キルムリー・トライアル -07-


 幕営地を奥に進んで行きながら、キーリンとデゼルトは自分のテントに戻っていった。埃まみれ汗まみれの状態ではさすがに居心地が悪いのだろう。

 そのまま、イコナとリブラもどこかに行ってしまった。リブラは〈アイちゃん〉を見ながら少しばかり残念そうな顔をしていたが、イコナに促されて渋々ついて行った。

 残ったのは、六人。先頭のサマルとクロノたち五人である。

「なかなか元気なやつらだったな」

 クロノは、エミルやヘイズに言ったつもりだったが、反応したのはサマルだった。

「ははは、いろいろ悪かったな。でも、また機会があったら仲良くしてやってくれよ。みんな良いやつだからさ」

 クロノたちは、曖昧な笑みを返した。

 嵐が過ぎ去った後のように、周囲は少し落ち着く。

 改めて見回して見ると、この幕営地にいるほとんどの人間は自分たちより上の年代に見えた。キーリンたちはおおよそ同じくらいの年代に見えたが、彼らはここでは一番下の年代に相当するのだと推測された。

 極端に小さい子供は見当たらない。また、逆に老人も見当たらなかった。

 だいたいは働き盛りの年代。具体的に何をやっているのかは分からないが、それぞれがひと仕事を終えて幕営地に帰ってくる時間帯。労働に勤しんだ後の解放感が満ちて、にわかに活気づいていた。

 人数は、ざっと見た感覚では、セントケージ学園の一クラスより少し多いくらい。つまり、30人よりは多いだろうという感じだった。

 明らかに男性の方が多く、全体として、サマルと同年代か、やや上に見える年代が多いようだ。

 そのため、クロノたち一行はかなり目立っているはずだ。ここに混ざれば最年少世代。しかも、女子が三人もいる。それぞれがそれぞれの作業に従事していて、こちらに積極的に関わろうとする人はあまりいないが、それでも好奇の目が向けられていることは分かった。

 テントの間は少し広くあいている場所があるが、その何ヶ所かで火が起こされている。脇には木箱や樽が置かれ、それらをテーブル代わりに食事の準備をしているようだった。

「じゅる……」

 シェルは、物欲しそうな顔をして眺めている。思考が食欲に支配されているのは明らかだった。

「すぐにたっぷり食わせてやるから、もう少しだけ付き合ってくれよ」

 サマルは笑いながら言った。握ったグラスを傾けるジェスチャーをする。

「いやー、俺も早く飲みたいな!」

「ところで、どこに向かってるんですか? さっき、追試とか何とか……」

 クロノは疑問をぶつけてみた。本当は、もっと挙げればキリがないほどの疑問があるわけだが、タイムリーなものを一つ。

「あー、追試の前にもう少しだけ。ちょっと、会ってもらう必要のある人がいてだな、今日のやつの首謀者みたいな?」

 首謀者……。ということは、学園長と縁のある人ってやつか?

 そんなことを思っていると、それらしい場所が見えてきた。幕営地の奥まったところで、さらに向こうには馬車と馬が見えた。

 それはドーム型に組まれた大きめのテントで、入口には人もいる。椅子を並べて駄弁っているので、あまり緊張感はないが、サマルに気付くと手を上げた。

「ようサマル、ようやく来たか」

「今、中は?」

「ミランとギド団長だけだ。来たらそのまま通していいって言われてる」

 サマルはテントの中に入っていった。クロノたちは入口の人に会釈をしてから、後に続いた。


 中は意外に広々としていた。天井も高く、解放感がある。足元は、木の板に布地を重ねているようだ。支える柱の何ヶ所かにはランプが吊り下がっていた。

 テントの入口から見てちょうど一番奥のあたりに、小さなテーブルを挟んで二人が向かい合っている。向かって左に男性、右に女性が座っていた。

 男性は、椅子に座っていても分かるくらいの背の高さだ。学年でもだいたい平均くらいのクロノから見て、隣のサマルはかなり高い。10センチ以上の差はあるだろう。しかし、座っている男は、明らかにそれよりも高いように思えた。

 さらに体格も逞しく、立派な骨格に鍛え上げられた筋肉をまとっているようだった。ランプからの光で、テーブルに置かれた腕の筋肉の陰影が浮かび上がる。

 一方、その対面の一回り小さな椅子に座っている女性も、妙に存在感があった。向かい合っている男が非常に大柄であるにもかかわらず、それとは別の方向で不思議と目を引くものを感じる。

 よく見ると女性は、この幕営地においてはかなりの年長者のようだったが、ぴんと伸びた背筋、きびきびした挙動はそれを感じさせるものではなかった。少し巻き気味の髪には、シンプルながらも気品を感じさせる髪飾りをつけている。

