喧騒のニヴィアミレージ -10-
クロノとミスティーが地下一階に引き上げられ、兄妹を助けた後、残党はシェルとヘイズが徹底的に叩きのめした。すでに戦意を喪失していた敵は、ほとんどまともに抵抗することもできず、次々とお縄になっていった。
その間に、エミルはミスティーの替えの服と救急箱を〈アイちゃん〉から取り出した。治療が必要な者に応急処置を施していく。
「そう言えば、エミル先輩たちはどうして?」
ミスティーはエミルに火傷や刺し傷の手当てをしてもらいながら尋ねる。クロノのように念話でコミュニケーションできるわけではないので、不思議に思っていた。
「偶然ですかね? 用が済んでなんとなく散歩してたら、この近くでシェルとヘイズさんと会って。それでシェルが、こっちにミスティーがいる気がするって」
ミスティーとクロノは黙って聞いている。エミルは傷口だけを見ながら手際よく処置を施していく。
「シェルがどんどん進んでいくから、それについていったらこの建物の前に来て。そしたら、今度はクロノさんもいる気がしたんですよね」
「シェルが?」
「いえ、それは私が」
エミルは自分でもよく分からないようだ。そんな顔をしている。
「まあ、私は昔から結構勘が冴えるタイプというか。そのおかげで数々のスクープに出会ってきたわけですよ。シェルもそんなタイプなんですかね」
面倒ごとにわざわざ突っ込むタイプってことか、とクロノは思った。
実際に建物に侵入してみたら、すぐ敵に遭遇し、とりあえず倒したとのこと。この時点で何かが起きていることを悟り、敵を締め上げると、ミスティーとクロノがピンチであることが判明。ヘイズが血相を変えて突っ込もうとするのを少し抑えて、シェルをドラゴンにした上で特攻してきたらしい。
「クロノさんは、最初からミスティーと一緒に行動してたんですか?」
エミルは、ミスティーの処置を終えるとクロノの傷の手当ても始める。無駄に傷が多い。
「いや、俺もあとから来たんだよ」
「よく辿りつけましたね」
クロノは反応に困る。ミスティーの念話の力は内緒にしておく約束。
しかし、エミルはあまり気にしていないようだ。いつもの調子で言う。
「私と同じで、クロノさんもスクープに引き寄せられるタイプなのかもしれませんね! さすが〈セントケージ・スカーレット〉所持者!」
お前らと一緒にするなと言いたくなったが、クロノは言葉を飲み込む。
「ただ、エミルたちが来なかったら本当にヤバかったよ」
「謙遜しないでくださいよ。私たちだけでも厳しい状況だったじゃないですか」
クロノは言っている意味がよく分からない。お世辞だろうか?
エミルが言う。
「よく地下二階が水路に面していて、しかも水面下だと気付きましたね」
「ああ、そのことか。やたら天井高があったし、壁の補強も厳重だったからな。捕まって動けなかった分、よく観察できたよ」
エミルはクロノの治療を終える。兄妹については先に診たが、治療が必要な負傷はないようだった。妹は無傷で、兄も
ミスティーは兄妹の前に移動すると、そこで膝を折った。その表情を覗き込む。
「二人とも、大丈夫?」
「うん」
二人は同時に頷いた。ミスティーは少しだけ安堵の表情を浮かべる。
「私がいろいろとうまくできなくて、余計に怖い思いをさせちゃった。本当にごめんね」
「そんなことないよ! 姉ちゃんこそ大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「あとね……」
男の子の視線はまっすぐミスティーの目に向けられている。
「姉ちゃん、すっごくカッコ良かった!」
子供らしい晴れやかな笑顔だった。
「姉ちゃん、ありがとう」
「ありがとう!」
兄が言うと、妹も言った。
「うん」
ミスティーは小さく笑い短く答えた。そして、立ち上がった。
すると妹ちゃんが兄に話しかけた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんも、ありがとう」
男の子は少しだけびっくりした表情を浮かべ、頬をかく。
「あ……ああ」
ミスティーは、兄妹のやり取りをそっと見守ってから、少し離れたところでシェルたちの働きぶりを見ていたクロノのもとに行く。
「歩き回って大丈夫なのか?」
「お陰様で」
「そりゃ良かった」
少し間があく。それからミスティーが言った。
「今日は本当にありがとうございました」
「ほとんど役に立たなかったけどな」
「そういうことじゃないんですよ」
クロノは少しだけ優しい表情になる。しかし、すぐに今度は真面目な表情になる。
「ところで、お前には一つ反省してもらわないといけないことがある」
ミスティーはクロノの顔を見上げる。
「助けを呼ぶのが遅い」
「……はい」
ミスティーは素直に聞き入れた。相変わらずの少し眠たげな無表情で。
本当にピンチのときは、もっと人に頼らなくてはいけない。自分だけならまだしも、人を巻き込むことになってしまうときはなおさらだ。
「ただ、本当によくやったよ。あの兄妹を助けられたんだから、それがすべてだ」
*
「お姉ちゃんたち、本当にありがとう!」
ミスティーが身を挺して守った幼い兄妹も、大事には至らず元気に帰っていった。たくさんの痛みをその身と心に味わったはずだが、その表情は晴れやかだった。
そうして、クロノたちは、埃まみれでボロボロの姿のまま宿に帰ってきた。
「わ! アンタたち、どうしたの!?」
出迎えたソフィーはビックリ仰天。
「少しはしゃぎ過ぎました」
ミスティーが一言。他の四人も適当に笑って合わせる。
ソフィーは、ミスティーの顔を見てから他の四人の顔を順に見る。クロノたちは、ソフィーがどういう反応に出るか様子をうかがったが、ソフィーはニコリと笑う。
「そう、それならいいわ。あ、でも、汚れたまんまその辺を歩き回らないで。とりあえず裏の水路に飛び込んで、さっぱりしてきなさいな」
「ハーイ」
五人は食堂の窓を勢いよく開くと、眼下の水路に次々と飛び込んだ。
「あ、本当に飛び込んだ。ま、いいか」
ソフィーは厨房に戻っていく。
「そう言えばあの子………ようやくやめたのね、男装」
ザッパーン!!
