鉄人ユーフォ

ミニッツメン

第1話 冒険者登場

 緩く波打つ金髪の少女が天然にできた洞窟の中を進んでいた。

 装飾の殆どない武骨な弓を持ち、使い古された革の鎧を着て進んでいくその姿は慣れを感じさせる。

 だが、あどけなさの残るその顔立ちは緊張で強張っている。

 仕方のないことかもしれない。なぜならここは一攫千金を狙う数多の冒険者を返り討ちにしてきた、魔物たちの巣窟『ダンジョン』の一つなのだ。

 強大な兵器を持とうが、人間離れした力を持とうが、隙を突かれてしまえばあっという間に人は死んでしまう。

 彼女はそれを理解し、それでも尚ダンジョンを進む。

 一攫千金のために。


「なあ、ユーフォ。魔物なら食ってもいいんだよな?おで、最近生肉食ってねえ」

「だめだよ。ゾンゴン下手したら感染パンデミック起こしちゃうし。そんなことになったらお宝探しどころじゃなくなっちゃう」

「ええ、ちょっとくらいいじゃねえかよぉ。おでもう腹減って腹減ってしんじゃいそうなんだよぉ」

「もう、死んでるじゃん。ゾンビなんだから我慢しなよ」

「そりゃそうだけどよぉ」


 そんな少女の前を歩く二人はのんきな会話を続けていた。

 片方は薄汚れた白い体を持ち両目を光らせて先を照らしており、もう片方はぼろぼろの旅人衣装とそれに負けず劣らずボロボロな肉体である。

 ユーフォと呼ばれたものはロボット、ゾンゴンと呼ばれたものはゾンビである。

 ユーフォは銀色の棒を、ゾンゴンは斧をそれぞれ構えていた。

 はたから見ると実に奇妙な集団であった。

 少女がいなければ、ダンジョンに巣食う魔物が群れているようにしか見えない。


「二人とも緊張感持ちなさいよ、いつ襲ってくるかわからないのよ!」

「そうだぞ、ユーフォ」

「君だよ、ゾンゴン」

「二人とも!」


 ふざけた二人の様子に、金髪の少女リリーが声を荒らげる。

 人間であるリリーと違い、ユーフォとゾンゴンは死への恐怖が全くない。

 大きな認識のずれが生じていた。

 とはいっても別にそれが何か問題を起こすわけではない。

 彼女がいるおかげでのんきな二人は今までの罠を無事過ごせたわけだし、二人のおかげで今にも緊張に呑まれそうな彼女が落ち着いて行動しているわけだ。

 

 リリーの声に反応したかのように地面が突然振動し始めた。

 ゴゴゴとひとしきり揺れた後、まるで何もなかったかのように静まり返る。

 その後ぬぽり、そんな音が前から響き渡った。

 

「い、一体なにが起こったのよ!?」

「リリー、ゾンゴン。目をつぶるんだ!」


 大声を出したユーフォの言葉通りに目をつぶった瞬間、まばゆい閃光が襲いかかる。

 ユーフォの閃光眼フラッシュだ。

 しばらくして目を開けたリリーが見たのは、人の大きさほどある半透明なジェル状の魔物『ラージジィム』がフラッシュによってプルプルともだえ苦しむ姿と、顔をほころばせてラージジィムにかみつくゾンゴンの姿と、自身のフラッシュによる副作用で立ったままスリープしているユーフォの姿であった。


 ガツガツと食べるゾンゴンの姿は幸せに満ち溢れており、とても戦闘中だと思えないし、その横でただ立っているユーフォの寝顔も安らかで、これもまた戦闘中だと思えない。

 実に気の抜ける光景であり、事実リリーはその光景をぼぉうと眺めたままであった。彼女は知らなかったのだ。感染パンデミックを。

 ゾンゴンはゾンビだが、他のゾンビとは異なる点がいくつかある。

 その中の一つであることが冒険者泣かせのある事へとつながるのだ。


 かみつきによるダメージによってあっという間にラージジィムは死に、ジェル状の体がグズグズと分解していく。

 そして手のひら大の核が、ジェルの水たまりの中から浮かび上がってくる。

 魔物の死骸は様々な物に利用できるので、専門の買い取り屋に売却出来る。

 ラージジィムの核ならば、一人分の宿代くらいにはなる。


「よかったぁ、なんにもおこんねぇ。セーフだセーフHAHAHA」


 核を掴もうとしたゾンゴンをあわててユーフォが引きずりよせた。

 バンッ!!

