歌うことが日課となって数日。

王子の様子を観察しながら歌うようにしているのだが、王子はだいたい、2曲目か3曲目の途中で寝られることが多いようだ。


今日も最初に故郷の子守唄を歌い、2曲目を歌い始めると、王子の呼吸が段々とゆっくり一定になって寝てるように見えたので、だんだん声を小さくしながらフェードアウトし、きりのいいところで止める。



歌を止めてふと窓の外を見ると、月がここへ来た当初に見た形と同じ形になっていることに気づく。

(前も1回この形になったから、ここに来てもう2ヵ月経ったってことかぁ…)

月日が経つのはあっという間だ。

奥方様のご懐妊がわかってすぐオレがここへ来たわけだから、オレのこの仕事も、あと6~7ヵ月ということになる。


(この仕事が終わったら、オレはどうなるんだろう…)


この仕事を受けるにしても受けないにしても、この王宮から出られなくなると言われた。

城の者でもこの"しきたり"を知ってる者はごく一部と言っていたし、今現在でさえあの厳重な部屋に入れられてるんだ。

…お子様が生まれた後に、他の従者と一緒になるような仕事を与えてもらえるとは思えない。


考えを巡らせながらふと王子の方へと視線を戻すと、こちらの方を向いていた王子とバッチリ目があった。


「アルタイル様!起きてらっしゃったのですか!?スミマセン、勝手に歌をやめてしまって…」

「いや、いつもなら寝てるのだが…今日は寝かけに飲んだコーヒーが効いたのかやけに目が覚めてな。…お前は、月が好きなのか?」

「…え?」

「前もそうして窓の外を眺めていたろ」

「あ…え…えと」

王子との会話にどぎまぎしながらも、気持ちを落ち着かせ、正直に答える。


「好きは、好きなのですが…アルタイル様がお貸しくださるこのソファーがとても心地よくて…じっとしていると寝てしまいそうになるので…時々、明るい月や、庭を動き回る兵士を見るようにしておりました」

申し訳ありません、と最後に頭を下げると、王子は憮然とした顔でこう言った。



「お前は、いつも寝ていなかったのか?何のためにソファーをそこに手配したと思ってるんだ」


「あ…え…?」

寝るためだろ、と言わんばかりのその気迫に、思わずたじろぐ。

「夜は寝る時間だ。ひじ掛けを枕にすれば、それは寝るのにちょうどいい大きさだろう」

王子は当たり前のようにそう言った。

王子のそのお心遣いに胸が打たれたが、でもオレは…

「…ですが、私はアルタイル様の夜伽をしているので…居眠りしてしまっては、アルタイル様がここで寝てらっしゃることを証明できません」

そう思い、おずおずと反論した。


すると王子は、はーっと深くため息をつき、

「確かに私が証明すればいいと言ったが…お前がここで見ていなくとも、私が部屋から出ないことやこの部屋にお前以外入っていないということは、部屋の前や窓の外にいる兵士が証明してくれる。お前が一晩中起きてる必要などない」

そうきっぱりと断言した。


王子のその言葉と表情に

(オレがここで証明する必要ないなら、オレはここにいらないってこと…?)

