無知なる魔法使いたちに -07-


「魔除け効果があるとかなんとか。あとは、アミュレット・メーターで、その効果の残量を調べられるってことを……」

 クロノが答える。魔除け効果という言い方から、こちらの理解の程度は伝わったと見える。

 返答を聞いたフィートは半分呆れているようだった。もちろん、クロノたちに対してではなく。

「パレアは全部説明を押し付けたというわけか」

「学園長だけではありませんが」

 エミルが言うと、フィートは何かを思い出したように、情報端末を確認した。

「なるほど、ミランにも会っているのか。そして、やはり丸投げ」

 そんな気はしていたが、フィートとミランもまた面識があるようだ。キルムリーで、「詳しいことは、そのうちどこかの誰かから聞いておくれ」と言っていたのは、フィートのことだったようだ。

「アミュレット・メーターと言っていたね。ミランに確認してもらったかい?」

「はい。全員確認して、特に問題ないと言われました。それで、アミュレットを装着していれば、多少は魔法を使って良いと」

「了解。最低限のことはしてくれているね。それで、その後も、魔法に関して何か変わったことはないかな?」

 五人は頷く。フィートはそれを確認すると続ける。

「さて、二人が丸投げしたアミュレットの説明をしておこうかな。それはもちろん、ただの魔除けのお守りなんてことはない。魔法の行使に関して制限をかけ、副作用を抑えるのがその目的だ」

「副作用?」

 ヘイズは驚き混じりに繰り返す。

「そう、副作用だ」

「副次的効果ではなく?」

 クロノは念のために確認する。

「そうだ。言葉だけ見ると、なんとなく似た印象を受けるかもしれないが、まったく次元の違う話だと理解して欲しい」

「副作用なんて、聞いたこともない……」

「だろうね。セントケージ学園では、常時、いま君たちが持っているアミュレットとほぼ同様のシステムが働いているから。つまり、あの学園では魔法の行使は制限され、副作用も抑えられている。そして、特に、一番不安定な思春期にはリスクが格段に高まるから、学園も神経を尖らせているんだ」

「だから、学園の外には出られないのか……」

「その通り。アミュレットの効果の及ばない場所に行かせたくないんだ」

「休暇期間に帰宅するけれど?」

「全員に簡易版のアミュレットが配布されたはずだ」

「そう言えば……」

 アミュレットという名前は聞かされていないが、確かに似た雰囲気のものが必ず支給されていた。もう少しチープな感じだった気もするが。

「でも、しっかり学園で説明すれば良いだけなんじゃ? 抑えられてるんでしょ、よく分からないけど」

 シェルが当然の疑問を口にする。副作用について、セントケージ学園はなぜ説明しないのか。

「でも、事実として、学園は一切説明しない」

 エミルが言う。

「だったら、それ相応の理由があるわけだ。説明することでかえって良くないことになるとか」

 クロノも言う。

「ご明察。ちなみに、副作用について教えないのは、学園の方針というよりは国の方針だ。国は副作用に関する情報が国外に知れ渡るのを恐れている」

「随分な恐れ方ですね。それで、具体的に副作用とはどのようなものなんでしょうか?」

「まずは虚脱感や倦怠感だ。アミュレットがあれば大幅に抑制されるが、それがない状況で魔法を行使すれば、その後に虚脱感や倦怠感に襲われることが多い。もちろん、どの程度の魔法をどういう状況で使うかにもよるし、個人差もある。しかも、具体的には分かっていないところも多い」

「その程度なら、全力疾走とあんまり変わらないような」

 全力で走れば疲れるしだるくなる。同様に魔法を使って疲れてだるくなるのなら、特に騒ぐようなこととも思えない。

「確かに軽い副作用ならそんなもんだね。でも、怖いのはここから先。実は、魔法の使用には、本来強力な中毒性があるんだ」

「中毒性? むやみやたらと魔法を使いたくなるんですか?」

「そういうことだ。そして、それとともに〈魔法使いの思考〉が現れてくる」

 〈魔法使いの思考〉? 始めて聞く言葉だ。

「自分の能力の許容範囲を考えずに無茶をすると、〈魔法使いの思考〉と呼ばれるものが現れてくる。これはとても説明しにくいし、実際ほとんどよく分かっていないんだけれど、数少ない報告例によれば、まず声が聞こえるようになってくるらしい」

「声?」

「誰もいないのに、誰かが自分に囁きかけてくるという。おそらく幻聴の一種だと思われるが、その他にも幻覚症状が見られるという話も聞く。いずれにせよ、それらに伴い精神状態は不安定になってくる。

 そして、さらに進行すると、その囁きが独立した意思を持つようになってくるという。その囁きの主は便宜的に〈魔法使いの人格〉と言われているが、最悪の場合、それに心身の統制権を奪われてしまう。この状態に至ると、周囲の者から見ても別人になったようにしか思えないという」

