Mission1

Grateful Dead

 シャイターンのカメラ越しに見えるのは、髑髏の山が広がる荒野。

 かつては緑溢れる大地だったと聞いてはいるが、今となっては不毛の地。戦い敗れた者達の血を吸って、汚染物質を飲み込んで、夢も希望も命とともに砕かれ粉へと変わっている。

 それはここだけの話ではない。ドームシティを一歩出れば、どこもかしこも似たようなものだ。

 真昼は砂漠よりも暑く、穏やかな陽光など夢物語。体を焼く光が体の内外を蝕み、容赦なく人を殺しにかかる。夜にはなれば静寂へと沈み、心も身体も冷え切らせ、生への希望を断ち切っていく。

 だが、そんな場所でも人は生きている。

 シティに入ることを望めない最底辺の者達は、この地獄でしか生きられない。どれだけ苛烈な環境であっても、生を諦めない限り、彼らの居場所はここしかない。


『目標ポイントまであと僅かです。準備は宜しいです?』


 ノイズ混じりの声が、イヤホン越しに届けられた。

 沈みかけていた思考を叩き起こし、長い付き合いの彼女へ声を返す。


「宜しくないと答えたら、リミットでも与えてくれるのか? フェイト」


『今更そんな事をほざくなら、今すぐに落として差し上げますです』


 可愛い声で毒を吐くのは、彼女、オーヴァーフェイトの常のこと。

 狭いシャイターンの操縦室で、予想通りの反応に苦笑する。もし実際に彼がそう言ったなら、彼女は間違いなく有言実行するであろうこともよく分かる。


「それは困るな」


『だったらアナタはいつものように、問題ないとだけ言っておけばいいのです」


「そうさせてもらうとしよう。ああ、問題ないとも」


『それは重畳なのです。では、今回の依頼について確認するのです』


 いつも通りのやり取りを経て、本題に入る。

 フェイトが企業や組織から依頼を受け、彼を現場まで運ぶ。彼はシャイターンに乗って、それをただこなす。

 それ以上も以下もない。彼らにとっての日常だ。代わり映えのしない、血と欲に塗れた日々の繰り返し。


『依頼主はディアボラデュポン。久々の大口です』


「ほう、ソイツは期待できそうだ」


 ディアボラデュポン。世界大戦集結の立役者と呼べる12企業、ゾディアックソサエティの一宮、キャンサーの称号を持つ大企業。

 特に軍事関係に力を入れており、シャイターンの開発は勿論のこと、その武装に関しても一級品。彼の愛用装備の一つ、ハンドマシンガン、『ウィザード・ディアボラカスタム』もディアボラデュポン製だ。

 そこからの依頼となれば、報酬だけではない。結果を出して信頼を得られれば、そこからの武装調達が随分と楽になる。

 

『まさにその通りです。千載一遇の好機、二度目はないですが、アナタなら問題ありません』


「期待には答えよう」


 彼とフェイトは、無所属の傭兵だ。だから彼女の言う通り、二度目はまずありえない。

 企業は全て、自前の兵力を持っている。その中には当然シャイターン乗り、ウォーロックも含まれる。というよりも、ウォーロックはほぼ全員がどこかの企業と専属契約を結んでいると言っても過言ではない。

 シャイターンが無ければ、ウォーロックはただの人間に過ぎない。しかしウォーロックがいなければ、シャイターンもまたガラクタでしかない。だから企業は、ウォーロックを飼っている。

 それなりの待遇を与え、それなりの贅沢をさせる。ウォーロックになる人間の大半は、スラムから抜け出すために命を賭けて出た連中が殆どだ。そも最初からドームシティで生活できるような恵まれた市民なら、命を賭けて戦おうとまで思わないだろう。

 だからこそウォーロックは飼い殺しの生活に文句を言うことはなく、その生活を守るために命を捨てることも厭わない。使い捨てられるその時までは何不自由なく生活出来ているのだから、そもそも、仮に逃げたとしても意味は無い。ウォーロックという戦力が、万が一にも他企業に向かう可能性を嫌い、すみやかに処理されるだけの運命だ。だから、逃げるようなことは滅多にない。

 翻って、彼らのような無所属の傭兵とは何か。ウォーロックを雇えない、或いはシャイターンを所有できない小さな企業からの依頼が大半で、僅かな収支で糊口を凌いでいる。シャイターンの整備も武装も個人での取引となる以上、まともに生活することも儘ならない。何より、まず企業を介さずにシャイターンを手に入れる事自体が不可能に近い。

 ただ、この二人の存在が示しているように、僅かながらには存在している。

 彼らに共通することは、強者であること。そして、後ろ暗い経歴を持つことだ。


『今回のミッションは尻拭いです。ディアボラデュポン参加のヴァルキュリーズ。ここが旧型のシャイターンを盗まれたとか言う笑えないバカをかましたらしいです。依頼主は面倒事になる前に、速やかな処理を行うことを望んでいますです』


「つまりは新兵相手か。楽な仕事になりそうだ」


『全くです。双方の迂闊さで、こんな楽でおいしい仕事にありつけたのです。感謝のキスを降らせてあげましょうです』


 彼らの稼ぎどころは、企業が表に出せないような仕事でこそ。

 傘下が機体を奪われた等という風聞が広がるのは、ディアボラデュポンにとってのマイナスイメージだ。企業がそれを良しとする筈がない。

 だから、それが広がる前に証拠を全て消す。自社戦力にも頼れない。自分たちの手から直接出せば、その段階で失敗を認めていることになるのだ。加えて、自分たちの雇うウォーロックから不信感を抱かれるのもよくない。

 そういう時こそ、彼らのような無所属の傭兵の出番となる。


『目標ポイント到達まであと五秒。レーダーの効果範囲内に入り次第落としますです。グッドラック、です』


「任せろ。まずいコーヒーでも飲んで待っているといい」


 輸送ヘリからシャイターン、機体名『グレイトフルデッド』が切り離される。

 機体カラーは黒一色。両肩には笑い髑髏が、背中には大鎌を持ち襤褸を纏った死神がペイントされている。バランスの良い二脚型、尤もポピュラーな人型のシャイターンをベースとしたカスタム型。

 武装は左手にハンドマシンガン『ウィザード・ディアボラカスタム』。右手にはレーザーブレード、『TRV-ミッドナイト』。サブ武装として両腰の格納部にはロートシルトエンタープライズ製のライフル『スティング-FGA1』とヒートパイル『CUT-C-CAT1』。

両肩にはW.O.F.製のフレアと光学チャフ『ノルン-nb3』と『モイラ-nb2』。

 企業所属では基本、所属企業が開発した武装、或いは関連企業のものしか使えない。シャイターンの戦闘は、自社の技術力のアピールの場所だ。特に軍需産業を主とする企業であれば尚更。その為に自然と主力となる武装は限られ、対策が練られやすい。

 無所属の傭兵は別だ。金さえ積めば、優れた武装がいくらでも手に入る。強さをアピールできれば、裏の宣伝塔として企業から安く武装を提供されることだってある。

 無所属の傭兵の数少ない強みの一つが、この武装の自由度だろう。尤も、それを揃えるためにどれだけの死地を乗り越えなければならないかは言うまでもない。


「グレイトフルデッド、行くぞ」


『サポートはお任せです』


 光学チャフの粒子を纏い、ブースターを射出。

 フェイトから送られてきた目標ポイントに向け、一気に距離を詰めていった。

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