個人情報

 結局、相手の手がかりは、田柄から転送してもらった相手のメールアドレスと、どうやら世田谷区在住らしいということだけだった。もちろん田柄は、土地勘のある世田谷区の探偵事務所ということで、自分と同じエリアに住む私を選んだわけだ。


 amigo11z7@***mail.com


 このアドレスにメールを送信しても、返事が来ることはまずないだろう。@より前の文字列をそのまま検索してみたが、意義のある結果は得られなかった。私はしばらくの間、ありふれたメアドの字面を眺めながら、どのようにアプローチするべきか頭の中で戦略を組み立てた。

 手始めに、世田谷区の住民の名簿を闇で売買している知人に電話をかけてみる。

「ああ、由名時か。久しぶりだな」

 裏の仕事をしている人間特有の低く、くぐもった声が響く。住宅街にある自宅兼事務所で仕事を営んでいるからか、受話器の向こうはとても静かで、家の外でキーキーと鳴く何かの鳥の声が聞こえた。

「品行方正なお前が、俺に何の用事だ?」

「ちょっと調べてほしくてね」

「個人情報だな」

「まあ、そんなところだ。メルアドから住所氏名を調べてほしい」

「それは難しいな」

「ほう……」

「メルアドは、性別、年代、趣味嗜好と紐付いている。氏名は、住所、電話番号と紐付いている。だが、その二つのラインをひとつに統合するのが、とっても難しい。しかもメールアドレスは、よく変更される」

「なるほど」

「しかしまあ、データベースの検索だけしてみよう。成果報酬ということで、どうだ?」

「仕方がない」

「では、そのメルアドを教えてくれ。すぐ終わる」

 私がメールアドレスを読み上げると同時に、カタカタとパソコンのキーを打つ音が聞こえ、しばらく沈黙があった。

「ないな……このメルアドでの登録は、ウチの名簿にはない」

「ありがとう。報酬は残念だったが、また近いうち」そういって私は受話器を置いた。

 メールアドレスは、リアルな郵便を届けるための固定された住所氏名と違い、つねに見た目を変え、居場所を変えながらも、確実に持ち主とコンタクトできる不可思議な存在だ。メルアドの持ち主を特定したければ、今この瞬間に当人と接触可能な人間をリアルタイムで捕まえるしかない。

 さて、このメルアドからプロファイリングの真似事は可能だろうか。amigoがそのままアミーゴの読みであるなら、もともとはスペイン語で友達を意味する男性名詞だ。男性名詞であることは広く知られているわけではないが、語感からどこか筋肉質のイメージを感じる。田柄に見せられたコメントの文面は、書き手が女であることを思わせる文体だった。そこから男くさいスペイン語のアミーゴは結び付きにくい。となれば、仮に女であるなら、amiとgoに分割できるのではないか。amiは名前のアミ、goは名字の頭のゴで後藤、権田、郷田などが連想される。そして、グローバルなメールサービスでは、自分のメールアドレスは世界中でただひとつでなければならない。意味のある文字列はほとんど誰かが既に登録しているから、大概は何らかの数字を付加してオリジナルのアドレスをひねり出す必要がある。ところが普通の人間は、意味のない数字というのを意外なほど思いつけないため、結局は自分の誕生日をあてがうことになるのだ。だから頭の二桁が12以下、後の二桁が31以下の四桁となる。うるう年を除けば誕生日は基本的に365パターンだけなので実際にはダブりやすく、その場合、例えば数字の2を字面の似ているZに置き換えたりする。つまり、11z7は1127で、こうした仕掛けを思いつくのは、ある程度若い年代だろう。

 私が探すべきは、世田谷区在住、十一月二十七日生まれのアミという若い女というわけだ。

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