無知なる魔法使いたちに -05-


「え……」

 あまりに予想外の答えに、クロノは言葉を失う。

 無関係とは言わないまでも、全体的に大きすぎる話で、どこか他人事っぽい気がしていた。それが、ほとんど何の前触れもなく自分の話題に切り替わってしまったのだ。

「え? どういうこと?」

 シェルはよく分からず疑問を口にする。

「クロノ先輩は、血液検査で魔法使いではないと判定される魔法使い」

 ミスティーが整理する。

「だって、それなら魔法使いじゃないってことでしょ?」

 シェルはなおも質問を重ねる。ここまでの話を考えれば、当然過ぎる疑問だ。

 しかし、そんなことはフィートだって百も承知のはず。その上で、クロノが唯一の例外だと言っているのだ。

 ここで求められるのは、判断の根拠だ。血液検査の結果を覆すほどの、強力な根拠が必要だ。

「セントケージ・スカーレット……」

 ヘイズが呟く。

「クロノさんには、セントケージ・スカーレットが見えている」

 エミルがヘイズの言葉を言い直す。

「それなら、セントケージ・スカーレットが見えるというのが例外だってことも」

 シェルは珍しく食い下がる。

 聞き手に回っていたフィートが再び話し出す。

「それはもっともな意見だ。実際、私もそう思った。ただ、パレア・チェルスキーは、クロノ・ティエムが魔法使いであると断言している」

「なんで……」

「残念ながら、彼の判断の根拠は一切記されていない。だから、今言えることは、セントケージの学園長はそう確信しているということだけだ。ただ、クロノ君の魔法についてはもう少し書き記されている」

「俺の魔法? カラ魔法ですよね?」

 クロノ自身、魔法を使ったという感覚は持ったことがない。

「でも、副次的効果はかなり顕著だと書かれている」

「それはそうかもしれません」

 たぶんこれがそうなんだろうなという感覚は、今までの人生で何度かあった。

「クロノ君の魔法について、いずれも学園長の個人的な見解でかつ公開制限がかけられているということだが、こう書かれている。

 魔法の系統は不明。血液検査の判定を狂わすような能力である可能性あり。また、それとは別に記憶系の魔法である可能性も考えられる」

「記憶系……」

「思い当たる節はあるかい? もの覚えがいいとか」

「最近はありませんが、白昼夢みたいな感じの体験を何度か」

「白昼夢?」

「白昼夢といっても、実際には過去に体験したことが見えます。ただ、あまりにもリアル過ぎて、夢を見ているみたいな感覚になるんです」

「なるほど。確かに記憶系の魔法だとすれば説明はしやすいな。ただ、そうすると今度は血液検査の方の説明が難しい」

「なんで?」

 シェルがまた疑問を口にすると、エミルが答える。

「魔法使いと魔法のタイプは、一対一の関係にあるんですよ。シェルもコスプレ以外できないでしょ?」

「だから、もしクロノ先輩が記憶系の魔法使いなら、血液検査の方もそれに関連付けた説明が必要。本当にどちらも魔法ならばということだけど」

 ミスティーも説明する。

「どうして一対一だと言える?」

 シェルは、またかなり良いところを突いてくる。

「それもある種の経験則だ。今まで知られている範囲では、すべて一対一で説明できるとされている」

 フィートはちょっと言いたくなさそうな顔をして話を続ける。

「倫理的な問題もあって学園では教えないと思うけれど、こんな実験報告が存在する。かつてある国でされたということだが、詳細なデータが存在していることもあり信憑性は高いと言われているものだ。

 血液検査の結果、魔法使いではないと断定された人間を連れてきて、その人に魔法使いの血液を輸血したんだ。ある程度まとまった量の輸血は必要だが、このようなときに輸血された人が魔法使いになることがあるという。同様の事例についてはかなり昔から知られていたようだがね。

 これについての報告はいずれもほとんど同じで、魔法使いになったと思われる時点で、生まれながらの魔法使いと同じ状態になり、その両者を判別することはできないという。当然血液検査でも魔法使いであると判定されるし、抗体反応の影響で魔法使いからの輸血は不可能になる。しかも、最初の輸血に使ったのと同じ人の血液であっても抗体反応が起きてしまう」