勢いがついていたから、身体はかなり深く沈む。
手足を動かして、はやく水面を目指した方がいいのかもしれない。
でも、それはちょっと面倒に思えたので、浮力に任せることとする。
水は少し冷たいが、火照った身体にはちょうど気持ち良い。
「ブハッ!」
「溺死したかと思いました、クロノ先輩」
相変わらずのミスティー。
「するか!」
「ところでクロノさん、ここに新たな議題があります」
エミルも相変わらずの調子だが……議題?
「ていうか、アンタ誰?」
シェルの声。アンタ誰? って、あと一人は……。
「リナ!!??」
そこにはなんと、セントケージにいるはずの幼馴染みの姿が……。
「え……なんでお前ここにいんの!? どういうことだよ!!?」
「は!? アンタの目ん玉こそどういうことよ!!!!?」
とりあえず全力でキレるリナ。
「やっぱりクロノさんの知り合いでしたか」
「ヘイズというのは偽名だったわけですね」
「ごめんなさい……。私はリナ・ディフィーヌ。クロノと同じ高等部二年」
ヘイズ改めリナは、非常に申し訳なさそうに名乗る。
「そう言えば、クロノと同じ教室にいた」
「え、え………だ、だってその長い黒髪………」
なおも事態を飲み込めていないクロノ。
「ずっと帽子被ってフード被っていたじゃないですか。先輩の目はどれだけ節穴なんですか?」
容赦なく罵倒するミスティー。
「学園長、出発のとき、普通にヘイズって呼んでましたね」
「あれは間違いなくグル」
「つーか、ヘイズって何だよ!?」
「あ、学園の劇団で以前そういう役やって……。あ、男役ね」
「お前、どこから突っ込んでいいのか分からねえよ!!」
「いや、むしろ私も聞きたい!! アンタ、本当に気付いてなかったわけ!? どういうこと?」
「いやいやいや、明らかにお前の方がどういうことだよ!!? なんで男装してたの!?」
「だってさ………他が全員女子っていうのもどうとか、出発前に……。だから、貴重な男友達を手配しようと」
「お前、いつから俺の男友達になったんだよ!!」
しばらく水路でギャーギャーやりあったあと宿に戻ると、ソフィーは何食わぬ顔で話しかける。
「改めてお名前聞こうかしら」
「リナ・ディフィーヌです! 改めてお世話になります!」
「はいはい、分かったわー。ヘイズ君よりは賑やかな子みたいね」
「はい!」
「ますます楽しくなりそうで、いいわね」
溢れだしそうなほどに元気な返事を返すリナに、ソフィーは心底嬉しそうだ。
「どれだけ溜めこんでたんだよ……」
元気一杯のリナを見て、クロノは呟く。
「でも、とりあえず悪いのはクロノ先輩ですよ?」
「え? なんで?」
「クロノが悪い」
「シェルまで!」
「確かに、クロノさん、悪い人ですね」
「え? え?」
そして、リナも四人のところに来る。
「全部アンタが悪い!!」
クロノは抗議を諦める。降参、降参だ。
「分かったよ。俺が悪い」
「分かれば宜しい」
「ヘイズ、せっかく仲良くなったのにな……」
クロノは遠い目をして呟く。あれはあれで貴重なキャラだったと思うのだが……。
「でも、これでようやくパーティーが揃ったわけですよ」
「ま、それもそうだな」
そのあと、宿にフィートがやってきた。一昨日の面会以来の顔合わせだ。
「君たち、結構やらかしてくれたそうじゃないか」
五人は、とりあえず言い訳と苦笑いを繰り返す。
対するフィートは、説教をし終えると、改まって言った。
「全員そこに整列しなさい」
五人は、互いに顔を見合わせ、よく分からないまま整列した。
食堂が静まり返ったのを見計らって、セントケージ大使、フィート・モーガンは声を響かせて言った。
「クロノ・ティエム!」
「はい!」
「エミル・オレンセ!」
「はい!」
「リナ・ディフィーヌ!」
「はい!」
「シェル・ポリフィー!」
「はい!」
「ミスティー・シンプス!」
「はい!」
フィートは、気持ちの入った返事をする
「セントケージ学園の長に代わり、セントケージ大使たるフィート・モーガンの名において、先に名を告げた五名に、校外研修の続行を命ずる! さらによく励め!」
「はい!!」
五人の声はしっかりと揃った。力強く響いたその音に、ソフィーも感動しているようだった。
そして、厨房からは夕食の香りが漂ってくる。
今、メンバーは揃った。
(第6章 おわり)
セントケージの魔法使い 須々木正(Random Walk) @rw_suzusho
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