家に帰るとゴーレムが捕まってました

クレイは、時々夜中に星空を見上げている。

猫の事があってから窓は開けなくなったが、晴れた夜に起き出しては窓枠に頬杖をついて星を眺めているのだ。

表情は分からないがその背中がどこか物悲しげに見えて、僕は未だに理由を聞けていなかった。


「麻野、ゲーセン行こうぜ!ゲーセン!」

「んー、今日はちょっと……」

いつものようにサークルに顔だけ出して帰ろうとした時、友人に声をかけられた。唯一お互いの部屋を行き来する仲の彼だが、クレイが来てからはあまり遊んでいない。

「お前最近付き合い悪いぞ!お前がいなかったら俺は誰と音ゲー対戦すりゃいいんだよ!」

「お詫びに漫画貸してやってるじゃん。お前と違って色々あんの」

と言いながら漫画の入った鞄を突き出す。彼はそれを受け取るが、機嫌が直る様子は無い。

「色々って何だよ色々って!」

「とにかく今日は無理。また今度」

「それこないだも言われたぁー!」

あーまあ、と曖昧な返事をしてそそくさと部屋を出る。早く離れようとするあまり大きなミスを犯した事に、この時は気付いていなかった。


「鍵、あっちの鞄に入れっぱなしじゃん…!」

漫画の入っていた鞄に部屋の鍵を入れていた事を思い出したのは、本屋に寄った後、帰りの電車に乗った時だった。盛大にため息をつきたいところだったが、周りに人が多いので小さ目に抑える。

(クレイに開けてもらえばいいか)

これでまた倒れてたりしたら詰みだな、と考えてうすら寒くなるが、部屋の窓に小さな影が映っているのを見つけて安堵する。そろそろ暗くなって来たし、また星を眺めているのだろう。

ここからなら気付くだろうか、と手を振ろうとした時、異変が起こった。

クレイが何かに慌てたように窓から離れる。続いて映ったのは、明らかに人間サイズの大きな影。

……部屋に誰かがいる。

エレベーターが来るのを待ち切れず、階段を駆け上がる。扉の鍵は案の定開いており、半ば転がり込むようにして部屋に入った。

「クレイ?!」

「あ、麻野!なんだよこいつ!宇宙人?!異界生物?!お前ラノベの主人公だったのか?!」

リビングでクレイを捕まえていたのは、背の高い、短髪に軽薄そうな顔をした男。

先程別れた筈の友人だった。


「……石川、とりあえずなんで部屋にいたか説明しろ」

「なんで俺正座させられてんの?」

不法侵入の悪友、石川俊介はそうぼやいた。侵入者に捕獲されかけたのがよほど怖かったのか、クレイは先程から僕の後ろに隠れて出てこない。

「クレイを怖がらせるからだよ。ってかなんで部屋にいたんだって聞いてるだろ」

「これ本来なら俺が質問するべき状況だと思うんだけど……友達の部屋によくわからないナニカがいて、しかもめっちゃ大切にされてるって……」

「後で説明してやるから、先に尋問させろ」

「言ったな?!今尋問っつったな?!」

俺別に悪いことしてねえよ、と石川は嘆くが、僕の真面目な顔を見て流石に少し考えを改めたようだった。

「……お前、俺に貸した鞄に鍵入れっぱなしにしてただろ。先帰ったから部屋に入れてねえんじゃねえかと思って届けに来たんだよ。そしたら電気付いてたから消し忘れかと思って、電気代勿体ないから消しといてやろうと思って中入ったんだ」

彼は神妙な面持ちで事情を話す。その行動は明らかにただの好意によるもので、クレイの事があったにしてもきつく言い過ぎたかなと少し反省した。

「あと、腹減ったから飯の一つもちょろまかしてやろうかと」

「前言撤回」

「どの前言だよ!?」

「そういうのは黙っとけよ!せっかく良い奴だと思ったのに!」

「えっ!?じゃ、じゃあ今の無し!」

「遅いわ!」

なおも噛みつこうとした所で、後ろにいたクレイに服を引っ張られる。表情は分からないが、言わんとしている事は明白だった。

「……コーヒー淹れてくる。クレイ、手伝って」

「俺はー?」

「テレビでも見とけ」


クレイと連れ立ってキッチンへ行くと、リビングからバラエティ番組の賑やかな声が聞こえてきた。石川はテレビの音量を上げたがる質で、今も僕達が見ている時の音量より数段大きい。普段なら近所迷惑だと下げさせる所だが、今日は逆にありがたかった。

