第34話 海は寒いからそうだ!山に行こう

 「花山鈴はさ結構本とか読むの?」

 「いや、あんまり」

 「どのくらい?」「週に一・二冊くらいかな」

 「ふーん、じゃあお出かけは?」

 「買い物とかはしないけどそこら辺あるきまわったりするよ」

 「なんで?」

 「なんでって、判んない、何か無いかなって」

 「じゃあ今度一緒に山行こうよ、二人でさ」

 「行ったことない」

 「じゃあ行こう!」

 「でも危なくない?」「何が?」

 「熊とか不審者とか」

 「いないよ熊。不審者なんて町中でも平気ででるし会うときは会っちゃうよ」

 「えぇ、てかなんで急に山の話?」

 「花山鈴は書を捨て山へ出たほうが良いんだよ。少なくとも一旦」

 「そうかなぁ」「そうだよ」

 

 山への誘いで私を口説く綾乃の目はどうやら本気らしく、私の狼狽えの、ちょっと興味あるかも、の部分を的確に狙って甘言を投げつける。私は山というよりもどちらかといえば、綾乃に興味がある。綾乃の言う”書を捨て山へ”が彼女の物語のリアルさに何か通ずるのかもしれないし、つーか、私はなんで少し頼まれただけの台本制作をここまで本気に考えているんだろう。最初の頃は本は少しだけ読むもので、余暇の埋め合わせくらいにしか思ってなかっただろう。絶対そうだ。なんで?畑先輩に言われたから?綾乃の物語に胸キュンしたから?と疑問詞を付けている時点でそれらが違うことは明らかで、私は本当は前々から何か小説でも書けたらなと考えていたのだ。無意識的にしろ、本心だけの一瞬の衝動にせよ。本が書きたかったのだ。それもとびきり面白いやつ。それでも自分で始めたことじゃないから、畑先輩に頼まれた責任を感じるし、綾乃の物語に静かな嫉妬を抱えているし、もう何かのきっかけに相乗りして、私は本気に成るべきだった。その方がやりたいことだったみたいだしね。ということで私は綾乃の甘言にやられて、とりあえずの綾乃のことを知ることから始めた。ストラックアーウト!キャイーン!「よし行こう」

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