Wærloga
降下した先は、旧時代の文明が残る廃墟街。かつて無数に聳え立っていたビルは倒壊し、風化して残骸に成り果てている。
そこで一機のシャイターンが待ち構えていた。カラーリングは薄白。
彼我の距離は一キロメートル弱。武装は右にハンドガン、左手にバトルライフル。両肩にはミサイルランチャーが備えられている。
『これは余裕です。念のため、呼びかけだけは忘れずにです』
頷き、回線を開く。
シャイターン同士の通信は敵味方関係なく行える。というよりも、受信を拒むことが出来ないというのが正しい。
声を届けないよう回線を切っておくことはできるが、例え回線を切っていても声は届けられる。
だからという訳でもないだろうが、シャイターン同士の戦闘では通例的に会話が先に行われる。
「そちらの機体。ヴァルキュリーズのもので間違いないか?」
『企業の犬が……、ぶっ潰してやる』
マシンボイスでの返答を受け、眉を顰める。
そんな彼の反応とは正反対に、フェイトは実に嬉しそうだ。専用回路から聞こえてくる彼女の声は、低音質のボケたスピーカーでも分かるほどに上機嫌だった。
『うふふふふ……これは素晴らしいです。これはお礼を言わなければなりませんです』
今にも鼻歌を歌い出しそうな相棒に呆れながらも、彼女の望み通りに通信を繋ぐ。
フェイトと敵機体の通信を繋ぎ、彼はゆっくりとブースターの速度を下げた。円を描くように低速で移動しながら、相手の反応を伺う。
『ハローハロー。身の程知らずのワイルドダック、美味しい食事をありがとうです』
フェイトの声を無視して、敵はまっすぐに突撃してくる。牽制にバトルライフルの成型炸裂弾を撃ち込むことも忘れない。
『貴方には感謝してもし尽くせないです。ヴァルキュリーズからシャイターンを奪ってくれたこともそうですが、何よりもその自惚れが素晴らしいです』
ブーストをかけて弾丸を回避する。バトルライフルの射程は長く、中、遠距離でも威力は減衰せず、当たればそれなりの被害を受ける。
けれどその弾速は概ね低速だ。近距離では厄介だが、今の距離では無駄弾でしかない。
一定の距離を保ちつつ、ビルの残骸を遮蔽物として利用しておけば、何ら脅威ではない。
『お礼と言っては何ですが、私から貴方に少しレクチャーをして差し上げるです』
ライフルでの射撃に効果がないと判断したのか、ランチャーからミサイルが撃ちだされる。レーダーの範囲内であるし、遮蔽物があると言っても完全に身を隠せるほどではない。確実にロックオンされている筈だ。
『彼のようなウォーロックが一番嫌う依頼は、対ウォーロックとの戦いです』
『ハッ、そうだろうな! テメェらだって、コイツがなきゃ何もできない! だったら俺達だって、コイツさえありゃ何でも出来るんだ!』
『ええ、成る程その通りです。ウォーロックはシャイターンがなければただの穀潰し、詐欺師以下の役立たず。所で、私達が尤も好む依頼は何だと思いますです?』
飛来するミサイルを引き付け、引き付け、その全容を目視できるまで引き寄せてから、ブースターを意図的に暴走させる。
瞬間的に限界出力近くまで引き上げ、瞬間的な爆発を推力を発生させる。体にかかるGはそれだけ強くなるが、一時的な過負荷に耐えられないようであればウォーロックなどやっていられない。
ブーストをかけたグレイトフルナイトは瞬く間にミサイルを突き放し、数秒かからず爆風の範囲外まで逃れ出る。ミサイルは無人の地面に着弾し、瓦礫と砂塵を撒き散らした。
『答えを教えてあげましょうです。それは尤も楽で、尤も割のいい、シャイターンを相手にする依頼です。そう、今回のような依頼を、私達は何より望んでいますです』
『……ああ!?』
『成る程、シャイターンを使えないウォーロックに価値はないです。けれど、ウォーロックを従えていないシャイターンなど、旧時代の兵器にも劣る、ただのデカイ的でしかないのです』
砂塵に紛れて隠れ、敵の射線から僅かに逸れる。