「同じ人でも?」

「そうだ。そして、これが一対一の根拠の一つとされている。

 例えば、単純にABO式血液型のみを考慮すれば、O型からA型への輸血は可能だが、A型からO型への輸血はできない。O型の血液はA型の血液を拒絶するということだが、これが魔法使いの血液の場合、互いにすべての魔法使いの血液を拒絶するということになる。

 さて、先程の事例、実は輸血された方とした方の魔法は、まったく違うタイプとなった。まったく関連性は認められず、完全なるランダム。

 これは、子の魔法のタイプが親の魔法のタイプと無関係であることに似ている。ちなみに、親と子がどちらも魔法使いであれば、親子の輸血もできない。

 これらの報告から、魔法使いと魔法のタイプの一対一関係は、より正確には、魔法使いの血液と魔法のタイプの一対一関係なのではないかと考えられるようになった。とすると、異なる魔法のタイプを有する血液が拒絶されることで、一人の魔法使いが複数の魔法のタイプを持つ状況が起こり得ないことになる」

「なるほど。私、A型でB型でO型でAB型なの、みたいなことはダメだということですね」

「すべては仮説の域を出ないけれどね。ただ、今までの事例がすべてこの理屈で説明できていたこともまた事実だ。それでも、学園長の言葉を信じれば、クロノ君の場合はそもそもが完全なイレギュラーだから、なんとも言いにくいのも事実だが……」

 イレギュラーだとしても、どこがどのようにイレギュラーかは分からない。魔法に関して絶対視されていた前提のどこかに綻びがあるのか。理屈を辿るには、あまりに情報が少なかった。


 コンコン。


 扉が控えめにノックされる。フィートが答えると扉が開けられる。フィロだった。

「長丁場ですね。ケーキと紅茶で一息入れてはいかがでしょう?」

「そうだね。ずいぶん小難しい話を続けていたから、少し気分転換しよう」

 フィートの返答を聞くと、フィロは「いま用意しますね」と言って、扉を開けたまま一旦その場を後にした。給湯室に行ったのだろう。

 フィロはすぐに、しっかり温めて湯気のあがりそうなティーカップと茶葉の舞い踊るティーポットを持って戻ってきた。カップを手際よく並べ、紅茶を注いでいく。ぴったりの分量で、最後の一滴まで注がれる。

 それらをみんなの前に置くと、最後に大きめのティースタンドを持ってきた。皿の上には、一口大のケーキが乗っている。いろんな種類があって、彩りが豊かだ。

「随分豪華だね」

「遠路はるばるやって来たお客様ですからね。紅茶もケーキもわざわざ良いものを買ってきました。もちろん経費で」

「大使館の予算も限られているからね。その分どこかで節約しないといけないよ」

 フィートは苦笑しつつ、ティーカップを持ち上げた。

 ヘイズは、遠慮なくがっつきそうな体勢になったシェルを制止する。

「これは食事じゃないからね。落ち着いて良く味わっていただくんだよ」

「うん、分かってる」

 言ってる先から、シェルは早い者勝ちと言わんばかりの勢いでティースタンドに手を伸ばす。ストロベリージャムが鮮やかなタルトに狙いを定めるが、あと少しのところで、他の手がそれを持っていってしまう。

「美味しい。これはさぞかし名のある店のものに違いない」

 ミスティーだ。シェルのことなど眼中にない……ように見せて、わざとだろう。

「あー! 私のケーキ!」

「いや、まだあるからね」

 ヘイズは事を荒立てないように必死になり、休憩中のみ撮影許可をもらったエミルが〈アイちゃん〉のファインダーをのぞいている。

「気分はどうだい?」

 幼稚なやり取りを微笑ましく見ていたフィートは、ケーキを口に運びながらクロノに話しかけた。クロノは口をつけていたティーカップを一旦ソーサーに戻す。

「正直、どうということもありませんね……。平和をこよなく愛してきた自分が、とんでもないイレギュラーかもしれないというのは皮肉なものですが、特に実害があるわけでもありませんし」

「そうか。それなら構わないよ」

 フィートはそれ以上何も言わなかった。穏やかな表情で、アフタヌーン・ティーを楽しむだけ。

 クロノもあわせて涼しげな顔をしている。しかし、それはあくまで表面的なもの。実際のところ、心中は穏やかではなかった。

(むしろ、実害と言うなら、この校外研修の方がよっぽど実害だ!)

 カムバック……俺のピースフル学園生活!!




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