いよいよクビを言い渡されるのではないかとビクビクしていると、「……こっちへ来い」と王子へ呼ばれる。


どぎまぎしながらベッドサイドへ近寄ると、王子はもう一度ため息をついてからゆっくり手を伸ばし

グイッ…っとオレを布団の中に引っ張った。


「…わっ」

「そんなに私を見張りたいなら、供に寝ればいい。こうして寝ていれば私が抜けだそうとすれば嫌でも気づくだろう」


王子の放った言葉は、まさかの一言だった。

「いえ、そんな!恐れ多いです!」

オレは慌ててベッドから降りようともがくが、王子は抱きしめるようにしてそれを許さなかった。

「お前の仕事はそもそも夜伽だ。むしろこうして供に寝ていた方がそれらしいだろう」

ええ?!っと思ったが、王子のその一言はごもっともすぎて、オレに反論の余地は残されていなかった。


「わかりました……ありがとうございます、アルタイル様」

そう言うと王子は目の前にある顔をふっと緩めて

「…そうだな。お前は謙遜するよりもまず、相手の好意を素直に受け入れるようにするべきだな」

と、それだけ言うと、オレを抱きしめたまま目を閉じ、だんだんと呼吸を一定にさせて眠ってしまった。

そんな王子の綺麗な顔を目の前にして、オレは一緒の布団に入ったものの、とても眠れそうになかった。




…と思っていたのだが、自分の神経は意外に図太かったようで、気づいたら寝ていたようだ。

はっと目が覚めると、隣に寝転がった王子がオレの顔をじーっと見つめていた。


「…おっ…はようございます!すみません!私の方がよく寝させていただいたみたいで…」

ガバッと上半身を起こして謝罪すると、王子が手でちょいちょいと呼んだので、おずおずと顔を近づけると…

びしっ!と王子にデコピンをされた。


「いたっ…!」

「お前は謝る以外の言葉はないのか?…お前がちゃんと寝たようで安心した。私も…よく眠れた」

「それは…よかったです。えと…私もよく眠れました。ありがとうございました」

そう言い直すと、王子が僅かにほほ笑んだように見えた。




それからというもの。

王子を出迎え、王子が着替え終えベッドに入ると、オレも一緒にベッドに入り、王子に添い寝しながら歌を歌うというなんとも羞恥心満載の仕事に変わった。

オレの本来の仕事内容を考えるとマシなのかもしれないが…それでも恥ずかしいことに変わりはない。


真横でオレが歌ってるせいか、王子は最近曲の途中で眠ることはなくなくなって…

オレが1曲だけ歌い終えるのを見届けて「お疲れ」と言ってから、オレを抱きしめて眠るようになった。

最近夜は少し冷えるし…それにやっぱり、王子もひと肌恋しいのかもしれない。


そんな王子にオレは緊張して体がガチガチになって、上手く寝付けないことが多かった。

(と言っても最終的には寝てしまうんだけど…)




それでもそんな生活が続くとだんだん体は慣れてくるようで、今までは自室で寝てから王子の部屋で朝まで起きていたのに、最近はすっかり逆で、

自室でしっかり起きていて王子の部屋で寝る、というのが当たり前になった。

そんな生活がひと月過ぎても、相変わらずオレの心臓は王子の添い寝に慣れることなくドキドキと煩く鼓動を鳴らしているが、それでも最近は王子の体温がなんだか心地よくて、王子とともにぐっすり眠れるようになってきた。


オレの仕事はあくまで夜伽であるため、王子とそこまで会話が増えたりすることはなかったが、それでもオレは王子との距離は確実に近づいている気がしていた。




だけどある日突然、それは訪れた。


「おかえりなさいませ、アルタイル様」

いつものように主を出迎えるが、王子はいつもと違い返事をしないままカツカツと部屋を進んでいき、上着を脱がぬままドサリとソファーに腰を下ろした。

いつもと違うその様子に慌ててそばへ寄ると、最近少し柔らかくなっていた王子の表情が硬くなっているように見えた。


(アルタイル様…どうかされたのだろうか)

だけどただの従者であるオレが「どうかされましたか?」など主に聞いていいものかわからず、オレは黙って王子のそばで王子の言動を見守った。


王子は座ったまま自分の足元を見つめてため息をついた後に、ゆっくりと顔をオレの方へと向けた。

「…これからしばらく、お前は自室で待機していろ」

「え…?」


まだオレがここへきて4ヵ月しか経っていないから、お子様が生まれたわけではないだろう。

最近は王子の機嫌を損ねることが無くなったと自分の中では思っていたのに…

(自室にいろって…ここにはくるなってこと?クビってことこと…?)