『もし貴方が端金で傭兵を雇ってでもいれば、僅かばかり面倒な依頼となったかもしれないです。けれど、動かせたから自分もウォーロックなのだと勘違いしてくれて、とても感謝しているのです』
『ごちゃごちゃと、何が言いてぇんだよ!』
『簡潔に申し上げますです。貴方が雑魚だって話です』
フェイトが相手をルーキー以下の、本当に何も知らないまま、偶然にも奪うことに成功しただけだと判断したのには訳がある。
一つは、通信をマシンボイスで行ったことだ。
傭兵であれば、普通は肉声を用いる。絶対という訳ではないが、よほどの理由がない場合はまず使わない。
傭兵は名が売れてナンボだ。それは企業所属であっても無所属であっても変わらない。名で相手を怯ませることも退かせることもできる。戦況を有利に運ぶことも出来る。企業に高い価値を付けさせることが出来る。高く雇われることができる。
シャイターンに機体名を付けるのも、独自のペイントをするのも、自身の値段を上げるため。それなのにマシンボイスを使ってしまっては、素性を隠してしまう。隠すべき理由があるのなら兎も角、ただの傭兵にそんな事情はまずない。
企業所属であればスポンサーの意向も影響する。場合によっては機体も変えて出ることもあるが、それだけの理由がある場合は大抵、無所属の傭兵に任される。そして無所属の傭兵ならば、依頼主を口にさえ出さなければ問題はない。例え誰が見ても明らかな背後があったとしても、企業は繋がりなどないと言い張るだけ。
依頼を受けた傭兵は、敵味方に己を示すことで力を売る。それなのに声や姿を隠すなどというような勿体無い真似をする筈がない。
とは言え、それだけでは理由として弱い。フェイトが確信した理由はもう一つ。敵の乗るシャイターンが、薄白であったことだ。
「イーサドライブシステム起動」
『Ether Drive System――OK.Grateful Dead Awake』
イーサドライブシステム。
シャイターンをシャイターンたらしめる、エーテル機関。
戦時に発見され、活性化した新元素。マナともエーテルとも呼ばれ、龍脈ともレイラインとも呼ばれるものから生み出されるエネルギー。
現在でも多くが謎に包まれているこれこそが、シャイターンのエネルギー源。
「『支配からの脱却を』」
『Password――EXODUS.certification』
戦時以降に生まれた者の中に稀に現れる。体内に幻想機関、オド領域と命名された、マナを変換し、独自のエネルギーに変えることのできるもの。それを指してウォーロックという。
現在、オド領域を持っていたとしても、ただ一つ以外は普通の人間と何ら変わらない。見た目も性能も特記すべき変化はなく、恐らくは自身がそうだと気づかずに生涯を終えたものも数多くいることだろう。
「さて。フェイトの授業も終わった所で、次は俺の講義と行こうか」
たった一つだけ違うのは、シャイターンを操れるということ。
ウォーロックでなくとも、シャイターンは動かせる。しかし、ウォーロックでなければシャイターンを支配することはできない。
シャイターンは、ウォーロックがオドを注ぎこむことで完成するのだ。
本来、全てのシャイターンは薄白のカラーをしている。そこにウォーロックが乗り込み、オドを加える事で、カラーリングが変化する。
その色合いは様々で、単色もあれば複色もあり、模様であったりもする。各人様々であり、同一のものは存在しないとされている。その色は各人のオドの性質に影響されるといわれているが、正確な所は分からない。
いずれにせよ。敵の乗るシャイターンが薄白のままだということは。その性能を10%も引き出せないと喧伝しているに等しい。
「悪魔の何たるか、魔術師のなんたるかを教育してやる。―― そして死ね」
ブースターから黒いエネルギーを瘴気の如く吐き出して。
グレイトフルデッドが、死を撒くために突撃する。
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