無知なる魔法使いたちに -03-


 執務室では、まず旧宿場での一件について、その後の経過が報告された。

 フィートから「リコンの件について報告が入っているのだが」と言われ、クロノたちは何の話題かと思ったが、例の広場の立て看板にそのような名前があったことを思い出した。ここでその話を聞くことになるとは思っていなかったわけだが、何らかの経緯で大使館まで情報が伝わってきたらしい。

 クロノたちは、あの後、ならず者たちを手錠で拘束し、三階ホールの中央に集めた。それから、彼らの持ち物と〈アイちゃん〉が抱える膨大なガラクタを活用し、機械工作を開始する。ほとんどのアイデアと作業はエミル一人によるものだが、結果的には、彼らが持っていた蓄電器を利用した高圧電流鉄条網が完成した。

 せめてもの情けとして、五十時間経過すると電気の供給が止まり、吊るしてある手錠の鍵が落ちてくる仕組みをつけたので、無茶なことをしなければ死ぬことはない。さらに、彼らにまだ仲間がいるとしても、五十時間経過するまで手は出せないようにしたことになる。

 エミルの卓越したメカニック技術に、クロノたちは驚嘆するが、ゆっくりしてもいられないので、夜明けとともにさっさと館を後にした。

 山を降りてすぐの街、ビエーゼで保安署に入る。〈アイちゃん〉で記録しておいた証拠映像を見せると署員は顔色を変え、保安署全体が慌ただしくなった。

 聞いたところによると、あの旧宿場は、現在ではビエーゼの管轄であり、ならず者たちが居ついていることも把握していたが、近づくと森に逃れてしまうこともあり、長らく手を焼いていたとのこと。

「ビエーゼの保安署からの連絡では、知らせを受けてから人数を揃えてリコンに向かい、すべて滞りなく済んだとのこと。全員捕縛した上で、見張り塔付近も詳しく調べている……らしいね。一網打尽にすることができて、非常に感謝しているとのことだ」

「それは良かったです」

 エミルが答えた。

「もう少し続きがあるな。えー、なになに………貸した金についての件で―――」

「げ……」

 クロノは小さく声に出してしまう。

 それは保安署でリコンの件を伝えきったあとの話だ。若者だけの五人パーティーを不審に思った署員は、続いてクロノたちの身元を確認すべく事情を聞き始めた。そこで、自分たちがセントケージから来たこと、とりあえずニヴィアミレージを目指していることなどを伝えた。セントケージ・スカーレットも持っているので、確認するか尋ねたが、それについては、別に構わないという返答だった。

 経緯を話すついでに、クロノは現在の一行の財政状況も伝えた。〈エンプティー・バンク〉からお金を取り出せるようになるのは、この日の翌日昼頃の見込みだったので、まだもう一晩耐えなければならなかった。

 話の通じそうな人だというクロノの勘は見事に当たり、その人は、一宿一飯に相当する金を貸してくれた。五人分なので、ちょっとお茶をおごるのとは訳が違うのだが、「またここを通ったときにでも返してくれれば良いから」と言って、快く渡してくれた。

(あれは、もう返さないで良いよって意味かと思っていたが、そんなに甘くはなかったか……)

 ニヴィアミレージでは大使館に立ち寄ることも伝えていたので、改めて正式な催促を寄こしたのだろうと、クロノは思った。

(世知辛い世の中だ。ただの通りすがりの学生パーティーに、わざわざ経過報告が届くのはおかしいとは思ったんだ。これだから大人ってやつは……)