返事もできずに立ち尽くしていると、王子が再び口を開いた。


「…明日からしばらく、戦地に赴くことになった」

「え…戦地、ですか…?」

「あぁ。南の国境付近での戦が思ったよりも長引いているようでな。私もそこへ赴いて、指揮を振るうことになった。明日の早朝、ここを発つ。だからしばらくお前の仕事はなしだ」


戦地。

クビではないことに一瞬ほっとしたが、王子が戦地に行くという事実にすぐに胸がざわついた。

オレは完全に王宮に閉じこもって外部の状況を知るすべがないので、その戦がいったいいつどうして起きたか全く知らなかったが…国境付近と言うことは隣国との争いなのだろうか。

長引いてるということは手こずっているということに等しいだろう。

王子が普段何をしているのかなどを聞いたことはなかったが、たとえ兵を指揮する立場だとしても、この国の王子が身籠った奥方様を置いてまで行かなければならないほど緊迫した状況なのだろうか。

そんなところへ行って、王子は無事に帰ってこれるのだろうか。

返事もできずに、嫌な想像ばかりがぐるぐると頭をめぐる。



「私は今まで戦で負けたことが無いからな。だから呼ばれたんだ。…きっとすぐに戻ってくる」

いつの間にか起立した王子のその手がオレの目元に来て初めて、自分が目に涙をためていたことに気づく。

「…そうですか…どうか、ご無事で…っ」

「…あぁ」

王子はゆっくりと距離を詰めたかと思うと、力強くオレを抱きしめた。

オレは自分の行為が失礼に値するかどうかなんて考える間もなく、抱きつくような勢いで抱き返した。


その後は何も言葉を交わさずに、そのまま抱き合うようにして眠りについた。

まだ薄暗く、朝日がやっと昇り始めた頃に部屋をノックする音が聞こえ体を起こすと、隣で王子も体を起こし、身なりを整えたかと思うとすぐに扉の方へと向かって行く。


「…では、行ってくる」

「…っ行ってらっしゃいませ」


(本当に行ってしまうのか…)

いつもは自分が他の従者の目に映らぬよう王子よりも先に部屋を後にするから、王子を見送るのはこれが初めてだった。

無事を祈りながら王子が出ていく姿をしっかりと目に焼き付けていると、王子は扉が締め切られる前にこちらを振り返ったのが見えた。





王子の言葉通り、次の日いつもの時間になっても、いつもオレを王子の部屋へと連れていく人は現れなかった。


オレにあてがわれた部屋の、外からしか開けることのできない出入り口の扉。

そこが開かないということは、王子が不在で、オレの出番が無いということなのだ。


初めての休暇に何もすることがなく、ぼんやりと今までの出来事を振り返る。

(…あっという間の4ヵ月だったな…)

(母さんも父さんも元気だろうか…)

(色々あったけど…オレ、王子に仕えて、王子と会話して、王子と添い寝してるんだもんなぁ…すごいことだよなぁ…)

(…アルタイル様、本当に大丈夫なんだろうか…戦地で何もないといいけど…)

色々考えを巡らせても、最終的に考えてしまうのは戦地にいる王子のことだった。



オレの心配を知ってか知らずか。

1週間経っても部屋の扉が開けられることはなかった。


(アルタイル様、今どうしてるんだろう…)

(まだ戦ってるのかな…大丈夫なのかな…)

時折自室に近づく人の足音にビクっとなるも、小窓から食事を差し入れられるだけで、オレを迎えに来る者どころか、戦地や王子の情報をくれる者も誰一人いなかった。


自室にカレンダーなどないので、王子が戦地に向かった日にちを指を折るように数えた数は20日を過ぎる頃にはちゃんと正確に数えられてるかどうかも分からなくなった。

月の形で過ぎた月日を予想したくとも、小さすぎる小窓からは月の形もロクに見えない。


  " きっとすぐに戻ってくる "


王子は確かにそう言った。


なのに、まだ扉は開かない。

今日も開かない。



(…明日こそ、無事で帰ってきますように)

正確かはわからないけど…王子が戦地に行ってからもう二月ふたつきは経っている筈だ。

一向に開かないその扉を見つめながら、オレにできることは王子の無事を祈ることしか無かった。

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