暗闇の館、嵐の夜 -02-


 彼女らの説明はこうだった。

 一昨日、クロノが体調を崩して寝込んだのを見て「私たちが散々振りまわしていたせいだ」と思い、責任を感じて全力で看病に当たろうと心に誓い、市場で精のつきそうな食材を買いまくり、宿のキッチンを借りて調理。

「美味しかったでしょ?」

「ああ、確かにうまかったが……そのあと宴会してたよな?」

「かなり多めにつくってしまったからな。あ、もちろん始めから宴会をやるつもりだったわけじゃないぞ。むしろ、クロノが寝ているのに私たちだけで宴会というのはかなり気が引けたんだが……」

「お前、今日はやたらと喋るじゃないか」

「打ち解けてきた証拠だ。喜ばしい」

「でも、食材だけでこんなに浪費しないよな?」

 必然的に話は続く。

 彼女らはさらに知恵を絞った(と証言している)。

 男を元気づけるために必要なものは何か? それは、可愛い女の子だ!

 そういう結論に至った彼女らは、「私たちが最大限おしゃれすることで、クロノを元気づけよう!」と思い立つ。そして、街に繰り出し、服やら小物やらを買い漁った。

「お前のために最大限努力してみた。男としてここは狂喜乱舞すべきシチュエーション。実際、そのあとじきに体調は回復したわけだし、効果てきめん。断じて、単に欲しい服がいっぱいあっただけとかそういうことではない」

「部屋に来るたびに服装が違ったのは、俺の目の錯覚ではなかったのか……。俺は、熱がひどくて幻覚を見ているのかと思ったぜ」

 ふんわりお淑やかな格好から、小動物を思わせる可愛らしい格好から、露出度高めで無駄にせくしーな格好から、アクティブな健康美を強調する格好から、前衛的過ぎて意味の分からない格好まで、目の前で繰り広げられていたファッションショーが、まさか現実のものだったとは……。

「め、迷惑だったか?」

「い、いや……。看病は実際に助かったし、俺のことを元気づけようという心遣いも素直に嬉しい」

「よ、良かった」

「しかし、シェル。そのために今、我々は大変な窮地に陥っているのだよ」

「世の中って残酷。人の善意がこんな形で跳ね返ってくるなんて」

「いや。これは、人の無計画が当然の形で跳ね返ってきているだけなんだよ、シェル」

 一息入れる。

 セントケージからキャニーまでの区間は、当然、金を使うような場面がないので、最初に支給される十万がもっとも貯金しやすいはずだった。というか、実際そういう話をされたはずだった。

 それがこの有様である。まったく先が思いやられるというやつだ。

 なお、旅費は学園から支給されると聞いていたので、誰も自分の金を持ってきてはいない。ヘイズの口から述べられた額が、このパーティーの全所持金に相違なかった。

「ではここで会議をはじめる。二日で五○○ゴート。どうする?」

「まずは食事の問題だね」

 ヘイズが手帳を見ながら答える。

「それなら、学園から支給されている保存食である程度はもつかと」

 エミルが答える。

「まだ十日も経ってないのに保存食を消費しなければならないとは……」

 クロノが軽く頭を抱える。

 そもそも、人里離れて食料確保が困難な事態を想定して支給されている保存食。街道を普通に進んでいる今の状況でそれを消費するというのは、いかがなものか。

「まあ、でもしょうがないな。保存食は金に余裕のあるときに補充すればいい」

「とすると、次は寝床だね。もう宿には一泊だってできないよ」

「ついに野宿か……まだ夜はかなり冷えるんだが」

「しかも、街道で野宿」

 正直往来は激しくないが、とは言っても、いま進んでいるこの道はモントシャインの主要街道の一つである。

 それにも関わらずの野宿。行くところまで行けば、まともな宿屋が軒を連ねているのに野宿。

 別に安宿だっていっぱいあるのに、この季節に野宿というのは、かなり可哀相な旅人である。

「相当ひどいな」

「世間の冷たい視線を無視したとしても、普通に危険が一杯です。街道は悪い人だってたくさん通るはずだし」

 エミルが言う。

 クロノは考え込むように黙った。まさにエミルの言う通りで、これは食料確保以上に危惧すべき問題だ。現実的な話として、治安を考えれば、若い女の子を連れて街道沿いの野宿は避けたい。

 そして、これは同時に、クロノ自身の快適な眠りを確保できるかどうかという問題にもつながる。どこでも寝ることはできるが、それは身の安全が保障されている状況に限るというのは言わずもがな。