「それで、いったいどのような?」

 フィートはクロノたちの様子を観察して言葉を止めていたが、ヘイズが続きを促す。

「貸したお金は、今回の働きに対する報奨金として処理されたので、返済の必要はないとのこと」

「良い人すぎる……」

 疑ってゴメンナサイ! クロノは心の中で謝った。

「保安署から大使館宛てに知らせが届くことなんてめったにないから、何事かと思ったが………これは最後の部分を伝えるのがメインだったようだね」

 フィートは改めて全体に目を通した上で、書類を引き出しに入れた。

「ところで、この件についての詳しい経緯は敢えて聞かないことにするけれど、あまり危ない橋は渡らないようにね」

 クロノは苦笑いする。実際、言われるまでもなく痛感させられている。

 ここで、エミルが〈アイちゃん〉から預かり物を取り出した。

「遅れましたが、これを」

 学園長が封蝋を押して託した手紙だ。ニヴィアミレージに到着したら大使に直接渡すように言い付かっていた。

「ありがとう。確かに受け取ったよ」

 フィートは改めて差出人を確認し、手触りを確認し、背後の窓から射し込む日光に透かす。封は開けない。

 クロノたちがその様子を不思議そうに眺めていると、不意にニッと笑いかけられる。

「よし、君たちは始めてだな。せっかくだから、ご注目だ」

 フィートは大仰に手紙を掲げると、もう片方の手で陶器の小皿を取り出した。五人は言われた通り注目する。

 フィートは皿を自分の正面に置くと、続いてマッチを取り出し、いきなり火をつけた。マッチは炎をあげる。

 フィートは片方の手に学園長の手紙を、もう片方の手に火のついたマッチを持っている。

「さて、ここで問題。手紙を読むのになぜ火をつける必要があるのでしょう?」

「炙り出し?」

 エミルが答える。

「そこそこ良い答えだね。実際、この中に入っているのはただの白い紙だ。でもね、それなら封は開けるものだよ」

「〈セントケージ・スカーレット〉と同じだ。燃やすと何かが現れる」

 クロノも答える。フィートは一瞬驚き、すぐに笑う。

「ハハハ。校外研修を言い渡されるだけのことはある。サービスで正解ということにしておこう」

 フィートは手紙の角に火をつけ、陶器の皿の上に置く。炎はすぐに大きくあがる。

「よく見ていてごらん」

 炎の中に目を凝らす。手紙は燃えながら黒ずみ縮こまっていく。普通の紙が燃えるのと何ら変わりないように見える。そのままただの燃えカスだけが残ることになるのだろう。

 そう思っていたところで、ようやく異変に気付く。一旦黒ずんで縮んできていた手紙は、徐々に赤く色付きながら、何かを形作ろうと揺らめきだした。どんどん小さくなっていくが、決して無秩序ではない。

 やがて炎は完全に消えた。皿の上には、多少の燃えカスとともに〈セントケージ・スカーレット〉に似た質感の赤い物体が現れた。

 フィートはそれを親指と人差し指に挟むようにして持った。

 親指の爪ほどの大きさしかない深紅のチップだった。

 確かにクロノの答えは正解だったようだ。ただ、これが何なのかはよく分からない。

「この先は特にひねりはないよ。見ての通り、ただの情報チップだ」

 フィートは横の棚から二つ折りにしていたスクリーン端末を取り出した。チップを差し込み端末の表面に指を滑らす。クロノたちからは、角度的に、その画面を見ることはできない。

 フィートは、表示された情報に視線を走らす。途端、眉間にしわが寄る。

「これは多いな。少しばかり待っていてもらえるかな」

 声のトーンが変わり、目つきも変わる。その視線は鋭利な刃物のようで、突き殺さんとするように、目の前で開示されていく情報に注がれる。

 クロノは、いつの間にか自分の身体が強張っていたことに気がついた。漂う緊張感に当てられていたようだ。

 そして、今更ながら思い出す。目の前にいる男は、セントケージ大使。シチュエーション次第では、その言動が一国の行く末に直接影響を及ぼすような立場の人間である。

 しかも、その相対する国はあまりに強大で、彼我の差は絶望的とも言えるレベルである。並の人間に務まるわけがないのだ。

 にもかかわらず、出逢ってからほんのわずかな時間話しただけで、何となく馴染んだ気になっていた。遊び心と軽快な語り口は、話者との距離感を確実に狂わせていたとクロノは思った。そのことに自覚的になると同時に、親近感は畏怖の念に塗りつぶされる。

 実際には、どちらがフィート・モーガンなのか分からない。有り体に言えば、どちらもフィート・モーガンであり、幸か不幸かその二面性をさっそく見せつけられたに過ぎないのだろう。

 クロノは思った。恐らくこれから頂くことになるであろうご高説は、より鋭い方のフィート・モーガンにお願いしたいものだと。そう思った理由は自分でもよく分からない。ただ、その抜き身の鋭利さをもっと間近で感じたいと思っている自分がいるようだ。



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