暗闇の館、嵐の夜 -07-


 蓄電灯を弱くつけて、そのまま机の上に置いた。目が慣れているので、このくらいでも部屋の中の状況は把握できる。

(敵さんがみんな集まってくれれば良いが……)

 あとは、他の三人が騒ぎに気付いて助けに来てくれることを期待したい。戦力的には、エミルとシェルが圧倒的なはず。

(俺が殺される前に来てくれよ。さすがにこんなところで死にたくはない)

 椅子の脚はあまり太くないものだったが、なんとか敵の突破を防いでくれている。そして、扉に繰り返されていた衝撃が一旦止む。扉の向こうで、何らかのやり取りがなされる気配。

 諦めてくれたのかと思ったら、もちろんそんなはずもなく、大幅に威力を増した次の衝撃で木材が砕ける音がする。

 ベリベリと嫌な音を響かせながら、みるみる表面が歪んでいく。木材を繋ぎあわす金具の一つが外れ、床に落ちて大きな音を立てる。木製の扉そのものが今にも破壊されそうだ。

(これは本格的にヤバいぞ! 早く助けに来い!)

 クロノは、突破されるのも時間の問題と見える扉から後ずさりする。何かにぶつかった。

 クロノは振り返る。

 獲物を見つめる冷徹な視線、左右非対称に歪んだ口元。

 その手には槍が掲げられている。数十センチの柄の先端で刃が鈍く光る。

「うわ!!」

 クロノは咄嗟とっさに一歩飛びのいた。

 屈強そうな男が、地べたを這う虫でも見るような視線を向けていた。

 男は、薄汚れた麻布あさぬのを頭部から肩口にかけて巻きつけ、目、耳、口だけを出している。腰には布を巻きつけた丈の短いさやが二つ見えた。一方は幅が広く、もう一方は細身。

 すでに侵入を許していたことに狼狽するクロノをよそに、目の前の男の後ろに、さらにもう二人降りてきた。先端に輪っかをつくった細めの綱が天井の開口部から下がっていた。

 最初の男ほどではないが、いずれも腕っ節の強そうな感じ。クロノが腕力で敵わないことは一目瞭然だった。

(最初から天井に仕掛けがあったのか……)

 クロノは、食事の前に部屋を調べて回ったときのことを思い返した。

 確か、真上は鍵の掛かっていた部屋が連続していた場所。とんだカラクリ屋敷だったというわけだ。

 奥の窓から閃光が射し、突き上げるような雷鳴が轟き、背後から扉が砕けていく音がする。

 扉はあと二、三回で破られそうだ。衝撃のたびに、背後で砕けた木屑が飛んでくるのを感じる。

 万事休すか……。

 クロノは、三本の槍が自分に狙いを定める気配をつぶさに捉える。逃げ道はまったくない。

 背中からの衝撃も感じが変わる。扉は次で破られる。

 クロノは、正面の敵を睨みつける。もう少し。もう少し待てよお前ら。

 三、二、一………。

 クロノは、その瞬間、つっかえになっていた椅子を蹴り飛ばす。

 扉は勢いよく開き、勢い余った敵は槍を構えた仲間に突撃してしまう。

 クロノは、敵の体勢が整わないうちに部屋を出ようとする。しかし、扉の外にはさらに五人ほどが槍をこちらに向けて構えていた。

「クソッ」

 すぐに室内を振り返る。室内の敵もすでに槍を構えていた。

 クロノは全方位を囲まれた。

 さらにもう一人天井から降りてきた。

「どんだけいるんだよ……」

 最後に降りてきた一人が、懐から何かを取り出す。

 爆弾……?

 クロノは、その一人の目を見る。蓄電灯のわずかな光を赤く反射する瞳。

 視線があった。

「伏せろ!!」

 その一人は、いきなり大声を上げた。

 クロノは耳を塞ぎその場に伏せた。爆弾は廊下に投げつけられ、壁にぶつかった衝撃で激しい閃光と耳をつんざくような音を放った。

 直後、廊下から強烈な勢いの銃撃音。明滅する廊下で敵がバタバタと倒れていく。そして、それに混ざって聞き覚えのある音。


 バシュバシュバシュッ!!


「クロノ!」

 赤目の男は、言いながら、槍を振り回して活路を開く。

「シェル!」

 クロノは、他の者たちの槍をかわしながら、そのもとに駆け込んだ。

 天井から降りてきた最後の一人、もとい襲撃者のコスプレをしたシェルと合流したクロノは、ロープに掴まった。

 まだ立っている室内の敵の槍が一斉に向かってくる。

「ミスティー!」

 シェルは天井開口部に叫ぶ。その瞬間、天井裏からロープの端を巻きつけた机が降ってきて、反動により二人は引き上げられる。

 すんでのところで槍をかわし、直後、ミサイルが三発部屋に飛び込んでくる。

 上の階に這い上がったクロノは、真下から突き上げるような衝撃を感じる。炸裂による風圧で部屋が軋む。

 クロノはおもてをあげた。

 中腰のミスティーがこちらの様子をうかがっていた。首周りにフリルのついたパジャマ姿。

「ミスティー、無事だったか? シェルも……」

「アンタが一番死にそうだった」

 クロノが振り返ると、シェルはコスプレを解いてパジャマ姿に戻っていた。

 クロノは、あまり広くない部屋を一通り見回した。

「ヘイズは?」

「自力で脱出してエミル先輩と合流しています」

「そうか。そりゃ良かった」

 みんなスゲェな。クロノは素直にそう思った。

 そして、不意にセントケージでの授業を思い出した。実戦を想定したカリキュラムも多くて、やっているときは不思議でしょうがなかった。あの街で必要になる可能性は、限りなくゼロに近いからだ。

