第1章 青天の霹靂

(某月某日 午後3時 某都市 某所 喫茶店『望名(ぼうな)』)


 ランチ目当ての客も含めて、店内の客が全員はけて、ようやく一段落した。常に客が入っていないと、店としてどうか、とは思うが、さすがにランチタイムの殺人的忙しさと、代わりの店員がいない事を考えると、この“客のいない30分程度の時間”は、スタッフの体力を回復するための貴重な時間だ。どのみち、あと30分もすれば、客が入ってくる。


 HP回復は、とても大切だ。


望「ふへぇ~、毎日の事だが、凄まじいな、ランチのお客さん…」

ウェイトレス「有り難いことですよ、マスター。客あってのお店ですからね」

望「まぁな。言ってみただけだよ」


 カランコロン♪


ウェイトレス「いらっしゃいませ・・・・・」


 “表情のない表情”1つ変えず、カジュアルな服装の“ある男”、黒サングラスをかけ黒いスーツで固めた“黒服3名”、の合計4名の“いかにもな男達”が、とても客とは思えない雰囲気で入ってきて、行動1つ乱さずに最短直線移動で、望のいるカウンター席の前まで来て、止まった。


黒服A「“一 望”は、『君』で間違いないか?」

望「・・・・・ご注文は?」

黒服B「質問に答えればいい。“一 望”は君だな?」

望「ここは喫茶店です。ご注文が無ければ、お帰りください」

黒服C「答えろ」

望「警察呼びますよ?」

男「無駄だ。この3名は、その警察も牛耳っている機関に属している」


 望だって“いっぱしの喫茶店マスター”である。こういう怖い方々への、“負けない対応”は知っている。バックヤードにすら、入れてはならない。厳として対応しないと、舐められる。


 だが、“その男”、にだけは、内心で“不思議”に思っていた。よく知っている声であり、顔であり、体格・・・・・・・


 自分そっくりだ。


望「そろそろ他のお客様がご来店くださる頃です・・・・・答えたら、お帰り頂けますか?」

黒服A「“一 望”なんだな?」

望「・・・ああ、そうですよ、はい、お帰りください」

黒服B「この書類は、君宛の重要なモノだ。これをまず、渡すことが仕事だ」


望(ちっ・・・・絡まれたか・・・・だが、こいつら、答えないと雷がなっても動きそうになかったし・・・・ついてない・・・・)


 望は渋々書類を受け取った。確かに“公の朱印が押された公の重要書類”だった。


望「で、中を確認しろと?」

黒服A「読んで頂かないと、次の仕事が出来ないのだ」


 今度は、不安に変わった。いったい俺、なにやったんだ? 店関係でこういうのに関わるやばい借金はしてないし、個人でもやった記憶が無い。友人の“連帯保証人”など、全て断っているし、両親がそういうのに関わった話を聞いたことがない。


 書類には、こう書かれてあった。


***


「一 望」のver.2.0製造完了と交換作業について


<ver.2.0製作依頼人>

一 門司(にのまえ もんじ) 続柄:実父

一 文恵(にのまえ ふみえ) 続柄:実母


<作業内容>

1) “一 望”のヴァージョンアップ版が完成したので旧式と交換する。

2) 交換された旧式の“一 望”は、“ムーンライト”居住エリアに、職種のみ継続させる形で移動させる。

3) なお、同行に、“激しく”抵抗され、やむなしと判断された場合、“サタメント”、の使用を許可する。


<担当者>

黒服3名、“一 望 ver.2.0”(交換後、“一 望”を名乗って良い)


<指令部署>

世界統治機関“ガーディアンフェザー” アップデート管理部門


<担当長>

管理部長 草薙   (実印)


***


(某月某日 午後3時 某都市 某所 喫茶店『望名(ぼうな)』)


 望は思った。本気で“やばいのに”店に入ってこられた。


 こいつは、新手の新興宗教か、たちの悪い偏った“金巻き上げ連中”だ。


 とにかく落ち着こう。こういう輩を巧く店外に追い出すためには、こちらが乱れてはダメだ。


 書面が、まず、全く分けわからない事だらけだし、うさんくさいし、厨二だし。ただ、どこの“名簿屋”から情報を買ったのか知らんが、俺の両親の名前だけは合っている。


 とにかく助けを呼ぼう。両親が依頼者とか、どうせブラフだ。まず、親に連絡して、向こうから警察を呼んで貰おう。


望「ちょっと電話していいですか? 確認を取りたいです」

黒服B「構わんよ。“デイライト居住エリア”でいられる少ない時間だ。心残りがあってはいけないからな」


 望は冷や汗をかき始めた。こいつら書面だけでなく、当人連中ですらも厨二っぽい事を言っている。


 『とにかく助けを呼ばないと…』


 望はスマホの画面が見えない様に気をつけながら、電話帳アプリから両親の実家の固定電話に電話した。


 トルルルルル トルルルルル


 30コールしても出ない。留守電にも設定されていない。


望(る、留守なのかよ、じゃあ、母さんの携帯だ)


