2.最低だ、という自覚はしている
1.
この世に生きる大人の九割ほどはクソだ。
まず、この日本を代表しているかたちになる、メディアにもよく露出するなんちゃら議員達。もれなく全員クソだ。
国という大きなものの流れを取り決めるにはおよそふさわしくない、前時代を生きたろう歳を取った面がズラズラと並び、言葉だけは偉そうに、さも考えているかのように何かを語る。わざと難しく、理解が追いつかないような畏まった言葉で体裁だけは取り繕い、誤魔化す。
その実、中身はといえば、ないに等しい。
あってもなくても同じような対策を案として打ち出して、いかにも対応したふうに見せながら、どうでもいいようなことしかできない。それが今の国会ってものの姿。
ここ数日、私が不快感を殺しながら丸一日国会生中継を見ていて思ったことがそれなのだから、まず間違いない。
そもそも、今後の国を作っていく担い手がほぼほぼ爺さんばかりというのがまずダメだろう。
打ち出す政策も、今生きている年寄りをどう生かしていくか、そのためにどこからどう搾り取るか、を遠回しに議論しているだけであり、結局落ち着くのは後の世代が解決してくれるだろうという暗黙の了解のもとの押し付けで、つまり、また、子供や若手という人口的弱者が搾取されるのだ。
そう、あの場にいる大人のすべて、自分達のことしか考えていない。自分達がいかにこの先を楽に生きるか。そこしか見ていない。
誰もこれから国を担う子供や若手に配慮した政策を打ち出さない。
国の将来? 子供の未来? まったく、笑えるほどに考えていない。
国や子供、この先を担う者の未来を考えていたら、こんな日本にはなっていない。
満足に休みももらえず、少ない給料から何万という年寄りのための合意のない拒否のしようもない貴重な給料が搾取され、有給もろくに消化できず、繰り越された有給も保管期限が過ぎれば『申請しなかった方が悪い』となかったことにされていく。そもそも休みを取らせる気なんてないくせにね。
そして、若いんだから、という身勝手な理由で、我々は搾取され続ける。我々が使い物にならなくなる日まで。きれいな雑巾がボロ雑巾になるまで、洗っては絞られ、洗っては絞られ、汚れを拭き取る役をやらされ続ける。
だから日本の若者の自殺率はずぅっと右肩上がり。先進国の中では恐ろしいほどに若者が自死する国となった。
日本は一応先進国の分類だけど、中身はといえば、恐ろしいほどに古典的で、悲観的で、非生産的だ。
古い産物が息をしている。
国会然り。会社のお偉方然り。飴と鞭は使いよう、と言うけど、今の社会は鞭しか使わない。
だからみんなが疲れきったボロ雑巾になって、この世界が嫌になって、死んでいくのだ。
若手の労働環境として、先進国として、一番遅れている日本という国。
今後の日本、未来を作っていくのは若手なのに、ガイコツみたいな顔の爺さんやいいものばっか食ってデブまっしぐらの脂汗まみれの野郎に指示され、それを守らないとならないのか。なぜそんな奴らが今後の日本のことを決めていくのか。若手の一人として、まずここが解せないし、許せない。
ほら、今日も今日とて中身なんてない国会生中継がやっている。
意味もない垂れ流し番組。これを見るのはよほど暇な爺さん婆さんか、これを流して特のある人とか、それくらいだろう。はっきり言って若者が見たって意味はない。むしろ不快感が募るだけだ。
自分達世代のことしか考えていない大人が、今日も大概な言い訳と体裁を取り繕った言葉を並べるだけの、意味のない、時間の浪費戦。
居眠りしそうな国会議員が端にしっかり映っているホロ映像を、私の横の部下が睨みつけている。さっきからこの顔だから、そろそろブチ切れるんじゃないかな。
「ドゥクス」
「はい?」
このドゥクスとはリーダーという意味だ。なんだか知らないけどクレプスクルムはそういうどうでもいいところに意味を持たせたいらしい。確か、ラテン語だったっけ。
それはそうと、やっぱりきた。真面目な堅物くんでもこれだけ不愉快なもの長時間見せられたらたまったものじゃないだろう。
「職務中に国会中継を流す意味とは」
「なかなかいい刺激になるでしょう。ムカついて」
部下のハインツはドイツ人だ。彼はそれなりに優秀なんだけど、なかなか冗談が通じない仕事人なところがある。
髪型もイマドキにそぐわないオールバックに真面目そうな銀縁の眼鏡をして、眉間に皺を刻んでいる。性格が出てる感じ。イマドキ眼鏡なんてなくても視力補整効果のついたコンタクトなんてどこでも売ってるのに。
「確かに、愉快にはなれませんね」
「そうでしょうねぇ。私もです。むしろ腸煮えくり返ってます」
「ならばその映像、閉じられてはいかがでしょうか」
「チッチッチ。しかしですよハインツ、こんな番組でも今は意味があります。不愉快だと感じる心が、退屈を遠ざけてくれるんです。
つまり、先日の失敗で失態を晒し会社に損害を出してしまった我々の、『お許しが出るまで夏の炎天下の中で立ちっぱなしの警備員を勤める』、という今の仕事内容にはうってつけなわけですよ」
