キルムリー・トライアル -09-


 クロノたちは、ミランに促され、明かりとざわめきが呼ぶ方向へ進んだ。

 そこは平らに開けた空間になっていた。大きな篝火かがりびかれ、それを取り囲むように人が集まっていた。おそらく、このキャラバンの団員が丸ごと。さらに、点灯はしていないがバッテリー式の照明もいくつか置かれている。

「良い匂いがする………じゅる……」

 シェルが吸い寄せられるように進行方向を変えると―――。

「待ちな」

 ミランはその首根っこを掴んだ。

「もう一頑張りしたら、存分に食わせてやる。だから、少しだけお待ち」

「何すればいいの?」

「お前の魔法を見せな」

 ミランは、脅すような言い聞かすような調子で言った。

 しかし、シェルは毅然とした調子で言い放った。

「コスプレは魔法に非ず」

「そのくらい見せてやれよ。俺たちは先に食べながら見守っててやるから」

 クロノがそう言うと、ミランはあいてる方の手でクロノの首根っこも掴んだ。

「一緒に旅してる仲間だろ? もう少し待っておやり」

 クロノは掴まれたまま振り返る。

「魔法、そんなに見たいんですか?」

 クロノはじーっとミランの目を見て言う。ミランもそれを正面から受け止め見返す。

「ま、必要なことだからね」

「確かに、シェルのコスプレは、一見の価値ありですからね」

 エミルが言った。

「というより、他の皆さんは、そもそも魔法使いの能力が分かっていないわけですし」

 魔法使いがみんな、不可解でビックリな力を発動できるわけではない。個人差が激しいので、微小な力しかない場合は多いが、そうすると、その能力がどんなタイプのものであるかを知ることすら難しい。実質的には分類不可であり、ないも同然である。

(まあでも、本当は、ミスティーの能力は判明しているんだが……)

 ミスティーの能力を知っているのは、パーティーメンバーではクロノだけ。明かさないようお願いされているので、ここは話を合わせる必要があった。

「本来は、能力のタイプに関わらず、それこそカラ魔法も含めて見ておきたいんだがね。ただ、そこまで調べるのはかなりの手間だから最小限で済ませようというわけだ」

「あの………」

 発言したのはヘイズだった。

「その……魔法を見て、何か分かるんですか? 調べるって言いましたけれど」

 その意見は一理あるとクロノは思った。

(この様子だと、ミランは俺たちの魔法使いの能力についても学園長から情報を得ているはず。だったら、わざわざ調べるようなことなんてないんじゃないか?)

 ただの好奇心だろうかとも思ったが、それは違う気がした。ちゃんとより明確な目的があるのではないだろうか。

「良い質問をするじゃないか」

 ミランは、素直に感心を口にする。

「そうだね、本当のことを言えば、魔法を使っているところを見るのはあまり大事じゃない。確かに一目見てみたいというのも否定はしないが、一番重要なのは、お前らが体験し、知ることだよ」

 体験? 別に、シェルは使い慣れているだろう。今さら何を知るんだ?

 クロノがそう思うと、ミランが続きを言った。

「セントケージ学園の敷地内は、少々特殊な環境だ。特に、魔法の行使に関してはかなり特異な条件になっている。だから、いざというときのために、外の世界での魔法の感覚に慣れておく必要があるわけだよ」

「ふーん……」

 シェルは、リアクションは薄いが、一応事情は分かったようだ。

「無理に使うようなものではないが、使用すること自体を制限するのはここまでだ。だから、この先への備えという意味でも、少し派手に使って身体で感じてみな」

 クロノは振り返った。背後にミスティーがいた。

「どうかしたか?」

 クロノは小声で尋ねた。尋ねながら、別にどうもしてないだろうと思った。でも、なぜか尋ねてしまった。

 ミスティーの表情は読めないし、何も答えない。表情は読めない、何も答えない、でも、大丈夫だと分かった。なぜ分かったのか?

 もしかして、魔法で話しかけてる? 久々に念話的なあれか?

 ………でーす。せーかいでーす。せーかいでーす。せーかいでーす。

 あれ、何かテンションおかしくない?

