03 ジュードークラス


 汐巳高校の体育の授業は、男女別の二クラスごと合同で行われる。

 学年三クラスなので、例えば一組男子の場合、二組男子との合同授業と三組男子との合同授業が交互に組まれている。このシステムがあるおかげで、他のクラスの男子とも接点が生まれ、クラスの垣根を越えた交流がなされるのだ。

 そして、本日は一組と二組が合同。柔道場で柔道の授業が行われていた。

 柔道は、高校の体育の授業の中でも特に怪我の発生しやすいもの。そのことは、先生が誰よりもよく理解しているので、かなり厳しい口調で本当に入念な準備運動をさせる。少しでもふざけて適当なことをやれば、すぐさま怒鳴りつけられる。

 それから、今度はひたすら受け身を繰り返す。後ろ受け身、横受け身、前受け身は全員が先生の掛け声に合わせて行う。一人ひとりが柔道場の畳を全力で叩きつけるので、その振動が重なり合って身体の奥深くまで届くような響き方をするが、それはそれで癖になる独特の心地良さがある。そして、今度は順番に前回り受け身をしていく。これは習得度に差がつきやすく、観察していてもタイミングが合わず不発になる人が見受けられる。

 受け身の感覚を身体に馴染ませると、次に二人一組になって打ち込みの練習をする。すでにこれまでの授業で習うべきパターンをすべて教わっていたが、それでも怪我防止のため、毎回必ず繰り返される。

 ここまでを終えると、ようやく乱取りに入る。互いに自由に技をかけあう練習で、これまでの反復練習の成果が試される。

 柔道場のスペースの都合上、全員が同時に乱取りすることはできないので、待ち時間は壁際に座っている。その間は、駄弁っていても特に文句は言われない。

 先生もこういうときはフレンドリーで、メリハリがしっかりしている。

「あー、女子に寝技かけてー」

「先生! 女子と乱取りしたいっす。なんで男女混合でやらないんすか?」

「そりゃ、お前みたいなやつがいるからだ」

「ナルホド!」

「代わりに俺が相手してやろうか?」

「いえ、先生が相手とか、俺普通に死にますから!」

 壁際でどっと笑い声が起きる。思春期特有のくだらない会話も、高校体育科の先生ともなればお手の物だった。

 そして、本来ならば葵はその会話に積極的に混ざっていくタイプだった。しかし、今は、笹賀谷、嵩間と三人で、騒がしいところから少し離れた壁際にいた。

 背後ではステンレスの格子でガードされた通気用の小窓が開け放たれていて、吹き込む風が心地よい。柔道着は生地が分厚いので、熱がこもりやすい。葵は帯を緩めて、両肩が出そうなほど上衣を大きく開いてはだけさせている。

「あ~、涼しい~」

 葵は、本当に心地良さそうな声をあげる。それを隣で体育座りしている嵩間が見ている。

「お前もやれば? 涼しいぞ」

 嵩間の視線に気付いた葵がニカっと笑って言った。

 すると、嵩間は身を縮めるようにして小さく答えた。

「いいよ。僕、色白だし……」

 その返答を聞いて葵が爆笑しそうになり、笹賀谷が必死に抑える。葵の爆笑は声がでかすぎるから、無駄に注目を浴びてこちらまで恥ずかしくなるのだ。

「お前さ、色白で恥ずかしいなら、ダビデ像も赤面だな。あれなんか真っ白だろ」

「葵はたまに知的っぽいことを言うな。ダビデ像に大変失礼な気もするが」

「史人君、ダビデ像はそもそも何も着てないから、色白とかいう次元じゃないよ」

 困った感じで笑いながら真面目に答える嵩間に、葵は破顔して背中をバシバシ叩いた。


 先生の太い声が道場に響き渡った。

 乱取りの一巡目はクラス内で二人一組になったが、二巡目は違うクラスの人と組まなくてはいけない。葵と嵩間は立ち上がった。

「ヒロ、葵を投げ飛ばしてやれ」

「努力するよ」

 笹賀谷は、二人とは同時にやらなかったので様子を観察していた。

 手を伸ばしたり引っ込めたりしながら距離の測り合いが続く。それから、ほとんど同時に道着を掴みあったが、腕力で劣る嵩間は左右に振られ、重心が乱れた隙に見事な大外刈りを決められてしまった。勢いはついていたが、葵が最後まで嵩間の道着を引き寄せていたので、あまり衝撃はなかったようだ。葵は何か声をかけながら嵩間を引っ張り起こした。

「お疲れー」

 笹賀谷は二人と入れ違いになる形で、道場の中央付近に歩みを進めた。適当に余っていそうな人と組んで乱取りし、油断した隙に見事な一本を取られてしまう。

 先生は時間を確認した。

 普段は二巡でだいたい時間になっていたが、それまでがスムーズだったので、まだかなり時間が余っていた。

「三巡目、行けそうだな。よし、今度は相手は誰でもいいぞ。ただし、今までやってないやつな。さあ、素早く行こう!」

 先生は手を叩いて急かす。笹賀谷、葵、嵩間は顔を見合わす。

「広海、もう一回やろうぜ」

「でも、同じ相手はダメだって。浩ちゃん、やらない?」

 葵は嵩間の反応が予想外だったようで、ちょっと驚いた感じになる。

「別に、先生気付かないだろ?」

「そうかもしれないけど……」

 嵩間は言い淀みながら、葵と笹賀谷の様子をうかがう。

「……ま、いいか。同じ相手とばかりじゃ練習にならねえもんな。適当に相手探してくるわ」

 そう言うと葵はその場を立ち去り、普段クラスで行動をともにすることが多いやつのところに行った。笹賀谷と嵩間がその場に残される形となる。

 笹賀谷としては少々居心地が悪い。何を言って良いものかと戸惑う。

 しかし、嵩間は案外平然としている。

「次の番でやろうか」

「……そうだな」

 そのあと、結局、順番が回ってくるより先にチャイムが鳴ってしまう。

「間に合わなかったね」

 体育が好きではないはずの嵩間が、ちょっとだけ残念そうな表情をしたように見えた。

「明日から、テスト週間だね」

 定期テストの直前一週間は、原則として部活動が禁止となる。ただし、守っていないところも多いので、実際にはあまり効力のないルールだ。

 しかし、そもそも部活動にあまり熱心に取り組んでいない新聞部が、この時期にわざわざ活動するのもどうかと思い、笹賀谷は普通に活動しない方針を決めていた。

「ああ。試験明けたら忙しくなるから、覚悟しとけよ」



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