05 ブレイクアウト
翌日、午前から作業が続けられた。
進捗状況は当初の計画よりかなり遅れていた。もっとも、この合宿自体、急遽決まったものであり、欲張らなければ何一つ問題はない。ただ、笹賀谷が部長としての責任感を強く持っていることは誰もが承知しており、あまり適当なことはやれなかった。
現状で年に二回だけの発行に留まる校内新聞なので、その代わりに一回あたりのボリュームを充実させたい。それが、学校に申請した計画書における合宿の目的だった。
新聞部の部室にもともとあるノートパソコンは、本当は顧問の私物だが、好きに使って良いことになっている。しかし、それだけだと作業効率が悪いので、今回は学校から他にもノートパソコンを借りてきて一気に作業を進めている。
キーを叩く音とマウスのクリック音だけでは、さすがに気持ちが萎えてくるので、適当に雑談を挟みつつ、時刻は昼下がり。
笹賀谷の指示に従い、他の四人は記事を書いていく。基本的には、笹賀谷のネタ帳の内容を書き起こし、使えそうなのがあれば、これまた笹賀谷のデジカメ画像をはめ込む。キリの良いところまで行くと、笹賀谷に内容のチェックを受け、必要な箇所は修正し、それをもとに笹賀谷が全体を整えていく。
用心深い嵩間は、かなりの頻度で笹賀谷の指示を仰ぐ。笹賀谷は、そのたびに自分の作業が中断されるので、少し億劫な様子を見せるが、放置しておくのも心配であり、手を抜かず対応する。嵩間は、毎回しっかり礼を言って頑張った。
葵は、多少の駄々はこねても一応淡々と作業を続けていた。そして、気が抜けてくると隣に座っていた田万川が画面を覗き込み、励ましたり間違いを指摘したりしていた。
那須原はあちこちの会話に絶妙な加減でツッコミを入れたりしつつ、目立ったミスもなく黙々と作業を進めていた。
「浩ちゃん、またちょっと良い? ここなんだけれど……」
嵩間は、少しだけ申し訳なさそうにして、また指示を仰ぐ。笹賀谷は律儀に対応する。今回は大したものではなかったので話はすぐに済んだが、嵩間もまた律儀に礼を述べる。
「ありがとう。浩ちゃんの説明、分かりやすくて助かるよ」
すると、すっかり手が止まっていた葵が言った。
「広海は、ササと会話しているときの方がしっくりくるな」
「しっくりってお前……」
笹賀谷は反射的に答えるが、葵は嵩間のことだけをじっと見ていた。嵩間もその視線に気付いている。
「……そうかな。助けてもらったから、お礼を言っただけなんだけれど」
否定とも肯定とも取れない返答。葵は何も答えない。その様子を見ていた那須原が宥めるように言った。
「ササ先輩、本当に頑張っていますし、嵩間先輩もただそれを誉めただけで……」
「そうだな。ナッちゃんの言うとおりだよ」
葵は、幾分穏やかな口調で那須原に言った。それで那須原は少し安心するが、葵は笹賀谷の方を見て続ける。
「それならササが一人でやれよ。俺らがいても邪魔なだけだろ」
その声は、感情をストレートに出す葵としては珍しく、押さえ付けたように抑揚がなかった。
「葵先輩、何を……。言っていることが極端すぎますって」
那須原は不穏な空気を掻き消そうとするが、その言葉に被せるように笹賀谷が言った。
「そうか、それもそうだな。なら帰っていいぞ。みんな帰っていいぞ」
売り言葉に買い言葉。みんな黙り込む。
そして、心配そうに見ている嵩間に気付いた笹賀谷は、冷たく言い放つ。
「こういうときこそ、葵に味方しろよ」
嵩間は葵の方に向き直る。そして、言った。
「史人君、さっきのは言い過ぎだったと思うよ。浩ちゃんに謝って」
葵はその言葉にハッとし、決まり悪そうな顔をする。しかし、逆に笹賀谷が感情的になる。
「おい、どういうつもりだよ!? 俺は……お前と葵のことを応援するように言われているんだ」
その言葉を聞いた嵩間は、明らかに悲しそうな表情で笹賀谷を見る。そして、葵は田万川のことを見た。
それまで黙っていた田万川が口を開く。
「応援するように言われているから応援するの? それって、全然応援していることにならないでしょ!?」
それは笹賀谷を激しく責めたてる口調だった。
「じゃあ、応援って何だよ? 俺にどうして欲しいわけ!?」
笹賀谷もますます激昂して言い返す。完全に頭に血がのぼっている。
「わざわざお願いとか言っちゃって、結局どうしたいわけなの!?」
笹賀谷は、なおも怒りにまかせて言葉を吐きだそうとする。
しかし……。
「ササ先輩!!」
那須原が派手に机を叩いて声を張り上げる。
笹賀谷は動きをピタリと止め、それから俯く。身体が微かに震えている。
「ゴメン、みんな……」
絞り出された謝罪の言葉が、部室に痛々しく響いた。
「今日はもう切り上げよう。今できているところまででいいから、データをくれないか。あとは、俺が家でできるから」
「ササ先輩、そういうことじゃ……」
「そもそもみんながこんなに頑張る必要はないんだ。最低限のことをしていれば、この場所は維持できるんだ。俺の勝手に付き合う必要もない。みんなは部室を好きに使っていればそれで良い」
笹賀谷は、順番にパソコンからデータをもらう。それから、自分の荷物を鞄にしまう。
「お菓子とかはみんなで適当に分けてくれ」
ビニール袋に入ったままのお菓子がかなり残っていた。今日は夕方あたりまで頑張る予定だったので、そのためのものだ。
「本当に悪かった」
笹賀谷は部室の扉を開けると、そう言い残して振り返らずに出ていった。
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