 どうにかせねば。

「何か良い案はないものか……」

 五人は黙り込んでしまう。

 保存食生活の街道野宿。脅かされる安眠。正直、気が重い。

 残金五○○ゴート。単純計算で一人一○○ゴート。

 せいぜい茶を一杯ずつ飲めるくらいの額。これで二日生きるというのは、かなりの難題。

 これが校外研修の真骨頂ってやつなのか……。

「あ!」

 地図を開いて眺めていたエミルが突然声をあげた。

「どうした? 思いついたのか?」

「ええ。エクセレントでデンジャラスでショッキングな案がビビッと舞い降りてきましたよ!」

 クロノはかなり不安になる。ここ数日でクロノも学習しているためだ。

「よし……じゃあ、言ってくれ」

「みなさん。私たちは、お金がなくて困っているんです」

「何を今さら」

「だったら、お金をつくればいいんですよ!」

 エンプティー・バンクからどうにか金を取り出すことができないかというのは、すでにいろいろ試している。結果、やはり十日待たなければ一ゴートも出てこないという結論に至った。

 つまり、お金をつくるというのは、この場合―――。

「どこかで雇ってもらうのか?」

「いえいえ違いますよ、クロノさん。ヒントを出しましょう。ビデオカメラと美少女……」

「………?」

「分からないんですか。答えは簡単ですよ。ビデオで撮影して売ればいいじゃないですか」

「いや、いくらなんでもそう簡単には売れないだろ」

「大丈夫です。邪魔な服さえ剥ぎ取っておけば簡単に売れますよ。万事解決です」

「うおいっ!! それはいろいろアウトだろ! ていうか、お前、年齢的にもアウトだろ!」

 実際のところ、モントシャインの法律がどうなっているのかは知らないが、常識的に考えてアウトに違いない。こんな異国の地でお尋ね者になるのは、さすがに嫌だ。

「いえ、視聴はアウトだけど、撮影はセーフです」

「いやいや、むしろもっとダメだろ!」

「まあ聞いてください。撮影しているときはしっかりとフィルターがかかるから大丈夫です」

「何? 自動でモザイクでもかかるのか? さすがの高機能だな」

「いえ、逆ですよ。何を撮ってもスケスケにすることができます」

「何!!?」

「しかも、私の脳内フィルターで」

「って、撮影関係ねーじゃん!」

 この数日で判明したこと………エミルも相当ヤバい!

 というか、パーティーメンバーで一番変態的な発言が多い気がする。シェルやミスティーとは別の方向で遠慮がない。

 最初は、ロケットランチャーをぶっ放すとかいう意味でヤバいと思っていたが、それだけにとどまらなかったようだ。

「はい、じゃあ他にアイデアのある人は……」

「はい!」

 再びエミルが声をあげた。

 クロノは相手にしたくないよオーラを全力でぶつける。

 エミルはそんなことお構いなく喋る。

「思いつきましたよ! 劇的に良い案ではありませんが、少しマシな案を」

「よし。じゃあ、とりあえず説明してくれ」

 クロノは言う。正直、期待はしていない。

「旧道を行きましょう」

「旧道?」

「みなさん、この地図見てください」

 少しは真面目なアイデアのようだ。全員が地図を覗き込む。

「今、私たちがいるのはこの場所です。で、この先少し進むと、分岐があります」

 川沿いを進む街道とは分かれて、山の中に入っていく細い道があるようだ。旧道という表記があるから、昔はこちらが街道だったのだろう。

「この道、辿るとまた街道に合流しています」

「あ、本当だ」

「しかも、旧道の方が距離は短いです。これはショートカットですよ」

「確かに。でも、それじゃあ、なんでこっちがメインじゃないんだ?」

「川から離れていて不便だったんじゃないでしょうか? 街道沿いであっても、船がなければ物資の輸送は手間です。しかも、勾配もかなりあるので、車を引くのも容易ではありません。実際、旧道の宿場はすでに放棄されているようです」

 街道沿いで次に登場する地名はルイーバ。さらにその次の地名であるビエーゼが出てくるのはだいぶ先なので、ナブーサラスを出た旅人のほとんどは、このルイーバで宿をとるに違いない。

 一方、薄く細い線で示されている旧道の方には、宿場跡と思われる場所が認められても、そこに地名はない。

「これ、ヤバそうじゃない?」

「いずれの道を行くにしても、私たちは保存食と野宿の生活です。街道の店とか宿とか……そういう俗世のものに用はありません。それだったら、むしろ人目につきにくい旧道で、しかも距離を稼げるわけだから、マシじゃないですか?」

 再び考え込む面々。

「確かに、アリな気がしてきた」

 クロノが口を開く。明らかに不安は残ってはいるが、それでも街道よりマシだと感じたようだ。

「僕も、そちらで構わないと思う」

「私はどちらでも」

「放棄された宿場……ちょっと面白そう」

 結局、消去法的に旧道を進む案が採択された。



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