出会い系アプリ
翌日の午前中、私は海野に連絡を取り、後藤亜実の行方を知り合いに当たってもらったが、手掛かりは何もつかめなかった。同じようなことはこれまでにも何度かあって、大学生だと偽ってひとりで近場に旅行したり、援助交際の相手とどこかに泊まったりしていたらしい。その場合、父親には連絡しなくても、海野には必ず一報入れていたということだった。
「彼女と援助交際していた相手を誰か知らない?」
「うーん、一人だけ知ってるかな。大学生なんだけど、前に三人で遊びに行ったこともあったよ」
「連絡先知ってる?」
「えー、また? 私ってなんか軽く見られてない?」
この土曜日は学校は休みで自宅にいるらしく、受話器の向こうの海野はリラックスした雰囲気で、後ろからコンビニでよく流れるJポップの音楽が聞こえていた。
「そんなことないよ。ちょっと事態は差し迫ってきた。そして君しか頼る人がいないんだ」
「ケラケラ。じゃあ、またamazonギフトカードで」
「また会うことはあるのかな」
「メールで認証コード送ってよ」
「……ケラケラ」海野のマネをして「わかった。そうしよう」
海野の抜け目のなさに面食らいながらも、金券にあっさり負けてしまうあたり、難しい理屈をこね回していてもやはり子供なんだな、と思う。
「彼は四年生で、就職先の内定が出てからもう会ってないって。番号変わったかもね」名前と携帯電話の番号を教えてくれた後で「誰にでもじゃないよ。由名時さんを信用してるから、教えるんだよ。だから、また会ってもいいよ」
私は海野の張りのある充実した肌を思い出し、一瞬気持ちが揺れたが「お嬢さんが探偵なんかに関わらない方がいい」そういって海野との会話を切り上げた。
名前と電話番号がわかっていれば、そこから住所を調べるのは簡単だった。その山下という大学生は、京王線千歳烏山駅近くのアパートに住んでいた。アパートはよくある軽量鉄骨型の二階建てで、山下の部屋は一階の角部屋だった。通常は聞き込みの場合、マーケティング調査員などを装ってあたりさわりなく行うものだが、今回に限っては、ストレートにアタックするしかないだろう。要は軽い脅しだ。
ベルを鳴らして少し待つと、もそもそとドアが開いて、パジャマ姿の若い男が顔を出した。そこそこの美男子だった。
「由名時と申します。探偵です。ちょっとした事情があって、後藤亜実さんを探しています。ご存知ですよね」
山下は、少しひるんだ様子で一瞬目に怯えが走ったが、すぐに冷静に戻った。
「昔、ちょっと遊んだことがあったかもしれません。あんまり覚えてないな。彼女がどうかしたんですか」
探偵が来たからには、何らかの下調べは済んでいると踏んだのだろう。白を切るでもなく、うまく切り返してきたのはさすがで、その風貌と相まって、後藤や海野が気を許したのもわかる気がした。
「彼女が、昨日の午後から行方不明になっています。なにか心当たりがあれば、教えてほしい」
「さあ。もうずいぶん会ってないし、そんなに親しかったわけでもないです。ちょっとわかんないですね。もういいですか」そういって山下はドアを閉めようとした。
私は閉じようとするドアに靴を挟んで「後藤さんと援助交際してたらしいじゃないか」
「いきなり失礼な。帰ってください。僕は忙しいんです」
ドアをぐいぐいと閉めようとするのを押さえながら「内定が出てるんだろ。条例違反で逮捕されてもいいのか」
ドアを閉める力が緩んで、山下が再び顔を見せた。
「僕をゆすろうっていうんですか。僕に何をしろと?」
「君を警察にチクったりはしないよ。それに民生委員でもない。彼女を探すヒントがほしいだけだ」
山下はドアを大きく開いて中に入るようにあごで促し、私をたたきまで入れるとドアを閉めた。
「彼女とは夏ぐらいまでに何回か会いました。スマホの出会い系アプリで知り合ったんです」山下が口にしたアプリの名前は、依頼人の田柄が開発し、ヒットしたスマートフォンアプリだった。
「会う場所はいつも彼女の一人暮らしのマンションでした。ホテルは通報される危険があるし、ホテル代もバカにならないし。マンションのエントランスの防犯カメラに顔が映されないようにすり抜けるのが、スリリングだったな。そのうちに気が合って、彼女の友達と三人でカラオケなんかにいったこともありました。もちろん、その間にも他の男が出入りしているのを知ってましたが、僕にしてもそれはかえって気楽でしたし……一回に二万円あげてました」
山下はバツが悪そうに頭をかいて「僕は恋人もいないし、やめらんなかったですね。希望の会社に内定が出てから、さすがにヤバいと思って、連絡を絶ちました。でもホントにそれだけです。今彼女がどうしているかは、正直わかりません」
山下の表情や素振りから、彼の話に嘘はなさそうだった。私は非礼を詫び、丁寧に礼を言って山下の家を後にした。
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