 フィートは五人の顔を見回す。

「意味が分からないという顔をしているね。まあ、無理もない。たぶん誰もがそう思っている。 私のように魔法に関して一定の知識を持っていても理解に苦しむし、恐ろしい。

 ということは、魔法というものにもともと理解のない人たちが、その副作用を見たらどう思うだろうか? 答えは……分かるよね?」

 ここまで聞くと、魔法使いから距離をとるよう仕向ける言い伝えは、むしろ妥当という気さえしてくる。これこそ先人たちの知恵というやつではないだろうかと。

「今の話は、セントケージの城壁の中で平和に生きていれば一生用のない話だ。一般市民に教えないことも理解できるだろう?」

「……そうですね。教えるべきではない」

「ところで、〈魔法使いの人格〉に乗っ取られると、そのあとはどうなるんですか?」

 エミルが冷静に質問する。

「乗っ取られた人間については諦めるべきだ。乗っ取られた時点で死んでいると思ってもいい。狂いながら魔法を使って暴走すると聞くが、真偽は分からない」

「回復の見込みは?」

「ない。その時点で一番マシな選択は、速やかに殺すこと。ただし、余程の幸運がなければそれすら叶わない。

 魔法というのは、そもそも一種の防衛機能で、危ないときほど強力になる。〈魔法使いの人格〉に乗っ取られた状態は、恐らく死にかけの状態に相当するんだろう。とにかく、その力は尋常ではない。しかも、副次的効果も絶大で、自然治癒は異常な速度になる。致命傷などというものはないと考えられる。

 故に、一般人であれば、厳重に武装していても話にならない。有能な魔法使いが束になってかかれば、ある程度の対応はできるのかもしれないが、それでも相当な無理を強いられる。そして、そのせいでさらに新しいリスクがでてくる。つまり、無理をした周囲の魔法使いも〈魔法使いの人格〉に乗っ取られていくんだ。

 だから、悲劇は連鎖し、最終的に何も残らない。〈魔法使いの人格〉について情報が少ないのは、遭遇した時点で生き残る可能性がほとんどないためだ」

「ひどい……」

 ヘイズは絞り出すように言った。

「遭遇したらどうすれば?」

 エミルは幾分冷静に質問する。

「とにかく逃げるべきだろう。ただ、遭遇してからではほとんど無意味だから、兆候があった時点で距離を稼ぐ必要がある。

 そして何より、君たち自身も魔法使いだ。もしその場で致命傷を負って、その時点でもし〈アミュレット〉の制御が効いていなければ、防衛機能として絶大な魔法が発動する可能性がある。君たち自身が〈魔法使いの人格〉に乗っ取られる可能性だってあるんだ。

 その意味で、アミュレットは最後の砦だ。〈魔法使いの人格〉に乗っ取られるのは、ただ死ぬことより遥かにひどい。厳しい言い方になるが、魔法使いとして生まれた以上、それを避ける責任がある」

 本日何度目かの重たい沈黙。

 フィートは時計を見る。夕方になっていた。

「最後に、セントケージの中だけで生きてきた人間が一番理解していない世界の常識を教えよう」

 フィートは身体を少し前に傾け、視線が鋭くなる。

。これは、なんら特殊なことではない。生きていれば死ぬこともあるというだけだ。そして、死に方のバリエーションも、セントケージより遥かに多い。君たちは、そのことを少し強めに意識して、危機を未然に回避していかなくてはいけない」

 フィートはここで一旦切ると、姿勢を戻す。表情も少しばかり和らぐ。

「セントケージ・スカーレットを発行されたということは、最低限のしぶとさは保証されているということ。ただ、油断はしないように。私は、そういう報告書は書きたくない」

 そういう報告書―――危機を回避できなかった場合の報告書。

 フィートは情報端末を確認する。

「だいたい言うべきことは言ったかな。情報量が多かったし、内容もかなり重いものが多かったから、本当ならもう少しゆったりと日を分けて話してあげたかったんだけどね。よく頑張って聞いてくれた」

 フィートは、すっかり気さくなおじさんの雰囲気に戻っていた。

「ソフィーさんに、夕食時までには宿に帰すと言っていたから、そろそろお開きだな」

 解散宣言。背中に重くのしかかっていたものがどけられ、身体が軽くなったように感じる。

「そう言えば、校外研修の課題……アルゲンスフェラの件は?」

 クロノが触れなかった話題に触れる。

「ああ、そうだそうだ。そのことなんだけれど、こちらでもちょっと準備があったりするから、少し待っててくれないかな。明日中には連絡を入れるから」

 フィートは詫びるように言った。そして、それから労わるように言った。

「今日はゆっくりとお休み」



   *




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る