 女性は歩いてくる六人を一瞥すると、テーブルの上に手を伸ばす。向かいの男性が代わりにやろうとするが、女性はそれを制止し、ガラス製のウォーターピッチャーを傾けた。揺れる水面にランプの光が散る。

 女性は自分のグラスに注いだ水を一口含むと、ようやく六人の方に向き直った。あわせて、向かいの男性も椅子に収まる腰の位置を調整した。

「待ちくたびれたよ。どこかで寄り道でもしてたのかい?」

 女性が言った。目元口元が微かに笑っている。

「まさか。ちゃんと忠実に言いつけを守ったよ、ミラン」

 両の掌を広げてサマルが答える。二人はかなりの年齢差だと思えるが、まるで友達同士のような話し方だった。

「そうかい。じゃあ、それなりに見どころはあったってことでいいのかい?」

「ああ。それなりに楽しめたよ」

 ミランとサマルは言葉をかわしつつも、目と目でそれ以上の情報をやり取りしているように見えた。二人の笑い方はどこか似ている。

「ご苦労だった、サマル」

 今まで黙っていた男性が口を開く。言葉そのものは事務的な感じだが、ちゃんとに労をねぎらう気持ちが込められていた。

「いえ、ギド団長。お安いご用です」

 サマルは姿勢を正した。

「それに、実際に動いていたのはキーリンとデゼルトですし」

「そうか。あいつらは?」

「水でも浴びてるんじゃないですかね。かなりやり合っていたので」

 サマルの言葉に、ミランが悪戯好きの子供のような笑みを浮かべて口を挟む。

「私も見に行きたかったね。これは残念」

 ミランは、軽く握った手を自分の顎にあてる。

「五人ともやり合ったのかい?」

「直接やってたのは、主にそっちの二人だよ」

 サマルは、シェルとヘイズを示した。ミランは二人の顔を見る。

 シェルはまったく動じず見つめ返し、ヘイズは視線をそらして帽子をいじっている。

「あいつ、相手が可愛い子たちだったから手を抜いたんじゃないの?」

 あいつというのは、明らかにキーリンのこと。どうやら、そのキャラ性は確固たるものらしい。

「かもしれないな。ただ、こっちの二人も全力という感じじゃなかった」

「ほお」

 ミランは二人の顔をもう一度見る。ヘイズはやはり逃げるように視線を彷徨わすが、シェルはもっと称えろと言わんばかりの表情。

「残りの三人は?」

「そっちの鞄の子はほとんど加わっていなかったけれど、最後にキーリンを仕留めたな。あと、こっちの銀髪は直接戦ってはいないけれど、キーリンとデゼルトが事前に仕掛けていたトラップを改造して逆にデゼルトを捕えた」

「なかなかじゃないか」

 ミランは、エミルとミスティーの顔もよく見る。エミルはいまだに警戒心が抜けきっていない。ミスティーはいつも通り眠たげで、何を考えているのかよく分からない。

「で?」

 ミランの視線が最後にとらえたのはクロノだった。

「そこの男は、何をしたんだい?」

「うーん……。お茶飲んでたかな?」

「追試だな」

「あ、あの……俺は戦闘要員ではないので……」

 クロノは危険な流れに狼狽した。冷静な判断を促し、再考を求めようとする。

 しかし、ミランは聞く耳を持たない。

「パレアのところの生徒だろ? 謙遜するな。それに、もし本当に何もできない生徒を放り出したんだったら、私がセントケージに行って頬をはたいてくるよ」

 学園長が信頼されているっぽいのは良いが、それとこれとは別の話で……とクロノは主張したかったが、こちらの話を聞く気は毛頭ない様子。

「サマル、今夜の催しが決まったよ。大火おおびを焚いて準備しておきな」

「りょーかい」

 サマルはビシッと親指を立てると、ワクワクが溢れ出る軽快な足取りでテントを出て行った。

「面白くなってきたな。わははははは」

 とても面白いとは思えない台詞か聞こえるが、クロノは聞こえなかった振りをした。

「ギド、あんたもやることあるだろ? もう席をはずしていいよ」

 ギドは、一回ミランと視線を合わせてから黙って立ち上がった。やはり背は高く、静かにしていても威圧感が漂い出ていた。

 クロノたちの方に数歩歩み寄ると右手を差し出した。

「挨拶が遅れたが、ミグラテール交易団団長のギド・ガットランドだ」

 ギドは、クロノたち五人と順番に握手を交わした。一人ひとりしっかり目をあわせる。

「ミランの相手は骨が折れると思うが、健闘を祈る」

 そう言うと、クロノの肩をポンと叩き、テントの出口に向かっていった。

「あと、今晩の飯と寝床の心配はいらない。存分にいじめられてくれ」

 ギドは振り返ることなく左手を挙げた。

(いじめられてくれって……)

