第2話 冒険の始まり
宿屋『オーム』
若い夫婦が営むその宿屋はそこそこ繁盛していた。
1階にある酒場は朝にもかかわらず、中々混雑している。
「まずいわ、このままじゃ赤字よ。
酒場の隅で皿をつつきながら、リリーがぼやく。
リリー達三人はこれからの予定立てと食事を兼ねて酒場で集まっていた。
まあ、食事をしていたのはリリーだけであり、ゾンゴンは死臭隠しの為のハーブを噛み潰しており、ユーフォは頭を取外して整備していた。
他の職業と比べて、時間的には自由な冒険者たちはその代わり金に縛られる。
冒険者になるのにも活動を続けるのにも金がかかるので、大半の冒険者が切迫した経済状況の中で活動を続けてきた。
特にリリーは弓を主体として使うので矢の1本1本が、痛い出費となっていた。
「ダンジョンに潜るしかないだろうね、クエストを受けるには手持ちが少なすぎる」
「ここらへんにある奴で稼げんのあったか?おで知らねえぞ?」
「私も知らないなあ、大抵は他の冒険者が掘りつくしてるし」
「1ついいダンジョンがあるよ」
長い銀髪を後ろで束ねた褐色の女性がテーブルを拭きながら話しかけてきた。
宿屋の女主人レベッカである。
「近々、町の外壁を改修するらしいんだ。それで壁に埋め込む魔よけの石が新しく必要らしくてさ、ラージジィムの核がかなり高い値段で売れるってよ。ラージジィムが出てくるのは南の洞穴だけだし、そこへ行けばいい」
ラージジィムの核と2種類のハーブを12時間煮ると綺麗な青い石ができる。
それが魔よけの石と呼ばれるものだ。
それがあるだけで魔物が近づいてこなくなる上、効果が5年程度も続くのでかなり重宝されている。
が、効果が持つのが長い上に、南の洞穴でラージジィムの核がかなりとれるのも相まってすぐ供給に追いついてしまい、値崩れしてしまうので稼げない。
特別な需要でもない限りは。
「ラージジィム狩りね、レベッカありがとう。ゼッシュのところで詳しく聞いてみるわ」
「いいのよ、元パーティとしてそれくらいはしてあげたいから」
レベッカはなんでもないような口調でそう言うと目元を少しだけ指で抑えた。
リリーほんの一瞬顔を曇らせると何もなかったかのようにほほ笑んだ。
レベッカは元冒険者であり、リリーと共に一攫千金を夢見て世界を渡り歩いた。
だが、現実はそう甘くない。
隙を突かれ、魔物たちから手ひどい洗礼を受けて片腕を失ってしまった。
腕を失った後は、夢を諦めてオームの女主人となり、リリーに拠点として1部屋を半額で貸してやったり、朝食を半額にしてやるなどサポートに回っていた。
「さあ、いこうぜ。ハーブを噛み潰すのも飽きてきた」
「あれ、おかしいな。ネジが1本足りない。ちょっとそこらへんにない?」
どことなくしんみりとした場を察したゾンゴンが声をかける。
一方それを全く気付かなかったユーフォはネジを探し始める。
結局、妙に空気の重いオームをでたのは15分後であった。
『鑑定無料』『10%増額キャンペーン実施中』『他店より高く買い上げ』
どぎつい蛍光色で書かれた謳い文句が店の前に掲げられている。
魔物の死骸やらなにやらを買ってくれる冒険者の生命線、買い取り屋である。
「いらっしゃいませ!今日はどのようなご用件でしょうか?」
店に入った途端、ゼッシュが見事な商売スマイルでリリー達をむかい入れる。
脂ぎった小太りの中年であるゼッシュは、ハンカチで汗を拭きながらも笑顔を崩さない。
「いや、売りに来たわけじゃないんだ。ラージジィムの核が高く売れるって聞いてたから、本当かどうか聞きたくてさ」
「ええ、ラージジィムの核の時価は確かに上がっております。少々お待ちください」
ゼッシュが取り出したメモを見ながら目を細める。
「ええと、今なら1つで2000
「1つでオームに1泊できるじゃないか。そんなに?」
「はい。ここではどこよりも高く買うのがウリですから」
「買い取り屋のにウリって。HAHAHA」
「買い取り屋のにウリなんです。HAHAHA」
ひとしきり大笑いしたユーフォとゼッシュは、その後も世間話を続けていく。
リリーとゾンゴンは完全に空気と化し、ショーケースに入った虹色に淡く光る鱗やら、真っ赤な毛皮やらをながめていた。
値段を聞きに来ただけなのに店を出たのは、1時間後であった。
「時間がないわ。他の冒険者に掘りつくされてるかも。てきぱき動いて」
「いやあ、ほんとごめんよ。ついつい話長引いちゃって」
「いいから、足を動かして」
「おっ、南の洞穴だ。見た感じだと人はいねえよ」
町から南にある山のふもとにある洞穴、そこが南の洞穴である。
実に安直な名前であるこのダンジョンはラージジィムだけがわんさか湧いているためあまりの数の多さに冒険者の殆どが途中で引き返してしまうし、一部の物好きな冒険者は最深部へいったものの、結局として何もなかったという奥へ進むことの意味の無さから、ラージジィム地獄とも呼ばれる、ある意味名高いダンジョンでもある。
ユーフォは目を光らせ、ゾンゴンはラージジィムの味を想像して涎をたらし、リリーは矢を構えて緊張の糸をピンッと張り詰める。
実に奇妙な集団であった。
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