 今度は母親の携帯に電話をかけた。


 トルルルルル トルルルルル


 同じく30コールしても出ない。電波の届かない所にあるわけでもない。おそらく、家に携帯はあるが、何かの理由で本人がそこにいないのだ。


 冷や汗がどっと出た。どうしてこんな緊急事態に! 仕方ない、親戚は後で何を言われるかわからんから、次は友人だ、それも一番信用の置ける友人を選んで電話するんだ。そこから警察に電話して貰おう。そうだ! “敬吾”だ! “敬吾”がいい! あいつは信頼できるし、相談に乗ってくれる!


 望は震える手で電話帳アプリから敬吾の携帯番号を見つけ、すぐに電話した。


 トルル ガチャ


 今度は出てくれた! まだ神様からは捨てられてなかったようだ。


敬吾「はい、吉岡です。望、なんかあったのか? 声が震えてるぞ?」


 望は口元を手でふさいで、できる限り小声にして、助けを呼んだ。

 

望「敬吾! 助けてくれ! 分けわからん黒服連中に絡まれてる!」

敬吾「黒服!? で、相手はなんて言ってるんだ? 事情を簡単に教えてくれ」


 望は、最早、藁をも掴む思いだった。


望「それがたぶん、新興宗教とか詐欺とか危ない連中なんだよ! 変な公的書類を出して、俺の親の名前出して、バージョンアップとか、ムーンライトへ行けとか、デイライトにいられる時に、とか! もうわけわからん!」


 しかし、“望が、次、期待していた友人からの言葉”は、聞けない事になった。あまりにも“現実は残酷”だった。


敬吾「・・・・・ふーん。おまえのバージョンアップ版、完成して、おまえ、ムーンライト居住エリアに行くんだ。って事は、デイライトのおまえの店、その新型が仕切るんだ。じゃあ、今度はそいつに挨拶に行くわ。“旧式”君、せいぜい、ムーンライトで生き残れる事を祈ってるよ。じゃあな」


 ガチャ


 電話は一方的に切れた。望は絶叫して切れた電話に向かって怒鳴った。


望「敬吾!? おい! おい!!!!!」

黒服A「今のは君の友人か。まぁ、“普通”、の反応だな。私だって、ムーンライト側に行く身内や友人がいたら、変な情を抱いて協力して、巻き添えは喰らいたくない、そう思う」


 望はもはや、全く事情がわからなくなっていた。最後の綱である、今、側にいる“カノジョ”である、『ウェイトレス』、に助けを求めた。


望「み、美佳? お、おまえまで分けわからない事、言わないよな!? 警察に電話してくれるよな!?」


 神は望を見捨てたのだった。


美佳「ふーん、あんた、ムーンライト居住エリアに行くんだ。で、次の店長、あの新型君なんだ。新型の“一 望”さん! 宜しく!」

一 望(ver2.0)「宜しく♪」


 望は、床に膝をついて、堕ちる寸前だった。もう、全く事態が掴めない。


黒服A「そろそろ気が済んだか? では、同行願おうか」


 そのとき、望の怒りのスイッチが入った! カウンター席のスタッフ側の奥に立てかけてあったモップを掴むと、怒声を挙げて黒服に襲いかかった!


望「ふざけんなぁぁぁ!!!!!! こんな所でぇぇぇ!!!!!」


 だが、場慣れしているのか黒服達は冷静だった。


黒服達「やむなしだ。『サタメント』を使う」


 カチャ カチャ カチャ


 黒服達は懐から、不思議な“銃”を取り出すと、全く躊躇せずに3人が3人、全員、望を撃った。


 バシュ! バシュ! バシュ!


望「そ・・・・・・・そんな・・・・・・事って・・・・・・」


 バタッ


 望は床に倒れ込み、ぴくりとも動かなかった。


黒服A「“拘束”(バインド)完了。では担いで車に乗せる。Ver.2.0、後は宜しく頼む」

一 望ver.2.0「オーケー! 美佳ちゃん、色々教えてくれる?」

美佳「オーケー!」


 望の、その都市=デイライト居住エリアでの人生は、あっさり終わってしまったのだった・・・・・・。

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