【6分で読める】万能ナビ

@kudo-ryoutaro

【6分で読める】万能ナビ

 男は、新品のカーナビを買った。

 それも最新式だ。


 新機能として、ネット接続は当たり前。

 特徴としては初期設定の時、ナビの右にあるDNA判定パネルに唾液を少しだけ付けると、ヒトゲノム情報を解析して、運転者のありとあらゆる情報を解析・インプットしてくれる。


 つまり簡単に言うと、性格や血液型だけではなく記憶や嗜好までもがナビにインプットされるわけだ。

 この機能のどこがすごいかは、夜の高速道路をドライブをしている男の状況を説明したほうが早い。


 まず運転は当然自動運転、高速道路でお気に入りの音楽をかけるのはもう古い。

 DNAのゲノム情報を解析して、男が一番楽しかった頃の時代の音楽を車内に流すことができる。

 また、自分専用のラジオ局のように、バーチャルDJが曲紹介もする。

 もちろん当時の流行ったテレビ番組や玩具や流行のファッションなどの紹介も忘れない。


 嗜好もインプットしているから、男の好みの料理を出す飲食店に連れて行ってくれる。

「今俺が食いたいものを察知して、その店に30分以内に連れてってくれ」

 こう言えばそれで十分。

 鼻歌まじりに車を運転して、気づけば店の前だ。

 もちろんネットのレビューサイトで3.5以上の星がついた店だけを厳選してくれる。

 初めての店でも失敗なしだ。


 また、男の心拍数や呼吸数を常にスキャンしている。

 これは音楽であまり興奮しすぎないようにする為だ。

 高速道路を降りると自動運転機能は解除されるから、興奮のしすぎを防いでくれる。


 もちろん急な心臓発作等が起こった時、救急車を自動で呼んでくれる。

 すぐに救出しやすいように、病院に現在位置情報を同時に送信してくれるのも忘れない。


 また、運転中は男の脳波を深層部までスキャンしているから、些細な尿意や便意も見逃さない。

 男がトイレにそろそろ行こうかな、と思った時には既にサービスエリアの入り口にいるはずだ。

 恐るべきカーナビなのだ。


 さて、尿意や空腹に問題がなくなると、また運転の再開だ。


 男がノスタルジーに浸りながら高速道路の道路照明を眺めていると、当時付き合っていた彼女の事を思い出すこともあるだろう。

 もちろんナビは、その付き合っていた彼女を助手席に立体ホログラムで投写する事も忘れない。

 当時付き合っていた彼女との思い出の音楽を添える、という演出も忘れない。

 この情報源はどこかというと、インターネットだ。


 男は思春期に入る前から、Facebookやツイッター等のSNSを使っていた。

 そこには男の記憶というよりも、行動の記録がすべて残っている。

 もちろん付き合った彼女との思い出もすべてだ。

 ナビは、その情報を根こそぎインプットしているのだ。


 また、立体ホログラムの音声や仕草は、過去にネット上に彼女の動画をアップロードしていたので、これも完全に再現可能であった。

 男は、助手席に映しだされた当時付き合っていた彼女を見て、あたかも一緒にドライブしているような錯覚を覚えるはずだ。

 そしてあまりの現実感に、立体ホログラムの彼女に話しかけたりも、ついしてしまうだろう。


「なぁ。俺たち、なんで別れたんだろうな……」

 男は立体ホログラムと分かっているが、過去の別れた原因について聞いてしまう。

 それほど精密に再現されているのだ。

「ふふふ。あなたの浮気を許せなかったのよ。 もう忘れたの?」

 彼女の声は、本人そっくりにバーチャル音声で再現している。

 また会話の内容はFacebookやツイッターに書いた事を記録しているので過去に二人がどうやって別れたかも把握しているのだ。

 もちろん会話の内容はナビのCPUが自動でリアルタイムに作成している。


「いや、アレは当時も言ったけど誤解なんだ。女友達の買い物に付き合っただけだよ。『彼氏の誕生日のプレゼントを一緒に選んで』って頼まれたんだ。でも、お前は全然信じてくれなかったよな。それで俺も怒っちまって……」

 車内は、無音で溢れた。


 こういう時、いくら科学は発達しても人工知能であるナビは気の利いたセリフ一つも言いやしない。

 立体ホログラムの彼女は、無言のまま流れる道路を見続けてしまった。

 所詮まがい物の映像だ。人間の心まではわからない。

 私も悪かったわ、なんて絶対に言ってくれない。機械は本当の意味では慰めにならないのだ。

 俺も馬鹿な質問をしちまったな、と男は現実に戻った。


 そして男は、ため息をついて言った。

「いいよ。コンピューターにこんな事言ってもしょうがないな。ドライブを続けてくれ」

 すると、立体ホログラムの彼女はふっと消えて、自動運転を続けた。


 いくつもの道路照明、いくつの対向車、そしていくつもの追い越し車を見送っただろう。

 そう言えば、彼女と一緒に高速道路を走った時も、似たような景色を見ていた。

 印象に残っているのは、オレンジ色の道路照明だった。


 夜のドライブもそろそろ終わりにしよう。

 そう思って男は、ナビに言った。

「そろそろ、高速を降りてくれ、どこか宿を取って休みたい」

 すると、ナビはパーキングエリアを案内し始めた。


 男は、少し首をかしげた。

 トイレはさっき行ったし、腹も減っていない。それに眠くもない。

 仮眠を促すにはまだ早いし、それなら宿で寝たほうが良いに決まっている。

「おい。パーキングエリアなんて寄らなくていいぞ?」

 そう言っても、車は自動でパーキングエリアに入りスーッと駐車場へ向かった。


 車が停まった駐車場は、トイレや売店がある場所からは遠かった。

 それどころか、深夜近い時間のせいか、男の車の近くに一台も止まっていない。


 男は運転を再開するように、ナビに言ったが、うんともすんとも言わない。

「おい……どうなってるんだ」

 すると、一台の車が駐車場に入って来た。

 そして男の車の隣にピッタリと付けて停車した。


 あちらの車のエンジンもピタリと止まったが、運転席からは誰も降りてこなかった。

 男は少し不気味に思った。


 その時、ナビから音声が流れた。

「車から降りてください」

 男は、また少し不思議に思ったが、言うとおりに車から降りた。

 すると同時に隣の車からも、人が降りてきた。


 女性だった。


 それも見たことのある。

 いや、正確に言うと男がかつて付き合っていた女性。

 さっきまで立体ホログラムで写し出されていた女性だった。


「な……なんでここに……?」

 男は驚いて女に向かっていった。

 彼女は当時と同じく美しかった。


 彼女は男に向かって、ふふふ、と笑ってから言った。

「ホント……久しぶり。ナビに案内されてドライブしてたらここに着いたんだけど、もしかして、あなたも?」


 パーキングエリアの駐車場の明かりは、オレンジ色をしていた。

 それはどこか懐かしい色だった。

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