「これなら石川にこっちの声は聞こえないだろ。……で、クレイ。どこまで話して良い?っていうか、何かされた?」

手伝えとは言ったが特にする事は無い。お湯が沸くのを待ちながら、クレイの踏み台に二人で腰かける。

「何か、と言われましても……捕まった以外は体中触られたくらいです。」

「あいつ、セクハラで訴えてやる」

「ゴーレムが対象でもセクハラって成立するんでしょうか?」

テレビから流れる笑い声とお湯のコポコポという音が部屋に響く。時間を引き伸ばすため、普段は飲まないドリップ式のコーヒーを引っ張り出して来る。

「とにかく、動いてる所を見られちゃったなら隠し通すのは無理だ。どこまで話すか……」

「全て話して頂いて構いません。千秋さんに話されて困る事は何もありませんから」

「ゴミ箱使って上の物取ろうとしたら嵌まって出れなくなった事も?」

「それは言わないで下さい!」

部屋にコーヒーの匂いが広がる。僕は立ち上がり、盆代わりの皿にコーヒーカップを三つ乗せた。

「ま、今は最低限でいいか」

「そうですね」

テレビでは、子猫がおもちゃでじゃれる映像が流れていた。猫嫌いの僕はクレイの方が可愛いのではと思いつつ、無言でリモコンを取って一気に音量を下げる。そしてコーヒーを石川に突き出す。

「お、サンキュ。砂糖ある?」

「入れてある」

「マジか、珍しく気が利く…苦っ!入ってねえじゃん!」

「駄目か。クレイ、砂糖持ってきてくれる?」

クレイがとたとたと歩いて行くのを見送り、テレビを消して石川に向き直る。詐欺がどうのとか愚痴をこぼしていたが、テレビを消すと同時に彼は静かになった。

「で、クレイの事だけど。一応先に言っとくけど、他言無用だからな。分かってる?」

「まあ、お前がここまで真面目になるの、アレ以来だからな。それに俺だって流石にダチの秘密をひょいひょい漏らす程非常識じゃねえ。信用しろって」

「……お前のそういうとこ結構好きだよ」

クレイが砂糖入れを持って戻ってくる。石川がコーヒーに砂糖を入れるのを眺めつつ、僕はクレイを隣に座らせた。咳払いをする。

「お前、ファンタジー系のRPGとかやったことあるよな?」

「え、ああ。おう。ドラゴンのやつとかファイナルなやつとかって事だろ?」

「そうそう。なら、ゴーレムがどんなもんか分かるよな?」

「まあ、詳しいことは知らねえけど……え、いや、まさか……?」

石川はクレイをまじまじと見る。流石に恥ずかしいのか、クレイは少し僕の方に寄った。

「そのまさかだよワトソン君。クレイは現代魔術で創られた最新型ゴーレムなんだ」

「い……いやいやいやホームズさん、それはさすがに突飛すぎるってもんですよ!ってか……え?そういう設定のロボットとかではなく?」

石川の慌てぶりを見てクレイと出会ったときの自分を思い出し、少し懐かしくなる。そういえば僕もこんな反応だったな、と考えながら、僕はクレイと出会ったときの事を石川に説明した。