 クロノはミランの方を見た。場に残されたのは、クロノたち五人とミランだけ。

「さて、このキャラバンの御頭おかしらが名乗ったんだから、私も名乗らないわけにはいかないかね」

 ミランは椅子から立ち上がった。右手はテーブルの上、左手は自分の腰に添えた。

「ミラン・ソグディナだ。あと、あまりこういう言い方は好きじゃないが、ミグラテールの元団長だ。ギドの先代にあたるな」

 ミランは再び席についた。片肘をついた手を頬にあて、足を組む。

「適当に座れ。私は見下ろされるのは好きじゃない」

 クロノたちは、布を敷いた床に腰を下ろした。クロノが視線を上げると、ミランの無駄に蔑むような視線が容赦なく浴びせられる。

(やばい……何かゾクゾクしてきそうだぞ、これは)

 薄々感じてはいたが、ミランは完全にサド気質であるようだった。視線、言動のすべてがそれを物語っていた。

(さて、言われるままにやって来たわけだが……)

 テント内の空間が妙に広く感じられる。応接スペース、炊事スペース、就寝スペースがうまく区切られた機能的な空間。使い古されてはいるが、手入れは行き届いている印象だ。

 ミランは、品定めするように改めてクロノたちのことを見つめる。もしくは、単にリアクションを楽しんでいるだけかもしれない。あるいは、こちらが知る由もない何らかの感情を抱いているのかもしれない。

 ふと、妙に優しげな表情をしているように見えた。

「ミランさん……」

 クロノは、話しかけるつもりはなかったが、声が勝手に出てしまった。

「ミランと呼びな。あと、必要以上に改まった口調も御免だよ。むず痒くなってくる」

 礼儀正しさが身に染みついているような育ちではないが、それでも初対面の遥か年長者にいきなりタメ口というのは、意外と厄介だ。

「それで、なんだいクロノ?」

「ミ、ミラン……」

 クロノの不慣れで片言な言い方が面白いらしく、ミランはまたニヤニヤ笑っている。

「俺たちはどうしてここに? もしかして、学園長から何か知らせでも?」

 クロノは根本的な疑問をようやくぶつける。

 すると、ミランはテーブルの端に寄せてあった折り目のついた紙を手にとった。それをヒラヒラさせる。

「パレアからの恋文に興味があるのかい? ませたガキだねえ」

「こ、恋文!?」

 誰かと思ったら、声を挙げたのはヘイズだった。ヘイズは、唐突に大きなリアクションをとることがある。

「お前も興味あるかい? しょうがない、特別に最初の一文だけ見せてやろう」

 ミランはヘイズを手招きした。

「もっと近くに。耳、貸してみ」

 ヘイズはギリギリまで近づいた。ミランはその耳元に何かを囁きかける。

 すると、ヘイズはピクッと小さく反応し、何やら赤面している。

 ミランはヘイズのことを見つめて微笑みかけている。

(なんだあの人……まさか、美少年然としたヘイズにセクハラまがいなことでも!?)

 クロノは、なぜかやたらと心中がざわめき立つが、ヘイズはミランの至近距離から離れた。

「それじゃ、最初の一文だけ読んでごらん。後ろは見るんじゃないよ?」

 手紙は細く折られて、冒頭部しか見えない状態でヘイズに渡される。

「えーと……親愛なるミランへ。このたびは―――」

「はーい、ストップ。もう一文超えたね」

 ミランは、ヘイズの手から手紙をスッと取り返した。

「え? えーー!?」

 結局ヘイズは追い返されて、また床に座った。はっきり言って、ほとんど何の役にも立たなかった。

「さてと……」

 ミランは、手紙を再びテーブルの端の方に置いた。

「そろそろ真面目な話をしていいかい? いろいろと後がつかえてるんだ」

「いえ、そもそもふざけてるのはそちらであって……」

 クロノは何となくノリで答えてからハッとして、ミランの方を見た。

「いいねいいね。多少、生意気言ってもらわないと、いじめるのも躊躇ためらわれるってもんだ」

 ミランはグラスを傾ける。

「さて、細かい部分をいちいち説明するのは面倒だから、そういうまどろっこしい話はまたの機会にどこかの誰かから教えてもらうとして………ここでは、必要最低限のチェックだけしておこうか」

 ようやく話の雰囲気が真面目になってくる。どこかの誰かとは誰のことなのか、それなりに気になったが、ひとまずおいて話を進めてもらう。



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