a little plots【2】

「遼ちゃん」

 夏休みも終わり、そろそろ学生の間にも浮ついた空気が消え去った頃。

 ニノミヤのことを名前で呼べるくらいには、彼との友好関係は築けつつあった。

「何?」

「M4届いたよ」

「まじ?」

 普段なら『着替えるからちょっと待ってて』というところだが、慌てて背広のまま部屋に入ってくる。

「ほい」

 俺はアタッシェケースを軽く掲げ、作業台の上に置いた。

「うわ うわうわうわ」

「落ち着け」

 苦笑しながらニノミヤ──遼ちゃんの前でケースを開ける。

 つや消しされた黒いボディがアタッシェケースの中で鎮座していた。

「本当にいいのかな、もらっちゃって」

「あげないって。買うんでしょ」

「いや、そうだけど! 日本の一般庶民はこういうの買えないんだよ」

 というか、拳銃ならともかくセミオートマチックライフルはアメリカでもそうそう買えるわけではない。今回手に入ったのは、草野が今まで海外で仕事をしてきた実績と信頼のなせる技だ。

「あれからだいぶ時間が経ったのに何の音沙汰もないから、やっぱり冗談だったのかなって思ってたところだったんだ」

「ひどいな、たった1ヶ月半だろ。日本の中にいれるにはそれなりに手間暇かかんだよ」

 遼ちゃんはまるで宝物でも抱きしめるかのようににこにこしていたが、だんだんその顔が真顔になっていった。

「……どうしたの?」

「いや……M4手に入ったのは嬉しいんだけど……練習する場所がないなーって」

「……グロックのときはどうしてたんだよ」

「アキバのレンタルシューティングルームとか」

「それこそガキのおもちゃなんじゃねえのか」

「仕方ないだろー……」

 だんだん遼ちゃんの声が小さくなっていく。

「要は、練習が出来ればいいんだろ?」

「あるの?」

 ……あれ、このパターン前にもあった気が。ま、いいか。

「俺が行きつけにしているところでいいなら」

「そんなところ、日本にあるんだ?」

「知る人ぞ知る、って奴だよ。週1のペースで行ってる。日本にいる間に腕落としたくないからな」

 そういうと遼はきょとっとした顔をして、草野の顔を見た。

「……どうかした?」

「いや、何でもない……あの、俺、せんせが構わないんだったら、そこ行きたい」

「OK」

 草野はにっこり笑う。

「じゃ、今度の日曜日にでも」


「……ねえ、せんせ。本当にここなの?」

 遼は落ち着かない様子で待っていた。

 待ち合わせに指定したのは東京駅の地下改札口。地方からやってきた人々が多く行き交う場所だ。

「うん、間違ってないよ」

 改札脇の階段を上り、地上に出る。

 バスやタクシーが集うロータリーを超えるとすぐに静かになる。オフィス街なので日曜は逆にひっそりしているのだ。

 路地に入り、数回曲がる。

 小さな雑居ビルの玄関に入り、小さなエレベータへ乗り込んだ。

 エレベータが登るにつれ、聞き慣れた音がどんどん大きくなっていく。

「だいじょうぶ、遼ちゃん」

「う、うん……」

 といいながら遼は軽く耳を抑えている。

 ちん。

 可愛らしい音を立て、エレベータが到着を知らせた。

「遼ちゃん、受付やってくるからしばらく待ってて」

「……うん」

 緊張気味の表情のまま、エレベータ脇のソファに腰掛けたのを確認すると、草野は正面にいる、マスターに声をかけた。黒服を隙もなく身に纏ったアメリカ人だ。

『Hi』

 当然、彼と草野の会話は英語になる訳だが──とりあえず副音声をメインにするということで。

『珍しいな、他の人間を連れてくるなんて』

『同僚だよ。射撃を勉強したいっていうから連れてきたんだ』

『? 彼はどうみても日本人、しかも一般人だが』

『だからさ。彼は今回の仕事で、一番近いパートナーになる。腕を引き上げてやりたくてね』

『お前がそんなに優しいタマか?』

『ひどいな』



 ──そんなやりとりをしている間。

 遼はマスターと会話をしている草野の背中を見てるのにも飽きて、射撃場の中にいるメンバーの様子を観察していた。

 人種はいろいろ。だが、その殆どが体格がよく、背も高い。

 遼は日本人の中では背がたかいほうだが、体格はそんなにたくましくない。むしろ華奢とも言えるかもしれない。

 その中で、自然とある一人の人間に視線が引き寄せられた。

(あーいい身体してるなあ)