「……じゃあ、つまりゴーレムってのはその、クレイが言ってるだけなんだろ?」

「それはそうなりますが……」

「でも魔術的な何かだって事は明らかなんだし、ゴーレムじゃなかったらむしろ何だって言うんだ」

「確かになー」

石川は完全に納得はしていないようだが、少なくとも受け入れてはくれたようだった。僅かに残っていたコーヒーを飲み干し、彼は立ち上がる。

「とりあえず、事情はわかった。でまあ、別に用があった訳でも無いし今日は帰るわ。……ちょっと、考えたい」

「まあ、気持ちは分かる。あ、漫画忘れるなよ」

「おう」

石川は漫画の入った鞄を持って部屋を出ようとしたが、何を思ったのか戻ってきた。クレイの前に立って少し逡巡した後、彼はおずおずとクレイの頭を撫でる。

「まあその……悪かったな、うん」

それだけ言うと、彼はそそくさと部屋を出て行った。ドアの向こうからまた明日と少し硬い声がした。

「恥ずかしいならやんなきゃいいのに……さて、ちょっと遅くなったけど夕飯作ろうか。……クレイ?」

撫でられた体制のまま固まっていたクレイに声をかけると、彼はなんとも言えない表情で振り向いた。

「もしかして撫でられるの嫌だった?」

「いえ、そうではなく……悪い方ではないのだな、と。捕まった時は死を覚悟しましたが」

「ああ、そうだね……考え無しに行動するけど、良いやつだよ、石川は」

「千秋さんのお友達ですものね」

「これでも人を見る目には自信があるんだ」


その日、夜中の事。

布の擦れる音で目が覚める。眠りの浅さに心の中で愚痴を吐きながら起き上がると、月明かりの中に小さな影が浮かび上がっているのが見えた。

「クレイ?」

「あ、千秋さん。起こしてしまいましたか、ごめんなさい」

「いや、いいんだけど……何してるの?星?」

「ええ、まあ……」

衣替えが面倒で半袖のまま寝ていたが、流石に夜は肌寒くなってきている。自分の体温の残る薄いタオルケットを引っ張りあげ、くるまりながらクレイの隣に並んだ。

「クレイって、温度は感じるんだよね?」

「ボクは温度は認識できますが、それによる影響は受けません。粘土が変質するような極温でなければ高温も低温も平気です」

「寒くない?」

「千秋さんがオヤジギャグを言わない限りは」

僕はタオルケットを半分ほどいて、クレイに頭から被せた。少しじたばたしてなんとか顔を出した彼は僕に抗議の視線を送るが、気付かないふりをする。クレイはため息をつき、すなおにタオルケットにくるまった。

月明かりに、透明な沈黙が流れる。

「……あのさ、クレイ」

「なんでしょう」

「どうして星を見てるのか、とか……聞いてもいい?」

「ええ、構いませんよ」

「……」

「……」

「……あれ、もしかしてもう一回聞かれるの待ってる?」

「えっ?あっ……すいません、てっきりそういう意味かと……」

「……なんかごめん」

「い、いえ……」

数瞬気まずさが場を支配するが、遠くを走る車の音がそれを吹き散らしていく。クレイは細い肩にタオルケットをかけなおし、口を開いた。

「……星を見ていると、何かを思い出しそうな気がするんです。それが自分に関することか、魔術的な事かは分からないのですが……もちろん、星が好きだという理由もあります」

「何かを……」

クレイの顔を見て、改めて彼が記憶を失っているのだと言うことを思い出す。魔術や生活の知識はあっても、彼は自分の生みの親の事どころか自分の名前すら知らない。ゴーレムだからとあまり重く考えた事は無かったが、人間なら警察や病院沙汰になるような事だ。

月明かりがクレイの平坦な顔を照らす。ぽっかり空いた2つの目の奥にあるものは、僕にはまだ計り知れない。

「作った人を探そうとは思わないの?もしクレイが探したいって言うなら、僕も石川も協力するよ」

「いえ、思いません。千秋さん達にご迷惑をかける訳にはいきませんし、何よりボクは今の生活がとても心地よいですから。自分を作ったのが誰かなんていうのは、あまり気にならないのです」

「ほんとに?」

「ええ。ボクのようなゴーレムにとって、作り主は人間にとっての生みの親ほど重要な人物では無いのですよ」

話は終わりだ、と言わんばかりにクレイは再び窓の外に視線を向ける。僕はタオルケットをその場に残し、水を飲みに行った。そのままクレイが使っていたタオルケットを持ってベッドへ戻る。

なんだかもやもやとした物を抱えながら、僕は目を閉じる。睡魔はすぐにやって来たが、もやは渦巻くばかりで一向に晴れない。そして、眠りに落ちる直前、クレイの表情を思いだし、答えに気づいた。

今までに一度も見たことの無い、けどいつか見たのに似ている表情。

そう、あれは初めて会った時の…罪悪感の顔。

ああ、そうか。そうだ、彼はあんなにも優しいくて思いやりがあるから。


……クレイは、僕に嘘をついたんだ。

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