 むずむずむずむずむずかちぃ。なるなるほどほど、セントケーーージとはちょっっっとと違う。れんしゅうひちゅよぅ。

 俺はよく分からないけど、本当に学園内とは違うのか……。

「クロノ、難しそうな顔してどうしたの?」

「え……あ、いや別に……」

 そうだ、念話してるときは注意しなきゃいけないんだった。不審者になってしまう。

 突然、辺りがワーッと盛り上がる。見ると、ミランに背中を押されたシェルが、広場の真ん中に歩いて行くところだった。

 燃え盛る篝火を背に、ミランとシェルが並び立つ。ミランがすっと顔をあげると、場のざわめきは途端におさまった。

「私は今、ちょっとばかり機嫌が良い。だから、小遣いをやろう。欲しいやつは手をあげな!」

 すぐに挙手する者はいない。その理由は明らかだ。うまい話には裏がある。クロノは見渡す。

 ひそひそ声のやりとりが何ヶ所かで交わされているが、その後、パラパラと三人が手をあげた。いずれも男で、みな覚悟を決めた表情だった。

「怖いもの知らずだな」

「俺、物凄い金欠なんだ……」

 一番近いところで手をあげた人の会話だ。

「たった三人か。まあ良い。前に出てきな」

 団員たちの視線を受けて三人がミランの近くに集まる。三人とも、だいたいサマルと同じくらいの年代に見える。

「お前たちは、三人がかりでこの子をぶっ倒してみな。勝ったら小遣いをやろう。しかも、誰が倒しても三人揃ってくれてやる」

 観衆がざわめく。三人のうち倒した一人がもらうのではなく、誰が倒しても三人とももらえるというのが驚きだったようだ。

「ミラン、随分太っ腹だな」

 どこからか声があがる。それに対しミランが答える。

「機嫌が良いって言っただろう?」

 それから、三人に笑いかける。

「ちっこい女の子だからって、手を抜く必要はない。このチャンス、逃すんじゃないよ」

 一方、シェルは軽く準備運動をしている。

「ねえ、私が勝ったら?」

「倒れるまで飯を食わせてやろう」

「肉は?」

「今日、市場でたっぷり買い込んでいるよ」


「よお」

 転がしてあった丸太に腰かけて見守っていたクロノたちは、背後から声をかけられた。デゼルトとキーリンだった。

「最前列の特等席だな。ちょっと詰めてくれよ」

 半端な距離をあけて座っていたクロノは、どちらにずれようかと思ったが、右隣のヘイズが手を伸ばして引き寄せてきたので、二人はその反対側に座った。

 キーリンは座るなり、ヘイズのさらに隣にいるミスティーやエミルに話しかけようとするが、二人は華麗にスルーする。

「恥ずかしがらなくていいのにー」

「お前、こっちが恥ずかしいぞ」

 クロノの左でデゼルトが呆れる。

「クロノ、そろそろ始まるみたいだよ」

 右のヘイズが言う。

「シェルちゃん、燃え盛る炎をバックに、ますます凛々しいな! 野郎三人を前にしても、一切怯まないとは、痺れるう!」

 左のキーリンは、シェルの熱狂的なファンになっていた。

 シェルの赤みがかった髪は、炎の明かりを受けて静かに揺らめいているようにも見える。

 ミランが、シェルとその相手三人を残し、リングサイドに移動する。

「シェル、魔法は解禁だ。今は遠慮なく使って良いぞ」

 シェルは頷くこともなく、鋭い視線で対峙する三人を見つめている。

「シェルちゃんって、どんな魔法使うの?」

「魔法じゃなくて、コスプレ」

 キーリンの質問にクロノが答える。

「はい?」

「いや、あいつにその質問をすると、こう返って来るんだよ。ま、見りゃ分かるから」

「そう言えば、昼間もそんなこと……」

 戦いの場に立つ少女と男三人。配置につく。

「三人がかりで悪いとは思うが、小遣いは貴重なんだ。許してくれ」

 三人のうちの一人が言った。シェルは何も答えない。すでに臨戦態勢のようだ。

「シェル、何か一言言い返してみな! 観客も、戦う直前のお前の言葉を聞きたがってるよ!」

 進行役になっているミランが言うと、呼応するように場はワーッと盛り上がる。

 すると、シェルは一旦構えをやめた。

「ここの新たなボスが誰だか、思い知らせてあげる」

 真顔で言い放つシェル。場は、水を打ったように静まり返った。

 クロノとヘイズは血の気が引く思いで硬直、ミスティーは変わらず、エミルは撮影中。

「ちっとは空気読めよ……」

 クロノが絞り出すように言う。というか、来て早々乗っ取る気かよ!!

 左で、デゼルトは口をポカンと開け、キーリンは目を輝かせている。篝火が弾けて火の粉が宵闇に舞い上がる。

 直後、地鳴りのように歓声が巻き起こった。ボルテージ急上昇だ。

「何だあの子は!?」

「すげえ肝の据わった子だな、おい!」

「あのちっこい身体で、まともにやりあえるのか?」

「ミランがセッティングしたんだから、そこらの子とは違うだろ」

「やっちまえ!!」

 ギャラリーの声は耳に入らないのか、平然とした様子のシェルは再び構える。

 肩幅くらいに開いた足。重心の調整。フィールドの状況の確認。相手の確認。

 シェルの影が、その足元からいくつもの方向に分かれる。いつの間にか、バッテリー式の照明も点けられていた。それほど強くはないが、篝火では不十分なところを広く照らしている。舞台は整った。

 ミランは、右手をスッと掲げる。

 もうざわめきは消えない。昂揚感、期待感、緊張感が混濁しつつ場を支配する。いつの間にか拳に力を込めて汗ばんでしまう。

「始め!!」

 張りつめた空気をぶった切るように、その右手は勢いよく振り下ろされた。



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