07 ウォーキング


 過剰に装飾された廊下には、人が溢れていた。

 学生服の人、お化け屋敷の仮装をした人、ウエイトレス姿の人、プラカードを掲げて客を呼び込む人、ユニフォームの人、他校の生徒と思われる人、先生、保護者、小学生、中学生、地域の人、よく分からない人。

 たくさんの人とすれ違っていく。すれ違うと、その後ろにまた次の人が現れ、またすれ違う。そんな廊下を歩いていく。

「それは勿論、面と向かって言われたら誰でもショックでしょ?」

 嵩間は小さく笑った。

 正面から、かなりの人数の集団がやって来る。その集団とすれ違うと、嵩間はいなくなっていた。

 その途端、物凄い悪寒を感じ、狂ったように周囲を見渡した。

「何キョロキョロしているの? こっちだよ」

 嵩間は先を進んでいた。駆け寄ろうとする。

 嵩間は立ち止まらなかった。次から次へと押し寄せる人の波の隙間を滑らかに抜けていく。

 まったく追いつけない。距離はどんどん広がっていった。同時に、どこかからどす黒い無力感が湧き上がってきた。無理だという気持ちが支配的になって来る。

 人混みの中から、小さな子供が二人駆け出してきた。その二人は、何か言葉を交わすと、別々の方向に向かった。

 一人の少年は、ある女性の足元で立ち止まり、その人を見上げた。見上げられた女性は、それに全く気付かないで歩き続けた。その視線は、ずいぶんと遠くに向けられているようだった。右足、左足、右足、左足。少年は、女性の足すれすれの所で、踏み潰されないように注意して寄り添おうとする。やがて、見上げることをやめて周りの様子をうかがいだした。誰かを探しているようだった。でも、その誰かはどこにも見当たらないようで、絶望的な表情になる。絶望的な表情のまま、相変わらず女性の足元から離れなかった。

 もう一人の少年は、少年よりも小さな女の子を連れた男女の元に駆け寄った。少年を含めて四人は、触れ合いそうなほど近い距離で歩いていた。しかし、見ている方向は全員がバラバラだった。少年は、その男女に対して、感謝しなくてはいけないということを理解していた。しかし、だからと言って尊敬の念を抱くことができないことも理解していた。やがて、少年も周りの様子をうかがい始めた。何かを探していたが、その何かはどこにも見当たらないようで、苦悶の表情を浮かべる。苦悶の表情のまま、相変わらずその場を離れなかった。

「僕のこと、誰よりも理解できていると思っていたんだよね?」

 嵩間は隣を歩いていた。少し小柄なので、軽く見上げられる。

「かわいそうに。気持ち悪いね」

 嵩間は、知らない表情をしていた。視線はそのすべてに吸い寄せられるが、同時に恐ろしく不気味だと感じた。不気味さはどんどん強くなるのに、視線は接着剤で貼り付けられたようで、そこから引き剥がすことができない。

 嵩間の薄い唇が、それこそ本当に気持ち悪いほど滑らかに動き出した。遅れて言葉が鼓膜に届いてきた。

「好きだよ」

 途端に周囲が騒がしくなる。ここで初めて、今まで音が存在していなかったことに気が付いた。

 そうか。悪いけど……。










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