キルムリー・トライアル -13-
ゆらりと立ち上がったクロノが、キーリンの攻撃をまともに受ける。クロノは立つのも億劫な様子であると、少なくとも客席の多くの人からは見えた。
すでにキーリンの様々な攻撃が、クロノの身体にヒットしていた。そのわりに、クロノは結局立ち上がるのだが、展開としては誰が見ても一方的なものだった。
クロノは、時々思い出したように、キーリンに反撃しようとするが、それがダメージを与えられるようには全く見えない。
盛り上がりは散発的で、不完全燃焼の感は否めない。拍子抜けというのが正直なところで、多くの人は、酒と料理を楽しむための余興くらいの感覚で、少し引いた見方をし始めていた。
「クロノさんはおされてますね」
カメラ越しのエミルが言う。
「おされているんですかね?」
隣のミスティーが言う。バトンを繋いでいくように、隣を向く。
そこにはシェルがいたが、食べるのに夢中なので、その向こうに返答を求める。
「うーん………」
ヘイズは何と答えて良いのやらといった感じだ。すると、さらに向こうに会話が繋がる。
「キーリンがおしているのは事実かもしれないが、クロノはそのすべてで衝撃を緩衝する動作を挟んでいる……ような気がするけどどうだろう?」
デゼルトが言った。先程まで両隣に座っていた二人がバトルしているので、空いたスペースに身体を伸ばしてリラックスして見ている。
「あからさまに受け身を取っているわけでもないから、確証はないが。やつはこういうスタイルなのか?」
「いえ、私たちもクロノさんが戦っているところを見るのははじめてなので」
間の三人を飛び越して会話はエミルに戻る。
「私たち、まだ出会ってから日が浅いですしね」
ミスティーも言う。
「それでも、こうやって改めて見てみると先輩らしさは滲み出てますね。とりあえず、やる気はない」
「そうだよね、本当に。学校の実戦演習もこんな感じなんだよ。攻撃を受けてダメージを負っているように見せかけて、うまくやりすごそうと………あ……」
ヘイズは言いながら、自分に向けられているミスティーの視線に気がついた。思わず目をそらして、しどろもどろになる。
「え、えーと……」
「お気になさらず」
読みにくい表情のミスティー。
「とすると、この先はどんな展開が予想されるんですかね?」
ミスティーの向こうからエミル。
「え、いや、よく分からないけど……。たぶん、なんかそれっぽくちゃんと負けるんじゃないかな? ちゃんとって言うのも変だけど」
ヘイズは、納得のいかないような、納得せざるを得ないような微妙な表情をしている。すると、その近くで声がした。
「それは許すまじ」
誰かと思ったら、シェルだった。肉にかぶりつきながら、息継ぎするようなタイミングで短く言った。
「仮にも同じパーティーのメンバー。負けるとかあり得ない。
シェルは、クロノとキーリンが戦うフィールドに鋭い視線に向けながら言い放った。
「それは確かにそうですね。他はともかく、クロノ先輩が負けるのは少し癪に障りますね。ヘイズ先輩はどう思いますか?」
「そうだね。確かに…………相当ムカつくね。なんか改めて考えると、本当にムカついてきたね」
言いながら、ヘイズの目が据わってきた。珍しくかなりマジな様子だった。
「お前、そろそろ本気でやり合う気にならねえか?」
「俺が本気かどうかっていうのは、そんなに重要なことなのか?」
キーリンとクロノは、客席には聞こえないようなボリュームで言葉を交わす。
キーリンは、攻め疲れで少しだけ息が上がっているが、それ以上にもどかしさを感じていた。苛立つわけではないが、クロノの考えが分からず、やりにくそうだ。
一方のクロノは、何度も攻撃を食らい地面に転がった影響で、埃まみれになっている。しかし、それほどダメージが蓄積されているようには見えない。気だるそうな感じはあるが、妙に涼しげな顔をしていた。
「本気じゃないやつを叩きのめしても微妙だろうが」
「見てる人たちは、別に俺が手を抜いているとは思ってないんじゃないか?」
「でも手を抜いてるだろ? 観客の目は誤魔化せるかもしれないが、実際に手を合わせてる俺には分かるぞ」
「…………」
クロノは何も答えない。その代わりに、キーリンの目をじっと見た。
「どうした?」
「いや……。ただの調子に乗りやすいバカじゃないんだなと」
「けなすか誉めるかどっちかにしろよ」
キーリンは、クロノの挑発するような物言いにも熱くはならない。
「とにかく、一宿一飯の恩ってやつで、もう少し本気になってもらえないものかね」
「確かに一宿一飯は大きいな。ただ、俺が今いちやる気になれないのは、そっちにも原因があるんだぞ」