 しかし、今、こうやって役に立っている。

「生きてますかー!?」

 床下からエミルの声がした。

 下をのぞくと、ジャージ姿のエミルと牛柄のヘイズが立っていた。敵は全員片付いたようだ。

「大丈夫だ」

 クロノが答えると、ヘイズは泣きそうになりながら「良かった」と繰り返した。

 三階から下の部屋に降りる。

 あたりは死屍累々。自業自得とは言え、凄い光景だ。

「クロノさん、何か勘違いしていませんか? みなさん無事ですよ、たぶん」

「はい?」

「〈アイちゃん〉は無駄な殺生を好まないので、使用者が余程の殺意を持っていない限り、安全装置が働くんですよ。具体的には、弾丸が人間にぶつかる直前に緩衝材に覆われます。絶妙な加減で気絶くらいはさせてくれますが、たぶん死なない程度になっているはずです」

 ひと仕事終えた〈アイちゃん〉は、すでにただのビデオカメラモードになっている。

「相変わらず凄いな」

「ただ、そのうち気がつくと思うので、今のうちにする必要がありますね」

 エミルの静かな言葉に、視線が集まる。場にいくらかの緊張感が走った。

「みなさん、どうしましょう?」

 すぐには誰も答えない。再び、窓を打ちつける雨の音が大きく聞こえるようになる。

「殺す気できたんだから、殺してもいいはず」

 シェルは本当に殺意を込めた視線で、床に横たわる敵を睨みつけていた。クロノはその視線に背筋がゾクッとする。

「殺すって、お前………」

 クロノは絞り出すように言う。

 その言葉に被せるように、ヘイズも意見を述べる。

「シェルの気持ち、分からなくはないけれど……」

 少し言いにくそうだが、それでも続ける。

「無抵抗な今の状態でっていうのは、何だか気が引ける。それに、こんなところで手を汚したくないし、汚させたくもない」

 その言葉のニュアンスは、慈悲とか慈愛とは別のもののように感じられた。

 一拍おいて、クロノも言う。

「俺も同感だ」

 クロノは、もう一度、倒れている襲撃者たちを見た。

 手の込んだ準備に、組織だった動き。ろくに言葉もかわさず連携をとっていた。魔が差してちょっとやってみた、などという話は通用しない。

 クロノは、言葉を続ける。

「ただ、放置しても、コイツらは同じことを繰り返す。俺たちは大丈夫だったかもしれないが、きっと次の旅人が犠牲になるだけのこと。それならば………」

 クロノが最後の言葉を言わずにいると、エミルが口を開く。

「この宿場、衰退した原因は迂回路の開通なのでしょうが、放棄された原因はコイツらかもしれませんね。この人数がいれば、数の減った住民を追い出すことはあまり難しくなかったでしょうから」

「確かに、そう考えれば、旧宿場の異様な荒廃も説明しやすい」

 襲撃者たちが、住人たちを追いやる過程で残った傷跡。

「もしかして、日中から狙われてたのかな?」

 ヘイズが不安げに言う。

「そんな気配はなかった」

 シェルが言う。クロノも同感だった。

「俺たちの周囲で身を潜めていたなら、これだけの人数がいるわけだから、夜まで待たない気がするな。所詮は学生五人のパーティー、小細工がなくても十分だと考えるんじゃないか」

 黙って聞いていたミスティーが口を開く。

「たぶん、館の裏の山にある見張り塔ですよ。あそこが根城です」

 旧宿場を広く見渡せる位置だが、何より近いのはこの館。周囲は森だし、説得力がある。

「そうか……。あそこからなら、この館の様子がよく分かる」

「窓から光がもれたら、罠に獲物がかかった合図です」

 ミスティーは、他の人に発言の意思がないと判断し、さらに続ける。それまでより、さらに静かな口調で。

「危険を承知で放置するのは、加担するのと同じです。みんなが後悔しないなら………」

 決断を迫られる状況だということは、みんな分かっている。でも、それは言うほど簡単なことではない。

 クロノは思った。あの学園長なら何と言うだろうか?

 きっとこう言うのだろう。「自分で考えなさい。何のための研修だと思っているのだね」と。

 あの人は、そういう感じの人だ。そして、俺たちが熟慮の末にとった行動を非難することはないだろう。

 クロノは、改めて意見を述べた。







(第4章 おわり)


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