ビルの隙間からでも、もくもくとした入道雲のある夏の空が見える。
直射日光はビルの影が遮ってくれても、このむっとした空気はどうしようもない。
日本の夏は蒸し暑い。いくらクールビズでネクタイを外そうが、パンツスーツが暑いことに変わりはない。
ジーワジーワジーワと蝉が叫ぶ声がうるさいのは、ここがオフィス街でも、目の前に公園があるせいだ。周囲に緑がないためか、これでもかというほど街路樹で囲まれている公園は蝉や虫の宝庫だ。今日も実にうるさい。数メートル離れているだけのハインツに大声で話さないとならないほどには。
なるほど、とぼやいたハインツは、私のインターフェイスが再生している国会生中継をどうにかして閉じさせることはできないか、次の手段を考え始めた。
なんで分かるのか? 彼の横顔からちっとも諦めていないから。眉間に余計に皺を刻んで、考えてるときの癖が出てるしね。
「ハインツ」
「はい」
「ドイツはどうです? いい国ですか?」
話を振った私に、ハインツは軽く目を見開いた。私の話題がそんなに意外だったのか、彼には珍しい表情だ。そしてすぐにその顔を引き締めていつもの皺を寄せた顔をするのも彼らしい。「個人的意見でよろしいので?」「どうぞどうぞ」「私に言わせてもらうなら…まぁ、ここよりはマシですよ」ここ。その言葉で示されているのは、日本か、それともクレプスクルムか。どちらにせよ外人から見たら呆れるようなことをしてるってことだ、今の日本は。昔がどうだったかと言われれば…まぁ、昔の方がまだマシな人がいたかも、レベルだけど。
「災難でしたね。ドイツのクレプスクルム支社からこちらに移ってきたところだったというのに」
さらっと口にする私に彼は苦虫を噛み潰した顔だ。
私がさらに「日本に来たのは失敗でしたね」と付け加えると、彼は私を睨みつけた。職務上の立場を重んじる彼らしからぬことだ。睨まれるようなことを言っている自覚はあるけれど。
「この国会中継を見ていたら分かるとおり、このまま行けば、近くこの国は終わりますよ。そういう政策しか取られてませんし、これからもこのまま自滅の道を歩む気ですからね。
自分達が楽することばかり考える大人で支配された国の末路がこれです。この国に生きる若者に、未来も、幸福も、やってこないでしょう。
あなた確か、日本人の恋人がいるからここに配属先を変えてもらったんでしたね。なら早いこと、恋人連れてドイツにお帰りなさい。ここに未来はありませんよ」
すっぱりきっぱり告げた私に、彼は微妙な面持ちで私のインターフェイスから流れるホロ映像を流し目で捉えた。小さな画面の中で唾を飛ばし合いながら失敗した政策についての尻拭いのなすりつけ合いを展開している大人達の醜い様子。これを見て希望を抱くような人間がいるのならぜひ会ってみたいものだ。
ドゥクスは、という蝉の叫び声に消えそうな小さな声に「はい?」と大きな声で聞き返す。姿勢を正した彼は大きな声で、私に聞こえるように発言し直す。
「ドゥクスはなぜ、未来がないと思われる日本にいらっしゃるのですか。
ドゥクスのクレプスクルム入社試験時のデータは拝見させていただきました。どれも合格ラインを上回る見事な解答、そして能力でした。
あなたは大学を出られてストレートでクレプスクルムに入社した。あなたのような能力の持ち主ならば、どの国でも歓迎されるのではありませんか」
お世辞、だろうか。それとも本気だろうか。どちらにしても私はころころと笑って彼の言葉を流す。「まさかぁ。たとえそうだとしても、私、こうですから。誰かさんの下で真面目に働くなんてことないでしょうねぇ」そう、そんなことは、きっと一生ない。
私は染まった。楽な生き方に。
搾取される側ではなく搾取する側に回った。
そうすれば楽に生きられると知ったからだ。そちらが勝ち組だと知ったからだ。
私は弱者から強者になった。能力のない人間から、能力のある人間になった。
こんな最低な私にも、一つだけ、譲れない目的がある。
それを果たすまで、私は日本を離れるようなことはできない。
ハインツの言う日本の外が、ここよりずっとマシな世界で、そこへ行けば私は本来の私であれるかもしれないのだとしても。汚い色に染まってでも、弱者を踏みつけてでも、私には達成したい目的がある。
それこそが私がクレプスクルムなんて会社に入った本当の理由だ。
かわいそうな子供から能力を取り上げ、それを金持ちに売り渡して、慈善事業という隠れ蓑を盾に荒稼ぎをするクレプスクルム。この日本にはお似合いの、子供や若手を犠牲にして売り物にする、お先真っ暗な商売。けれど旨味があってやめることのできない商売。ますます子供達を不幸に貶める、その中心近くに私はいる。
汚い。醜い。憎い。悲しい。辛い。酷い。
すべてを呑み込んで、私は今日も、最低な人間の一人として、息をする。
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