第24話 赤外線と重たい荷物

 転校初日の授業が全て終わると、HRの後、担任の先生に呼び出された。叱られるわけじゃない、もちろん。どうやら、いくつかのプリントと学校案内をかって出た生徒がいるから、私に会わせたいらしい。何やら嫌な予感がするのは私の考え過ぎだろうか……


 「失礼します」とガラガラトン。古びた校舎が不満をかき鳴らす。おい、もっと優しく扱え。今のは私の空耳だ。入り口の横には教職員の使う書類とさと細かな筆記用具が壁にピタっと沿って積まれ、初めて来たとき同様に一瞬戸惑う。奥の方でジャージ姿の担任と、その横に立つ、妙に、姿勢の悪い男子生徒が一人見えた。やっぱり、彼だ。教職デスクをすり抜けて、回転椅子を押しのけて、彼と、担任の元へ向かう。天井には螺旋に垂れるコンセントと各科のプレートが浮いていた。数学科、国語科、化学科、物理、、地歴、、生物、、、着いた。英語科。二人は談笑していて、何やら話しかけづらい。


 「失礼します、花山です。プリント取りに来ました」

 「お、おお!花山か、ご苦労さん。はい、はいこれとあと……」

 「畑先輩ですよね?こちら、大丈夫です」

 「お、なんだ?知り合いだったのか?ははは、どおりで。畑、花山のプリント重そうだし、手伝ってやってくれ」

「ははは」じゃないよ、全く、適当か。

 「あ、私、持てます。手伝い不要です」

 「ははは、遠慮しないでいいぞ。初日だしな、花山も疲れたろう」

男子生徒の方に目を向ける。男子生徒は目尻をにひっと釣り上げて、何気ない表情のまま、まとわりつくような視線を送ってくる。背中に流れる一筋の汗が私の全身を固くする。まるで、蛇と兎だ。私が兎。

 「へぇ、えっと、はなやま、さんでしたよね?行きましょうか。じゃ、先生、僕はここで失礼しますね。空き教室の件、ひとつよろしく頼みますよ」

 「おうおう、任せとけ。ほい、じゃあ気をつけて帰れよ、ふたりとも」 

 「失礼しました」


ガラガラトンと扉を閉め切ると空気がピリッと変わる。男子生徒がこっちを向いてうっすら微笑む。嫌な感じだ。とはいえ貰ったプリントは大量で、我が校自慢の坂道をこう、両手に抱えながら、下校するのはちと避けたい。泣く泣く、男子生徒の差し出す骨ばった右手にプリントを半分渡した。

 「畑先輩、これ多いので、私のロッカーに一部置いておこうと思います。なんで、こっちです。付いてきてください」

 「了解、でも水臭いな、洋介でいいよ」


 おぼろな道順を必死に思い出しながら、教室へと戻る。隣には少し背の高い先輩がこちらの歩調に合わせながら、ゆっくりと歩いて、ときおりこっちを振り返っては立ち止まる。小走りで追いつくとまた歩きだす。私はまた、ゆっくりとした時間を私の肌で味わうことができる。時間は相対的。窓の外には今にも暮れそうな橙色の日がそこらじゅうの影を伸ばして、ぎらぎら煌めく。目に入った光が反射的に幼少期の記憶を反芻させる。いつだったか、むかしよく聞いた曲を思い出す。夕焼け小焼けでまた明日。また明日。僕も帰ろう。お家へ帰ろう。

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