無知なる魔法使いたちに -06-


 紅茶とケーキがなくなれば、さすがにダラダラと歓談する雰囲気ではなくなる。片付けたりお手洗いに行ったりして、再び休憩前の空気に戻った。

「みんな、大丈夫かな?」

 五人の視線はしっかりとフィートの方に注がれていた。

「大丈夫なようだね」

 フィートは話を再開する。

「まずは、休憩前の話題に関する注意事項だ。クロノ君の血液検査の件だが、魔法使いの判定に引っ掛からないという情報は箝口令かんこうれいの対象だ。血液検査を絶対的なものだと信じている人たちにとっては、パニックを引き起こすくらい重大な情報でもあるので、絶対に口外しないように」

「パニックって……」

「これはね、大袈裟に言っているわけではないんだよ」

 フィートの表情が少し険しくなる。

「その話をこれからしよう。いわゆる世間一般が、魔法や魔法使いをどう見ているのかということについてだ」

 五人は、よく分からずキョトンとする。

「学園長はその点について説明しなかった代わりに、こう強調したはずだ。みだりに魔法を使ってはならない、そして、魔法使いであると公言してはならないとね」

「言われました」

 さらに言えば、このことはミグラテール交易団のミランにも確認された。ただし、そのときも詳しい説明はされなかった。

「なぜそんなことを言われたか分かるかな?」

 五人は顔を見合わせる。

 そもそも、セントケージの外の世界というやつをあまりに知らないので、言われれば素直に聞くしかなかった。よって、何かを警戒しているんだろうなというのは漠然と思うが、改めて問われたときに的確に返せるほど、これまで深く考える機会はなかった。

 フィートは五人の表情を確認すると、話を続ける。

「君たちがトラブルに巻き込まれることを極力避けるためだ。魔法使いであると知られることは、それ自体が大きなリスクとなる」

 大きなリスク―――。

 クロノたちには、まだよく分からない。自分は魔法使いだと公言してはならないと言われたこと自体はじめてだったので当然だが、そこにどのようなリスクが存在するのか、今まで習った記憶はなかった。本当に初耳だ。

 フィートはゆっくりと言い聞かすように話す。

「セントケージでは、魔法というものを体系的に学べるようなカリキュラムが組まれているね。もちろん、科目の一つという扱いであって、決して多くの時間を割り振られているわけではないけれど。ただ、実は魔法をこのように扱うのは他国では考えられないことなんだ。

 理由は簡単。魔法をそういう対象、つまり学問として扱えるとは思っていないんだ。

 説明不能、理解不能で気味の悪いもの―――これが、世間一般の魔法に対する認識だ。まだ理解していないとかいうのではなく、という立場だ。理解の放棄と言える。これでは学問の対象にはなり得ない。

 一方で、人々は魔法について、まったくの無知というわけでもない。そもそも魔法というものが存在すること自体は知られている。じゃあ、人々が持つ魔法に関する知識はどう伝えられているのか?

 これは、ほとんどが口承とも言える形、つまり土着の言い伝えのような感じで伝承されているんだ。地域による差は大きく、不正確な情報を多く含んでいたりするが、良くないのは、そのほとんどが非常にネガティブなイメージを植え付ける内容である点だ。

 子供たちは幼いころから、魔法使いは自分たちとは違って意味の分からない恐ろしい存在で、関わってはいけないと言われ続けるわけだ。もちろん、こうやって直接的に言われるとは限らない。ちょっとした昔話や子供の遊びにまで、魔法使いに対するネガティブなイメージは入り込んでいる。

 そういうのが何世代にも渡って継承され続けるとどうなるか。もうそろそろ分かったよね。人々は魔法使いに対して偏見の眼差しを向け、度を越えれば迫害の対象とするんだ」

 だから、魔法使いであると知られるだけでリスクとなる……。

 フィートがそこで話を区切ると、執務室は静寂に包まれる。本日、一番重たい静寂だ。

 時計の秒針が、自己主張の強い音を重ねている。窓の外の通りのざわめきも、心なしか大きく聞こえる。大使館は、落ち着いた雰囲気の官庁街にあるので、そんなはずはないと思うのだが。

 耐えかねたヘイズが口を開く。

「でも、原因は人々の無知なんですよね? 知っている情報が不正確で……。それなら、しっかりコミュニケーションをとって……」

「相手は理解しあえると思っていないんだよ?」

 穏やかな表情でありながら、どこか突き放すような言い方。

「で、でも……小さなきっかけを掴んで、そこから……」

「そういう考え方の人は君以外にもたくさんいただろうね。でも、現時点で、偏見はまったくなくなっていない」

 ヘイズはおとなしくなる。続いて、エミルも質問する。

「魔法使いというのは、例えばモントシャインにはいないんでしょうか? ニヴィアミレージにはいないんでしょうか?」

「いるよ。モントシャインというと範囲が広すぎるから、ニヴィアミレージということにするけれど、私たちのような在留者以外にもある程度いるはずだ。

 ただね、実態は分からない。仮に自分の子供が魔法使いであると分かっても、親はそれを頑なに隠そうとするし、場合によっては本人にも伝えない。だから、自覚していない人も多いんだ。