キーリンは、クロノが何を言いたいのかよく分からない。クロノはそれを悟ると続けた。
「自分で言うのもなんだけど、俺は相当な面倒くさがりで、できれば無駄なことはしたくない。だから、本気で敵意を向けて来ない相手と本気でやり合う気にはなれないんだ」
キーリンはハッとする。そこにクロノが念を押すように言った。
「本気でやる気がないのは、お前の方だろ?」
「なるほど……。ただのボンクラじゃないってわけか。そりゃ、セントケージから来たんだから当然と言えば当然だが」
キーリンは少しだけ楽しそうに口角をあげる。
「確かに俺も少し気を抜いていたかもしれないな。悪かったな」
拳を交えることなく二人が話しているので、客席はざわめき始めていた。そこにヘイズの声が聞こえた。
「クロノ! いいかげん本気でやれ! そんなやつボコボコにしてやれ!!」
客席のざわめきはますます大きくなる。
「そんなやつ、だってさ」
「お前が本気じゃないこともバラされたぞ」
キーリンは、全身の筋肉を確かめるように手足を軽く動かした。骨盤をおさえて足の関節を回す。
「さてと……。いろいろ無駄話をしちまったが、お前にもう少し本気を出してもらわないとやりにくいのは事実だ。さしあたって、何か餌でもぶら下げてやろう。何か望みはないか?」
「今すぐ終わらせて飯を食って寝たい」
クロノは即答するが、キーリンはそれを無視する。
「お前らは旅をしてるんだよな? 目的地は?」
「目下のところは、ニヴィアミレージってところだ」
「分かった。それなら、俺に勝ったら、ニヴィアミレージまで船で送ってやろう。オヴリビ川をひたすら下るだけだし、寝たまま到着だ。最高だろ?」
「………」
「なんか言えよ」
「お前、このキャラバンじゃ下っ端だろ? そんなことを勝手に決められるとは思えないんだが?」
「うっ………いや、船くらい金を払えばどうとでもなるだろ」
「じゃあ、みんなに聞こえるように大きな声で宣言しろよ。それができなきゃこの話はナシだ」
「それなら、俺が宣言したらお前も、俺が勝った場合の特典を言えよ」
「お安い御用だから、言えるもんなら言ってみな」
おさまらない客席のざわめき。そこにキーリンが声を張り上げる。
「クロノ、よく聞けよ! お前が勝ったら、お前らまとめて船に乗せてニヴィアミレージに送りつけてやる!!」
キーリンは、クロノに人差し指を突き出して宣言した。突然のことに、客席は大きくどよめく。
「さあ、俺は言ったぞ!」
キーリンは苦々しさを漂わせつつも、それを隠すように鼻で笑いながら言った。
すると、クロノも人差し指を突き返した。
「キーリン、よく聞け! お前が勝ったら、うちの一行から好みのやつを一人くれてやる!!」
客席のどよめきは、キーリンが宣言したときの比ではなかった。クロノは得意げな顔をしてキーリンを見る。
「なかなか面白いことを言うじゃねえか。男に二言はないってことで良いんだよな?」
「あ、当たり前だ!」
クロノは、キーリンと同じく少々の苦々しさを漂わせつつ答えた。
すると、客席から聞き慣れた声がした。
「好きなだけ肉を食って良いなら、私を選んでくれてもいいぞ?」
肉を頬張り続けるシェルだった。頬に詰められるだけ肉を詰めている。
(あいつ、余計なことを言いやがって……)
シェルはあくまで欲望に忠実だった。
一方のキーリンは何やら感動を噛みしめている様子。
「シェルちゃんの方から立候補とは……。これはたぎってきたぜ!!」
キーリンは言葉の通り、相当やる気が増しているようだった。
二人は改めて対峙する。
「ここからは寝たまま辿り着けるなんて、最高だな。借金してでも、船のチケット取ってこいよ」
「ぬかせ。あんな可愛い子たちを揃えた旅もここで終わりだ。泣いてすがりついても撤回はなしだからな」
どちらももう後には引けない。やるしかない状況になってしまった。
「本気なんだから、魔法も遠慮なく使って良いぞ。あとで手を抜いてたなんて言っても承知しないからな」
キーリンがクロノに言う。
「そりゃーどうも。でも、あいにく俺は持ちあわせがないんで、できる範囲でやらせてもらうよ。ただ、お前は好きなだけ使って良いぞ。どれだけ使っても結果は変わらないけどな」
クロノがキーリンに返す。
「そうか。じゃ、悪いけど、遠慮なくいかせてもらうぜ」
キーリンはそう言うと、大きく踏み込んだ。クロノはその動きを予測して構えた。
しかし、次の瞬間、キーリンはあり得ないほど高く跳ね上がり、同時にクロノの方にぐんぐん加速してきた。それは、クロノの予測を大きく外れる急接近。
(なんだ、この動き!?)
