Mission1.end

『ありえねぇ……! こちらもシャイターンに乗ってるんだぞ!?』


 悲痛な叫びを上げながら、我武者羅にハンドガンを乱射する。弾数など考える余裕はない。いや、そもそも弾に限りがあるという当たり前のことすら忘れている。

 ただ彼は必死に、迫り来る死から逃れるために足掻いているだけだ。


「フェイトの言葉を聞いていなかったのか? つまりはそういうことだ」


 それを嘲笑うように、通信が届く。

 グレイトフルデッドにはかすり傷一つ負わせることができない。それは実力差だのという次元ですらない。

 計器が示すグレイトフルデッドとの速度差には、三倍以上の開きがある。反応速度や出力、その速度を継続するエネルギー。全てにおいて、実力で埋めようもないマシンスペックの差を、データが冷酷に突きつけている。

 それだけならまだしも、グレイトフルデッドの動きに慢心はない。圧倒的に、一方的に追い詰めることも可能な差があるにも関わらず、不用意に近寄ってはこない。銃撃を振り切りつつ、いつの間にか持ち替えていたライフルの弾丸を着実に当ててくる、まるで嬲り殺しだ。

 じわじわと、けれど確実にエネルギーを削り、機体にダメージを加え、最後は。


『ふ、ざけるなぁぁぁぁぁ!』


 イメージしてしまった最悪の可能性。このままでは辿ってしまう運命を振り払うように雄々しく叫ぶ。

 彼には負けられない理由がある。彼の背にいるのは仲間たち、ドームシティから弾かれた、奪われるだけ、ただ日々を生きることしかできないスラムの住民たちだ。

 その生活がどれだけ悲惨か、身を持って知っている。食事も満足に取れない。獣の姿も滅多に無く、育った植物や果物、果ては水さえも汚染されて飲めるようなものではない。しかし、それらを食らう以外に生きる術がない。

 彼らは生きるための盗みさえ出来ない。ドームシティに忍び込もうとしても高い壁とセキュリティに阻まれ、どうしようもなく殺される。それでも毎晩のようにシティへ向かい、そして当然のように死んでいっている。

 家畜並み、ですらない。シティ内で育成されている家畜たちは、屠殺される時までの生は約束されている。食事にだって困りはしない。彼らにはそれさえ与えられないのだから。


 だから、彼は仲間たちと立ち上がった。そして彼は幸いなことに、協力者を手に入れることができた。

 素性の知れない男との取引で、ドームシティを襲撃した。何十人もの仲間が死んだ。その代わり、その騒ぎの内に男が食料とシャイターンを盗ってきた。

 一体その男の目的が何だったのかは分からない。胡散臭い髭の男に利用されたのは間違いないだろうが、どうだって良かった。

 仲間が死んだのは悲しいが、どうせこのままでは死ぬしかなかった。誰もがそう考えて、彼もまた死ぬつもりで手を出した。生き残ったのは運が良かっただけだ。

 シャイターンと食料をおいて立ち去っていった男を見送って、彼はぼんやりと考えた。安全な食料が手に入ったが、自分の仲間たちと分けてやっと一ヵ月を越せるか越せないか。結局はまた飢えが来る。

 だったらどうすればいいかなど、考えるまでもなかった。目の前にある悪魔、これを使えばいいだけだと。輸送ヘリやジェットを叩き潰し、物資を集めればいい。それを売っていけば金も食料も手に入る。そうすればスラムの仲間たちが飢えることはない。


『まだ、まだ奪うつもりか、テメェらはぁぁぁぁぁ!』


 だから、死ぬわけにはいかない。いや、死ぬことは構わない。だが、奪われるわけにはいかない。

 シャイターンを残せれば、他の仲間が同じようにやってくれる。もしかしたら仲間にウォーロックとやらがいて、自分以上にうまくやってくれるかもしれない。だからこそ、命を奪われたとしても、シャイターンを奪い返される訳にはいかない。

 彼の背には幼い子供たちも老人たち、青年や少女、多くのスラムの命運が乗っている。

 この悪魔が唯一の希望。彼らに未来というものを、希望というものを魅せる為の手段だ。何をしても、奪わせる訳にはいかない。


「そうだ」


 しかし目の前の悪魔は、彼の決意も何もかもを無に帰す死神だった。

 タイミングを見計らっていたのだろう。グレイトフルデッドもまた少し遅れて、距離を詰めに入っていた。

 なぜ今になって距離を詰めたのか。その答えは、空砲を放つハンドガンが物語っている。グレイトフルデッドが直進してきたまさにそのタイミングで、弾切れを起こしていた。左手のバトルライフルにはまだ弾数があるが、リロードを完了し次弾を発射するまで秒もの時間を要する。

 背筋にゾッと冷たいものが走る。まさか、弾数を計算していたのかと。


「奪ったなら、奪われもするさ」


 その声を彼が聞くことはない。

 次弾を発射するより先に、黒い刃がコックピットを貫いた。

 痛みを感じる暇も、仲間たちに思いを馳せる暇もない。レーザーブレード、"TRV-ミッドナイト"の刀身に押し潰され焼き切られ、絶叫さえ上げることもできず、彼は幕を閉じた。


「Mission complete。すまんな、教育してやる前に終わってしまった」


『少し弾薬を消費してしまいましたが、上々の結果と言えますです』


 フェイトは上機嫌だ。それでも満点と言わないのは、グレイトフルデッドの実力を信頼しているから、というよりもただ辛辣なだけだろう。彼女はいつだって誰にだってこうだから。


「ブレードだけで、まぐれ当たりが出たら損だろう?」


『当たらずに戦えばいいじゃないですか、です。この程度の相手、アナタなら充分にできたはずです。……楽しましたです?』


 フェイトの声が冷たさを帯びる。彼女の顔が見られたのなら、ジト目で訝しげにしている様子を目にすることができることだろう。

 彼女の言う通り、できるかできないかで言えばできる。ただそれをするには、少し以上に実力を出す必要があり。その実力を出すには、少なくない体への負担がかかってくる。


「勘弁してくれ」


 シャイターンに普通に乗るだけならいい。イーサドライブシステムを起動させた程度でも、まだ耐えられる。

 しかし、それ以上をやるとなると負荷は絶大。

 寿命が縮む分は許容範囲だが、数日から数週間はまともに行動できなくなることだってある。


『軽い冗談です。アナタ自身のメンテナンスは無用な出費ですからです』


「本当に勘弁してくれよ」


 フェイトの笑えないジョークに、思わず溜息を吐く。

 よくよく考えて見れば、彼女がその程度に思い当たらない筈がない。後半部の言葉に集約されている。要は休まず働いた方が得という訳だ。

 

『こちらの被害はほぼゼロ。対象の機体も損害は最小限。依頼元にこれを渡せば、良い評価も期待できるでしょうです』


「いつもこうならいいんだがな」


『世の中、そううまくはいかないものです。余計なことを考えるより、粛々と依頼をこなしましょうです』


 相手の心情や背景。何の足しにもならないものに、二人が気を回すことはない。どうして奪ったか、どうやって奪ったのか。一体どういう手が回っているのか。

 そんなものは、彼らに何の関係もない。過程も結果も何もない。彼らの前にあるのは、依頼の成功か失敗かだけ。それ以外は他の誰かが気にしていればいいだけだ。

 

『いずれにせよ、これにて今回のミッションは終了です。お疲れ様です』


 戻ってきた輸送ヘリにシャイターンを積み込む。

 遠くのスラムで泣き叫ぶ人々などには目も暮れず、依頼主の元へと帰投していった。

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