 この街では魔法使いであると知られても、あからさまな危害を加えられることは少ないと思うけれど、それは偏見が存在しないことと同義ではない。確実に暮らしにくくはなるはずだ。特に、仕事や結婚において、その影響は計り知れないだろう。親は自分が魔法使いだと知られて子供まで迷惑を被ることを避けようとするし、さらには、子供が自分自身が魔法使いだと気付くことを避けようとする。

 魔法使いとしての資質は一定の確率で遺伝していくもので、先程話したような特殊な事例を除き、両親が魔法使いでなければ子供は魔法使いにならない。逆に、子供が魔法使いなら、両親のうち、少なくとも一方は魔法使いということになる。血縁を辿られれば、芋づる式だ。

 だから、子供、家族、親戚にリスクを背負わせないためにも、可能な限り口外はしなくなる。故に、調査をしても実際の数字が現れるとは到底考えられないんだ」

「逆に、セントケージはなんで魔法使いに対して寛容なんでしょうか?」

「セントケージの住民は、ほぼ一○○パーセント魔法使いだからだ。魔法使いであっても魔法をしっかり使えるとは限らないから、あんまり実感は湧かないかもしれないけれどね」

 ほぼ一○○パーセント魔法使い―――。この情報は、本当は特に新しい情報でもない。

 セントケージ学園の生徒がほぼ全員、もしくは本当に完全に全員魔法使いであることは知っていた。セントケージの人間なら誰でも知っている。そして、セントケージという国の人間は、必ずセントケージ学園に通うことを義務付けられている。だったら、セントケージ国民がほぼ一○○パーセント魔法使いであるというのは、自動的に導かれる結論だ。

 セントケージという国は、外部との交流、人の往来がほぼない。城壁の中にいるのは、ほぼそのままセントケージ国民。つまり、城壁の中には、ほとんど魔法使いしかいないということにもなる。

 これらのことは、改めて考えれば当たり前過ぎることなのに、クロノには異様に重大な事実をつきつけられたような気がしていた。

 エミルが落ち着いた口調でさらに質問する。

「そのことは、一般的に知られていることなんですか?」

「知られていないよ。知っているのは、セントケージの人間を除けば、モントシャイン政府内のごく一部の人間だけ。また、セントケージでは、国外で魔法や魔法使いがどのように認識されているかは、公然と語られることがない。不要な軋轢を避けるため、互いに情報統制をしているんだ。

 ところで、例えば、このニヴィアミレージで一般市民にセントケージについて質問すると、独立国ではなく諸侯領、つまりモントシャイン内の一地域だと思っている人もわりと多いね。現実に規模としてはそのくらいのものだから、あながち間違いというわけでもないけれど。あとは、山奥にある貧相な集落というイメージも根強いね。

 実際は、技術レベルとしてはセントケージの方がかなり進んでいるね。セントケージほどふんだんに電気を使える街なんてこの国にはないからね。治安も教育も非常に高い水準だし、本当に住み心地の良い国なんだよ、セントケージは。君たちも実感していることと思うけれどね」

「はい……」

 住み心地の良い国………だから、人々は外に興味がない。進んで外には行こうとしない。そして、皮肉にもそのために無駄な衝突を免れているというわけか。

「かなり気分が沈んできたようだね。でも、もう少し気の滅入る話があるんだよ」

 五人は顔を上げる。気が滅入るのは事実だが、それでも知らないわけにはいかないと理解している。

「君たち、さすがに強いね。セントケージ・スカーレットを発行されるだけのことはある」

 フィートは一瞬だけ優しく微笑む。

「さて、さっきの偏見って話の続きだ。あれの一番厄介なところは、実は、全然見当違いってわけでもないというところなんだよ。そして、それが、みだりに魔法を使うなと言われる最大の理由だ。

 もちろん、魔法の行使を目撃され、噂が広まることは危害を加えられる恐れがあるという点でも避けるべきだ。でも、それなら極論として、分からないようにやればいいんだ。そういうタイプの魔法だっていっぱいあるから、見た目の目立つものだけ注意すればいい」

 確かに。例えば、シェルのコスプレも、ドラゴンみたいなわけの分からないものでなければ、問題なさそうに思える。変身の瞬間だけ注意すればいい。

「ところで君たち、アミュレットは持っているよね? このくらいのやつ」

 フィートは人差し指と親指で輪っかをつくる。ミスティーは自分のペンダントを見せる。

「そうそう。なるほど、アクセサリーにしているのか。いいアイデアだね」

 単体だとなくしそうなので、ミスティーはペンダント、エミルはピアス、ヘイズはブレスレットとして装着している。

「アミュレットについては、どこまで知っているかな?」




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