第23話 山は気高く、秘密を隠す
「
「うん、そう、はい」
ひとしきり泣いた彼女はなぜか私の隣に横たわっていた。力なき両腕はそのまま地面に溶けそうなほど脱力していた。私も動かないというのも変な話だが、白詰草の群叢は二人の全身を象ったまま、
「あなた、何か欲しいものでもあるの?」私がそう言うと、
「……おかね、とくるま」
「えらく実用的ね。どうしてか聞いてい?」
「言えないんだ」
「そう、判った。じゃあ聞かない」
手足の自由を取り戻すと、段々、頭が働いてきた。彼女、峰二
私の左手が彼女の右手を掴む。かすかな緊張が皮膚に伝わる。さっきとは反対に、私が峰二に上乗りになる。彼女の奇妙なほどの大きな瞳が、二つ、真っ黒な焦点を私に合わせる。
「……峰二、私とあなた、」
慣れない体勢で喉が震える。吐く息がまだ九月だというのに白く、彼女に降りかかる。彼女にちゃんと声が届いているか少し不安になる。なにせここは、水の底だ。
「私とあなた、大丈夫、仲良く出来ると思うの」
「え」と彼女の返事を待たずして続ける。
「大丈夫、だから、えっと、あなたも約束して。突然、私に乗りかかったりしないこと。それと、私のいないところで他の人に、今と同じようなことをしないこと。これを聞いてくれるなら、私はあなたを、あなたは私を尊重しあえるわ」
「……判んないけど、君が言うなら、判った」
「……ふぅ、じゃあ、あと十分経ったら、教室に戻りましょ」
返事は無く、私は彼女の上から退き、また元の跡地に彼女の隣に寝転んだ。彼女の細白い右手の小指を掌のなかに握りしめながら、彼女の引いていく体温をぐっと温め直した。そのうち冷たい指先が四本、私の二の腕に絡み、離れがたいように強く、ぐぐっと引き寄せた彼女の身体を、今日。私は生涯、忘れることは無いだろう……
「あとね、」「なに?」
「教室戻ったら、教科書見せてくれる。まだ買ってないの」
「判った」
水の底から這い上がる。
陸に上がると底の出来事は風に乾かされて、あとには潮の匂いだけを残した……
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