃん)』アル。長いからニックネームの『テンニャン』で呼ばれているアルよ♪ 宜しくアル♪♪」

希「よ・・・よろしく・・・アル」

テンニャン「いい返事アルよ♪ 熱いうちに食べるアル♪」

希「い、頂きます・・・・」


 希も調理をするマスターだった故に、熱いうちに出された料理は、とにかく一口でも食べないと失礼だ、というのが信条だったのだ。


 一口食べた。旨い・・・、あの店で“地獄のランチタイム”が終わって、自分たちのまかないランチを食べる前に拉致られたので、実は空腹だったのだ。


 二口、三口、口に放り込む“れんげ”が止まらない。そして、一皿全部食べ終わって落ち着いたら、涙が出てきた。いい大人の男らしからぬが、もう、そんなのどうでも良かった。


テンニャン「か、辛かったアルか?」

希「いや・・・・ありがとう。落ち着いたよ」

テンニャン「それは良かったアル♪」

スイート「テンニャンの料理はやっぱり辛いと思うよ。あとで私が、バニラアイススイーツでも作ってあげるよ」

テンニャン「杏仁豆腐の方が、いいアルよ!」

スイート「バニラアイスは至高だ!」


 その言い合いの最中、裏口だと思われるドアが開き、高級そうなワイン瓶1本を抱えた、すらっとしたバーテンダー姿のオトナの女性と、酒瓶ケース2ケースを重ねて抱えた、たぶん力仕事のお手伝いだろう姿の、その女性とは正反対となる“筋肉で語る感じの厳つい男”が、一緒に入ってきた。


女性「うるさいねー、まーた、“料理の方向性”で、言い合いやってるの? あんたら・・・・・」

男性「男なら、筋肉で、語れ。ふんっ!」


 男は酒瓶ケースをぴかぴかに磨かれた床において、筋肉ムキムキを誇示する例のポーズを取って、応援した(?)。


テンニャン「私は“女”アル・・・。カンフーはハニービー、過剰な筋肉はいらないアル」

スイート「私は、美しく、華麗に、そして甘く。それが信条だ。『ステロイド』、おまえの“見せる筋肉”はいらん。必要な筋肉は、あっても“細マッチョ”で十分だ。あ、『リキュール』、頼んでおいた“フランベ用のワイン”、サンキューだ」

リキュール「あんたも、少し予算を考えなよ? これ、20年モノのワインだぞ?」

スイート「スイーツやデザートに、妥協はしない。払うのは、客だ」

リキュール「ははは、相変わらずだねぇ」


 そういうと、リキュールとステロイドは、希の方を初めて向いた。


リキュール「ほぉ、その人が新店長か。私はバーテン担当の『リキュール』よ。着任祝いだ、あとで美味しいお酒をご馳走するわ♡」

ステロイド「たっぷり、鍛えて、やるぜ! ふんっ!」


 ステロイドはまたポーズを取った。


リキュール「ステロイド、それはいいから、酒瓶ケース、片付けて」

ステロイド「ガッテン承知だ!」


 そういうとステロイドだけ酒瓶をカウンター奥の棚に片付け、空のケースを置きに、また裏口に戻っていった。


リキュール「さっきのステロイドを入れて、これで、ここのスタッフ全員だよ。んじゃま、明日からの“カフェタイムのマスター担当”、宜しくね♪」

ぬこみん「宜しくね♪」

スイート「宜しくな」

テンニャン「宜しくアル♪」


希「よ・・・・よろしく・・・・です・・・・」


黒服A「君の部屋はここの3Fの一室だ。生活の世話とここの居住エリアの事は、彼らがおいおい教えてくれるだろう。それでは、これからの生活、頑張りたまえ。後日、経過報告に伺う」

希「あ、あの・・・・ここって、どこですか? やっぱり、“アノ国”、ですか? それとも、地下の作業場?」


黒服A「? ここは、“ムーンライト居住エリア”だ。君が元いた『国』、“デイライト居住エリア”、のずっと地下。『歴史に記されることがない国』だ」


ぬこみん「それでも、どっこい、生きているのにゃん!」

黒服A「生き残れるかは、本人次第だ。じゃあな」


 そういうと、黒服Aは店を出て、待たせていた黒塗りの車に乗り、そして、どこかへ行ってしまった…。



希「こ・・・・・・・ここは・・・・・・・いったい・・・・・・」

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