 背丈と横幅のバランスが絶妙に良い。

(どうやって鍛えたら、ああいう身体つきになるのかなあ……)

 と、じっと見ていると。

 その身体の持主がくるっと振り向いた。

 と思いきや、ずんずん自分の方に寄ってくる。

『Hi』

「は、はい」

 ……うっかり反射的に返事をしてしまった。

『俺のこと、見てた?』

 ……何を言っているんだろう。英語だから、よくわからない。

『いやー、嬉しいなあ、君みたいなカワイイ子が俺のことあんな熱い視線で見てくれるなんて』

 わからないけど……ひとまずにこっと笑ってみる。

『笑った顔も可愛いなあ。ね、せっかくだから俺と一緒に食事行かない?』



『なあ、カズホ』

『ん?』

『お前の連れ、ベルクマンの奴が口説いてるぞ』

『え??』



 目の前の男が、俺についてこいと言っているらしいことは、遼にもそのジェスチャーから推察できた。

『どうしたの?』

「いや、俺、連れがいて……」

『おい』

 ……気がついたら、草野が背後にいた。

『何だよ。せっかく可愛い子が俺を誘ってくれたんだから、邪魔すんなよ』

『誰が誘っただ。お前、自意識過剰じゃねえのか』

 と思ったら、今度は草野と男が喧嘩腰にやりとりをしている。

『それがどうした。大体お前にこの子と俺のデートを邪魔する権利なんかないだろ?』

『あるさ。……こいつは俺んだからな』


 一瞬、射撃場の中が静まった。

 その後、一斉に囃子声や口笛が飛び交った。

 そして──渦中の遼は──固まっていた。

 早口で交わされるやりとりの中で──草野の言った最後の『He is mine』の単語だけが、ようやく聞き取れたからだ。

「行こ、遼ちゃん。時間がもったいない」

 そして──草野は遼の肩に手を添えて、マスターに一言言葉を告げると、射撃場のレーンの中に連れていった。

「せんせ……あの、さっき何言ってたの?」

「んー……あとでね」



「お疲れ様」

 射撃場から少し離れた場所にあった居酒屋で、グラスを合わす。

 遼の射撃の腕は不慣れなこともあって決してうまいとは言えなかったが、筋は悪くないと思えた。

 ただ、照準の合わせ方を教えるために腕や手の位置を調整する度にすこし固くなっていたようだが。


「ね、もう教えてくれんでしょ? あれ何だったのか」

 運ばれてきた焼き鳥をつまみながら、遼が言う。

「ああ……んー」

 店員の姿が見えなくなったのを確認して、草野はぼそっと呟いた。

「遼ちゃんナンパ食ってた」

 ごふ。

「ちょ」

 言いかけて、派手に咳き込む。

「ちょっと、大丈夫、遼ちゃん?」

「う、うん」

 遼は呼吸を整える。ある程度落ち着いてから、疑問の声を上げた。

「何で?」

「遼ちゃんがあれに見とれてたからでしょ」

 草野が言う『あれ』と、声をかけてきた男がイコールで結ばれるまでに少々時間がかかった。

「見とれてたって……そりゃ、筋肉すごくて格好イイなあと思ってみてたけど……でもさあ」

「──まあそんなことだろうと思ったけど。遼ちゃん無防備だな」

「だって……」

「遼ちゃん可愛いんだから。用心しないとだめだよ」

「可愛いって何それ」

 ちょっとむっとした顔。さすがに男性で『可愛い』などといわれるのはかなり抵抗があるのだろう。

 遼が店の奥へ大声でビールを追加する。

「あんまり飲むなよ。明日学校だろ」

「……せんせさ」

 ジョッキに残ってたビールを飲み干して、遼が草野を見つめた。

「せんせもそういう目線で俺のこと見てるの?」

「……何で」

「こいつは俺のだ とか言ってたでしょ」

「……」

「そこしか分かんなかったけど。英語」

 草野はため息をつく。

「言葉のアヤってやつ」

「?」

「あれがさ、お前に何の権限があって邪魔すんだって言ったから。俺の恋人だとでも言わないと引っ込んでくれないだろ」

「いつ俺がせんせの恋人になったんだよ」

「だから言葉のアヤだって。それとも、デートに行きたかったの?」

「……」

『生ビールお待たせしましたー!』と店員が瓶を運んでくる。

 遼は草野のグラスにビールを注ぐ。

「あの、遼ちゃん俺そんなにビールいらない」

「いいから飲めって」

「はいはい」

 草野はにっこり笑う。


「……ありがと」


「何か言った?」

「何でもない」

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