死神✠Alice✠ Le Morte

汐凪 霖 (しおなぎ ながめ)

 プロローグ

 その日は朝からとても気分がよかった。

 高校一年生になって、二日目。

 真新しい気持ちで早起きすると、僕は桜の花びらの舞うなか、鼻歌まじりに家を出た。

「気をつけてな、有巣ありす!」

「うん、兄さん。行ってくるよ」

 妹の偉奈だいなを抱きかかえた椎名しいな兄さんに見送られて、門から通りに出ていく。

 あたたかな春の陽ざし。

 通りを行き交う会社員や学生たちの新しい鞄や靴が、みんな新生活なんだなぁという実感を高める。

 早くもスプリング・セールを謳いはじめた商店街を抜け、駅へと向かう。

 まだ早すぎて、友人たちは誰も来ていないようだ。

「そうだよな。2本、遅らせても間に合うんだよな」

 そう呟きつつ、僕は改札を抜けた。

 早く学校に着けば、それだけ早く彼女に逢える気がして。勿論、彼女が登校してくる時刻は判らないんだけれども。

 ホームに降りると、既に会社に向かう人々で混雑していた。

「やっぱ、みんなこの時期は早いんだな」

 口の中で呟いて、電車の扉が開く位置に並ぶ。そのときは、気づかなかった。

 銀色にオレンジのラインが流れた車体がホームに すべりこんできて、扉が開く。いっせいに乗客たちが流れこんだ。

 運よく座席に座れた僕は、スマホを取りだすと、ラインメールの確認を始める。

 幼馴染みの藤宮ふじみや煕人ひろひとから、律儀な朝の挨拶が来ていた。

「ええと……」

 『もう電車に乗った。あとで学校でな』

走り出した電車の揺れに逆らいながら指を繰る。文字入力を終えて送信チェックすると、僕はスマホを鞄にしまった。今日は音楽を聴く気にも、ゲームをする気にもなれない。心は彼女でいっぱいだ。あの、さらさらの黒髪……。

 そう思っていると、立っている男性たちの腰のあたりに、きらきらと光るものが見えた。

「あ?」

 思わず凝視する。

 長い金髪。碧の瞳。

 日本語が通じるかわからない。しかし、僕は口を開いた。

「あの、ごめんな。気づかなくて」

 一瞬、驚いた表情。それは人形もこれほど精緻にはできないのではないかと思えるほど整った顔立ちだった。大きな目。長い睫毛。すっと通った綺麗な鼻筋。眉は筆でさらりと流したように形がよく、一筋の乱れもない。そして、夢を歌いだしそうな愛らしい唇。

 ゆっくりと、少女は微笑んだ。少女というより幼女だ。妹の偉奈と、そう変わらないだろう。

 黒いレースの襟がついたワンピースを着て、定期券が入っているのだろうか、パスケースを首から鎖で下げている。

 こんな幼女を満員電車に乗せて、親は何をしてるんだ、と思ったが、この子の親らしき外国人は見当たらない。それにしても、この子を立たせておくなんて、危なくてできない。

「あの、さ。お兄ちゃんと、場所を替わってくれないかな」

 幼女は黙って首を横に振る。

 ──いやいや、そういうわけにはいかない。

 僕は鞄を肩にかけて、ゆっくりと立ち上がり、幼女を抱き上げて椅子に座らせた。泣き出すかと、内心では おっかなびっくりだったが、幼女は目を見開いたものの、悲鳴ひとつあげなかった。

「いいんだ。お兄ちゃん、あと3つしか駅を越えないから──」

 そう言いかけたとき、電車が大きく揺れ、急停止した。

「⁉」

 よろめいて転び、倒れる身体を自覚したが、支えようとする前に背中を強く押された。満員電車なのだから、仕方がない。そう思った瞬間、額に電車の窓が迫って、視界一面に火花が散った。

「ああ……運命が誤作動を起こしてしまったわ。あなたの所為ですわよ」

 そんな声が耳元でこだまする。

 闇の中、僕は意識を失った。そして、自分の鼓動の音が途切れるのを感じた。

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