シャイターン

トキヤ

Prolog

History

 倒壊したビル群。ドロドロに濁った川。ひび割れて露出した地面を晒すコンクリートの残骸に、崩れ落ちた高架。

 そんな廃墟も見慣れたものだ。一部の選ばれた人間とやらが暮らすドームシティの外は、どこもかしこも似たようなものだ。かつての文明の成れの果て、汚染され破壊された大地に穏やかな自然などは残っていない。


 第三次世界大戦による核の嵐により世界の大半は人が住むに適さない不毛の地となり、それまでの営みの証は残骸と化した。

 最初の核の応酬の後、ロシア連邦共和国が開発に成功したNuclearJammerSystem、いわゆる核兵器妨害装置により、これによって世界がこれ以上核の脅威にさらされる事態を未然に回避することに成功した。

 これは地球という星にとって有益なものであり、賞賛に値する功績であったことは間違いない。しかし同時に人々が営む世界に在っては、止まることのない戦争という存在の愚かさをまざまざと見せ付ける結果となった。

 核を封じられたことにより第三次世界大戦は、次なるステージ、第一次非核大戦へと移行した。

 アルティメットウェポンとまで称された核兵器を封じられた各国は、泥沼の闘争期を迎え、ある国は消滅し、ある国は解体された。

 核兵器妨害装置は、兵器のみならず、生活の基盤を担っていた原子力発電施設の稼動をも不可能としたことで、戦時に在って世界の人口は緩やかに、だが確実に減少させる結果となった。

 そうして核汚染こそ拡散を防いだが、結果として決め手を欠いた各国による闘争のための闘争が続いていた。 


 それでも戦争が止まることを知らなかったのは、結局のところ、戦争という背景で目覚しい発展を続けた軍需産業、ひいては、それを下地とした後の世に活きる科学技術の進展を各国の上層部が目の当たりにし、一部の利権に凝り固まった面々が、この戦争を盤面上のチェスかなにかと勘違いし始めた愚鈍さに他ならない。


 そうして第一次非核大戦の開戦から六年が経過した頃には、世界は完全に疲弊していた。

 高い技術力が培われ、後の世を愁う心配などない程に進歩した。

 事実、第三次世界大戦から第一次非核大戦という戦時に在って、世界は凄まじい発展を見せた。

 その中でももっとも大きなものは、新元素の発見だろう。

 かつて神話で龍脈、レイライン、マナなどと呼ばれていたものが、物語のものではなく実在するものだと突き止められた。

 そしてそれが、不毛な戦争というものを続けていた国家という枠組みに幕を下ろす引き金となる。


 第四次世界大戦は、石と棍棒で行われるだろうと、20世紀最大の頭脳が語ったとされている。

 しかし結果、第四次にあたる非核大戦の終幕は英雄譚に等しい戦争だった。

 『シャイターン』。反逆者と名付けられた、マナを利用して稼働する搭乗型兵器の出現により、ラムズフェルド理論が完全に証明されたのだ。

 現存するあらゆる兵器よりも優れた性能を持ったシャイターン。たった一機で戦場を覆したソレは、世界から驚愕と畏怖を持って迎えられた。しかもソレを組み上げ乗りこなしたオーギュスト・ソワール・デュパンという男は、その知識を隠すことをしなかった。

当時、自国家解体や国内情勢の悪化を鑑みて、国という枠組みに早々の見切りを付け始めてた〝企業〟という存在に、技術と知識を惜しみなく振る舞った。

 結果、シャイターンという兵器を企業が所有することとなり、世界の軍事バランスは一気に傾いた。

 もはや技術でも武力でも劣り、既に民衆から見放されていた国家に復活の目はなかった。 

 国とは人の集合体のことだ。企業と国、どちらに帰属するかを選択できるのなら、この時代の人間たちは、迷わず企業の背に乗った。

 更に各国に存在した巨大企業は、未だ世界に残っていた中小企業を統合し、技術と資本、そしてシャイターンという武力によって瞬く間に国家を解体。企業体は国家体制を旧暦の体制とし、国という存在自体の排斥を決定した。

 そして企業は次々にドームシティを建設し、人々に安寧の場を作り上げ、戦争に疲弊した人々は涙して喜んだ。


 だが、戦争が終わって20年経った今も、闘争が終わった訳ではない。

 企業とは利益を追求する組織だ。そして彼らも、戦争が利益を生むことを知っている。互いが互いを出し抜くため、場合によっては取り潰すため、小競り合いと呼ぶには大きすぎる戦いは今も繰り広げられている。

 皮肉にも、国家を打倒するための立役者となったシャイターンが、それに拍車を掛けている。

 戦争と言っても人を必要としなくなった。ただ一人、シャイターンを主軸に据えれば、何万人の兵士よりも何千の戦車よりも何百の軍艦・軍用機よりも役に立つ。

 だからこそ各企業は、シャイターンによる代理戦争を用いるようになった。そうすれば人の死ぬ数も少ないから、と。

 戦時とは違い、今はシャイターンを操るのは企業に雇われた傭兵が殆どだ。そうやって命を賭けるしかない亡霊や、そうしなければ成り上がれない連中くらいしか、好き好んで死の危険に身を晒すようなことはあるまい。

 しかし、彼らはまだマシな方だ。命を賭けられている内は、ドームシティの中で何不自由ない生活ができるのだから。

 そもドームシティに暮らせる者自体が一握り。金かコネのあるものだけ。世界のおよそ半数よりも多く、8割は汚染された大地でスラムを作って暮らしている。成り上がるだけの能力がない者は、慈善事業ではない企業には救われない。

 世界は完全実力主義の体を為し、ドームシティの中と外では天国と地獄のような差が生まれていた。それこそドーム外の住民にとっては、今も戦時も何ら変わることはない。企業同士の抗争に使われるシャイターンでの戦争、それに巻き込まれることなど日常茶飯事なのだから。

 それをドームの中で安寧に暮らす者達は知らない。知ろうとはせず、知っても気づかないフリをする。そうすれば安寧を享受できるのだから。スラムの人間が死のうとも、シャイターンの操縦者が死のうとも関係ない。ただ黙って企業に尽くし従えば、平和と繁栄が齎されるのだから。


 さぁ、そんな現状に満足しないのであれば、新たな闘争を始めよう。

 我々はシャイターンと契約した、使い捨てのウォーロック。反逆の悪魔にその身を委ね、世界を裏切るウォーロックなのだから。

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