クロノは危険を察知し、安全第一でかなりの余裕を持ってかわす。
キーリンは着地すると、そのまま地面を大きく滑っていく。直線的な土煙がかなりの距離で巻き上がる。照明の中、それは地面からせり上がる壁のように見えた。
(この意味不明な加速、まるで人間砲台だな。これは何かの魔法か?)
そこでクロノは、日中のキーリンの動きを思い出した。
甘饅頭を食べていたときに現れ、立ち去るシーン。その後、礼拝堂の屋根の上でシェルに蹴られて吹っ飛んだシーン。
どちらの場面も、キーリンは空中で不自然な軌跡を描いていた。放物線には違いないが、それは本来の放物線ではなかった。妙に伸びる不思議な曲線。
「そんなに驚くなよ。わざと外してやったんだから」
キーリンはクロノに向き直って言った。
(わざと外した? どういうことだ……)
クロノは、冷静に視線を向けた。
「ハッタリか……?」
「自分の目で確かめろよ」
キーリンは小さく笑うと、再び大きく踏み込む。やはり驚くほど高く跳ね上がり、ぐんぐん加速して向かってきた。かなりの距離があったはずだが、その分だけ逆に大きく加速した。
(まるで高い建物から飛び降りたみたいな加速だな)
ただし、加速の方向は全然違う。
クロノは、再び先程と同程度の感覚でかわそうとした。
すると、キーリンはそれに吸い寄せられるように、空中で大きく右に曲がってきた。しかも、一段と激しい加速を見せる。
(空中で進行方向を変えられるのか? やっぱり、これは魔法で間違いない)
そのスピードは走って逃れられるものではなかった。距離を取ろうとすればするほど、キーリンの跳躍はますます加速しながら伸びてくる。完全なる追撃。
クロノは両腕で盾をつくり、キーリンはそこに体当たりする。衝撃は想像以上で、馬車にはねられたように激しく弾かれる。
一瞬遅れて内臓に届いた圧力に戸惑いつつ、身体は地面を離れていた。直後、クロノの身体は地面に叩きつけられながら大きく回転していく。
「決まったな」
「クソ生意気だが、やっぱりアイツの実力は本物だな」
「ミランが一目置くのも納得だな」
観衆は、キーリンの圧倒的な戦いぶりに再び高揚してくる。
一方で、ミランやサマルは落ち着いた様子で椅子に座って戦況を見つめていた。
「キーリン相手に、まともな魔法を使えない人間が勝つのは厳しいんじゃ?」
「まあ、それはそうだね。だからこそ、クロノがどうするのかが見所になるわけさ」
ミランは、視線をいっそう鋭くする。
広場の真ん中の明るいところには、キーリンだけが立っている。両脚の調子を順に確認しているようだった。
「これは結構な実力差がありますね」
エミルが言った。ミスティー、シェル、ヘイズは何も言わない。
すると、デゼルトが言った。
「でも、あれだけ激しくぶっ飛ばされても、やつは地面に叩きつけられるときにすべて受け身を取っていたように見えたぞ」
クロノは、土煙の中からゆらりと立ち上がった。擦り切れて血の滲む前腕をひと舐めしている。
「遠慮なく魔法を使うキーリンの攻撃をまともに受けて対応できるアイツの方が、俺には異常に見えるが……」
客席は大きくどよめく。しかし、それは単なる興味本位のどよめきではない。本当の意味で、手に汗握るバトルが繰り広げられていることに気付いたどよめきだった。
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