家に帰るとゴーレムが削れてました
「クレイ、え、どう、えええええどうしたのそれ?!」
「いやあ、激しい戦いでした……」
ある日家に帰ると、クレイの右腕が捥げ、体中が削れてボロボロになっていた。何でも猫と戦った(!?)らしく、本人曰く「辛勝しました」との事だが……この状態は明らかに負けている。
「あーもー……なんでこんなになるまで逃げなかったんだよ……」
「すみません、昼食を奪われるわけにはいかなかったので……今度から料理をする時はきちんと網戸を閉めます」
僕はこの間買ってきた粘土でクレイの体を修復してやっていた。削れた部分を粘土で埋め、表面を撫でて整えてやる。すると体に取り込まれるようにじわじわと色や質感が同化し、つなぎ目が分からなくなるのだ。
「あーあー、これもうちょっとで首も取れるところだったよ……あれ?何かはみ出してる……」
彼の首の下の傷を埋めようとした時、傷の奥から何か白い物がのぞいているのに気が付いた。触れるとカサリと音がする。
「紙?」
「あ、それは触らないでください!」
クレイが慌てた様子で僕の手を引き剥がす。僕は、その紙の正体になんとなく察しが付いた。
「それってさ、コアみたいなやつ?」
「はい、そうです。すみません、乱暴にしてしまって……」
「いや、仕方ないよ。心臓みたいなものでしょ、それ」
伝承に伝わるゴーレムは、土人形に『EMETH(真理)』という字を刻んで作られる。そしてその頭文字を消して『METH(死)』にすれば、ゴーレムを止める事ができるのだという。
クレイの体には文字が刻まれていなかったので、てっきり魔術の進歩とかいうやつで文字無しで作れるようになったのかと思っていたが……。
「基本の所は変わらないんだねえ」
「ゴーレムの存在の根本に関わる物ですから」
大きな傷を埋め終え、細かい傷を慣らしてクレイの修復、もとい治療は終わった。ありがとうございました、と頭を下げるクレイにどういたしましてと返し、粘土を片付けるために立ち上がる。
「クレイ、お湯沸かしてくれる?コーヒー飲みたい」
「了解しまし、うわぁ!」
すっくと立ちあがり歩き出そうとしたクレイは粘土の容器に躓き、大きくつんのめって転んでしまった。床と粘土のぶつかる鈍い音が響く。
「ちょっ、大丈夫?」
僕は慌てて駆け寄り、助け起こそうとクレイの手を引く。
その瞬間、ゴロリと重い音がした。
目の前を何か丸い物が音を立てて転がり、椅子の足にぶつかって止まる。
空虚な目と僕の目が合う。
それは、クレイの頭だった。
「う、うわあああああああ?!」
「いやあなんか……落ち着いて見るとシュールだな、これ」
僕の手の中には動かなくなったクレイの頭。その下では、彼の体が頭を取り返さんとじたばた手を動かしている。さすがに話せないままでは困るので、とりあえず頭を乗せて粘土で繋いでやった。
「すぐ返してくださいよ……」
「ごめん、面白くて。それにしても、やっぱり紙がある方が本体になるんだね」
クレイにとっては『EMETH』と書かれた紙が、脳と心臓の両方の役割を果たすのだろう。
「頭と手足全部取ったら胴体だけでも動くのかな?」
「やめてください、怖い事言うの!」
「ははは、冗談だって」
頭の位置を微調整しているクレイを横目に、躓かない場所に粘土を片付ける。そして、ふと浮かんだ疑問を口に出した。
「にしてもさ、転んだだけで頭取れるっていくらなんでも脆すぎない?」
「それはボクも思いました。前は無かったことです」
「……ちょっと失礼」
クレイの前にしゃがみ込み、体をあちこちぺたぺたと触る。彼はくすぐったそうにしていたが、おかげで確信を持つ。
「乾いてるな」
「乾いてる?」
「最初に会った時より乾燥してる。それで強度が落ちてるんだ」
粘土は乾燥させると硬化する物が多いが、僕の感覚ではクレイの体は油粘土に近いように思えた。しかし油粘土は本来乾燥に強く、柔軟性が長持ちするのが特徴のはずだが…クレイの体からは明らかに水分が失われている。もしかすると、本当に土に近い物でできているのかもしれない。
「最近乾燥してるからでしょうか。初めて会った時以来雨も降ってないですし」
「うーん、ちょっと試してみようか」
「何をですか?」
「水につけて良くなるかどうかやってみよう」
言うが早いか、僕は大きめのボウルに水をはって差し出した。クレイはそれを前にして、困ったような顔をする。
「溶けたりしませんかね?」
「溶けるにしてもそんなすぐには溶けないよ。ほらほら」
「じ、自分でできますから!無理矢理やったらこぼれますって!」
渋々といった様子でクレイは右手を水の中に沈める。幸いにも溶ける様子はなく、かといって水を弾いている様子でもない。……油粘土ではないのか。
クレイはそのまま、しばらく水の中で手持ち無沙汰な様子で右手を動かしていた。
「どう?」
「なんだか、動きがなめらかになった気がします」
彼が水から手を上げると、浸かっていた部分だけ格段に色艶が良くなっていた。クレイが両手を動かして見せてくれるが、確かに右手の方が左手よりもなめらかに動いているように見える。
「よし、決まりだな。クレイ」
「何がですか」
「風呂に入ろう」
「いや、いやいやいや、やっぱり大丈夫です、僕一人で入れますって!」
「何言ってんの、また転んでどっか取れたらどうすんだよ」
「でも、でもですよ、やっぱり出会って数週間でいきなり一緒にお風呂にっていうのはどうなんですかね」
「なんか急に童貞っぽくなったな」
嫌がるクレイを持ち上げて風呂場に引きずり込み、扉を閉める。中に入ればさすがに諦めたのか、彼は大人しく椅子に座った。
シャワーの栓をひねると、暖かい湯が流れ出て来る。湯を浴びたクレイの体が、だんだんと艶を取り戻していく。
「石鹸とかで洗っても大丈夫かな?でも擦るのは良くないか?」
「あ、自分でやるから大丈夫です」
クレイは石鹸を取り、両手で擦る。しかし、彼がどれだけ擦っても泡はほとんど立たない。
「……なんででしょう」
「粘土だからじゃない?手に凹凸が無いから泡が立たないんだろ」
僕は自分の頭を洗いながらスポンジを投げ渡した。クレイがそれを使って体を洗い始めた横で僕は頭を洗い流し、体も軽く洗って湯船に浸かった。やがてクレイも自分の体を洗い流し、外に出ようとする。僕は後ろから彼の首根っこを掴み、
「まあ待ちたまえ待ちたまえ」
「千秋さん酔ってます?」
大人一人が入るのがやっとという大きさのバスタブだが、小さな体のクレイは僕の足の上に収まった。ちょうど顔だけが水面から出ている。
「……入れといてなんだけど、クレイって温度は感じるの?」
「はい。気持ちがいいです」
最初は僕に体重をかけまいとしたのか緊張していたが、段々と彼の体から力が抜けていくのを感じる。こうしていると親子か何かみたいだな、と血行の良くなった頭で考えた。
「ボク、お風呂って初めて入りました」
「それは良かった」
その日以来、クレイは週一くらいで一緒に風呂に入るようになった。そしてどちらかが言い出した訳ではないが、一緒に風呂に入った後は僕が髪を乾かしている間にクレイがコーヒーを淹れてくれる。温まった体で、適当につけたテレビを見ながら二人でコーヒーを飲むのが、僕のささやかな楽しみの一つとなった。
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