 さっきまでゾンゴンが手を伸ばしていた辺りをラージジィムの残骸がトラバサミの様に叩きつける。

 

「ぬぽ…り…ぬ……ぽ」

 

 ラージジィムの残骸は核を覆い包むと人の形へと姿へと変わる。

 少し茶けた半透明の、棒きれのようにやせ細った人型となった。

 ラージジィムの残骸は棒を中段に構えたウーフォを、斧を上段に構えたゾンゴンを、弓をつがえたリリーを眺めるかのように首を動かした。

 そして、動きが止まる。


「来る!!」

「REEEEEE!!!」


 ラージジィムの残骸が、吠えるとともに突っ込んでくる。が、ほんの一瞬動きを止めた。そして

 ユーフォは構えたままでギリギリでラージジィムの残骸の攻撃をさけながら、腹に棒の一撃を浴びせる。

 ラージジィムの残骸の動きが止まる。


「剛強一傑」


 赤く光る矢が、ラージジィムの残骸の頭を抉り砕く。

 が、頭が無くなっても死には至らない。


「おらぁ!!」


 ゾンゴンが斧で力任せに粉砕、ラージジィムの残骸が粉々に砕かれる。

 当然核も粉々になった。


「いやあ、半端に知性があってよかった。おかげでこっちに突っ込ませられたし」

「あれ、なんで途中で止まったのよ?おかげで準備が出来てよかったけど」

「行動を先読みされたと勘違いしちゃって、慌ててこっちに向き変えたから一瞬止まっちゃったのさ。感染パンデミックがラージジィムで良かったよ。あれで済んだからね」

「他のだとあれより強いの?自信なくすわ」

「ま、ゾンゴンが噛まなきゃ、現れないよ」

「すまねぇ。ついつい本能が出ちまって」

「もう、ゾンゴンのせいで余計な戦いしなくちゃならなかったじゃん」

「いやあ、中々本能は止められなくてさぁ。HAHAHA」

「もう笑って済む問題じゃないよ。HAHAHA」


 にこやかに笑うゾンゴンの肩に少女の手がポンッと置かれた。


「ありがとうございます。余計なことしてくれて」

「急に敬語なんてどうしたのさ?HAH…A……」

「お礼に埋葬してあげますよ。今この場で」

「え?いやぁ、まだいい、いいって。ちょ、まっ」

「なにやってんだ!このどぐされがぁぁ!!」

 

 少女は引きつった笑顔でゾンゴンの腰を掴むと、くるりとまわして頭から地面に突き刺した。

 まるで芸術の如くきれいにまっすぐ突き刺さり、上半身が土の中にきえた。

 そして、ユーフォに微笑みかけた。


「このままだと赤字ってこと分かるでしょう?ちゃんとして下さいね」

「はい!」

「よろしい、さあ行きましょう」

「あの、ゾンゴンは……?」

「ああしてれば腐臭で魔物が群がってくるかもでしょう?」

「はい!」

 

 即答だった。

 ユーフォはロボットであり恐怖など微塵も感じた事は無かったし、未来永劫無いものだと思っていた。

 世界は絶えず変化する。今更ながらユーフォはそれを実感し、感動のあまり、目に涙が浮かんだ。

 恐怖したわけではない。 


「ふがふぉがふがほが(土の中気持ちいいぞ)」

「ゾンゴンがすいませんでしたって言ってるみたいだけど……」

「いいから」

「はい!」


 遠ざかっていく足音を聞きながらゾンゴンはぼんやりと思い出していた。

 なぜここに来る羽目になったかを……。




  

   


 

 

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