旅の仲間(仮) -07-


 ゲートは意外と規模が小さく、内部で鉄の門を一つくぐるとすぐに外に出た。目の前はオヴリビ川が見える小奇麗な広場になっていた。

 川岸に建っている建物が、出入国業務のメインを担っていると説明される。セントケージからモントシャイン共和国に属するキャニーに来る場合、人にしろ貨物にしろ、ほとんどが船便であり、そこに見える船着き場に到着することになるという。

 よって、クロノたちがくぐった国境ゲートは、ほとんど利用されていないようだ。だから今日は特別で、昨日船便で知らせが届いたので、職員が待機していたらしい。

「ということは、セントケージ・スカーレットが発行された直後には船を出したんでしょうね」

 ミスティーが呟く。

 国境は越えたはずなのに、周囲には一般の住居や住民は見当たらなかった。その点についても説明される。

 キャニーは、大河オヴリビ川の大きな滝に面して広がる狭い平地にできた町。その滝が舟運の最大の障害になると同時に、セントケージとの天然の国境になっている。

 国境ゲートをはじめとする出入国業務に関連する施設はすべて滝の上流側にあり、今いるあたりもそのエリアに含まれる。ただ、生活をするには、首都から船で直接来ることのできる滝の下流側の方が都合が良く、市街地はそちらに広がっているようだ。

 セントケージとの間を行き来する物資については、滝を迂回する必要があるので、ここまで船で来ても一旦陸にあげられることになる。滝の上流部と下流部の高低差はかなりのものであり、迂回路もかなり険しい。一般人はそこを通る必要があるわけだが、馬の利用も多いらしい。なお、物資の運搬やゲートの職員の移動については、電気軌道の利用が可能だという。

 本来、セントケージの学生については、迂回路を利用するべきだが、これまた特例措置で、電気軌道の利用が認められた。一本軌道で急傾斜をゆっくり下るモノラックからは、滝の様子がよく見えた。

 それはまさしく大河にふさわしい規模だった。隣接する発電所は、その恩恵を受けてキャニーに豊富な電力を供給しているようだ。市街地は小じんまりして見えるが、しっかりと明かりが灯っている。

 モノラックが市街地に到着するとき、背後で小さく鐘の音が聞こえた。

「越境手続きが済んだんだよ」

 クロノたちは特例措置だったので鳴らなかったが、正式な越境のときには鳴らすことになっているらしい。

 宿はモノラックの到着地からすぐのところにあった。公共施設のようなつくりで、町が直接管理しているようだ。一般の客はおらず、セントケージ関係者専用らしい。

「ここが君たちの今晩の宿だ。私はすぐに医者を手配する。それまで部屋から出ないように」

 広々とした部屋には、大きなソファーが二つ、椅子が一つ、テーブル、そしてベッドがあった。テーブルやソファーがあるところにだけカーペットがあり、他は土足のようだ。

 全体的に掃除は行き届いているが、どれも長年の使用が見てとれる。

 ミスティーは、おんぶ紐を解いて、シェルを抱え込むように下ろす。

「二人とも、お疲れさまでした」

 ミスティーは、そのままシェルをベッドに連れていく。

 役目を終えたクロノは、ソファーに崩れ込み、そのまま意識は遠のいていった。


「戻ってきましたね」

 シャワーを浴びてさっぱりしたクロノが部屋の扉を開ける。部屋には、ミスティー、エミル、ヘイズがいた。

 気を失ってからしばらくして目覚めたクロノは、すでにシェルの治療を終えていた医者に状態を診てもらい、必要な処置を受けてからシャワーを浴びた。ミスティーたちは、クロノが寝ている間にさっぱりしたようで、その時点で遠慮なくくつろいでいた。

 シェルは、医者が診たときには回復傾向にあったらしく、時間経過とともにみるみる顔色が良くなっていった。完全回復まで油断は禁物だが、もうそれほど心配する必要はないだろうと説明された。

「そんなところで立ち止まらないで。邪魔……」

 背後から声がする。シェルもシャワーから戻ってきたようだ。

「その調子だと、本当に回復してきたみたいだな」

「……うん」

 クロノが移動すると、シェルは目を合わせることなくその脇をすり抜ける。

「シェルはまだベッドで横になっていましょうね」

 ソファーにいたエミルが声をかけると、シェルは小さく頷いてベッドに入る。

「じゃあ、僕は、夕食もらってくるね」

 ヘイズは部屋を出ていく。

 二つあるソファーは、エミルとミスティーがそれぞれ贅沢に使っていたので、クロノはあいていた椅子に座った。

 エミルはカメラモードになっている〈アイちゃん〉のモニターを見て、時々操作している。ミスティーは、完全に脱力したまま部屋の上の方を眺めている。

「いつの間にかモントシャインか……」

 クロノは呟く。すると、少し間をあけてミスティーが言う。

「先輩、国境を越えたときはまだ生きてましたよね?」

「まあな。でも、それどころじゃなかったし」

 エミルは、何かのチェック作業を終えたのか、〈アイちゃん〉を置いて会話に参加する。

「それにしても、クロノさん、なかなかのガッツでしたね」

「かなり意外でしたね。出発早々キャラがぶれまくって、憂慮すべき事態です」

「素直に褒めろよ……」

 それぞれがだらけた体勢のまま、ポツリポツリと言葉を発する。

「しかし、意外というのは一理あるな。むしろ、自分でも意外だと思うし」

 セントケージをたって早々、難路というよりは、難題に触れたような感覚だ。不可思議ですぐには説明できない命題。

 ヘイズが、夕食を乗せたカートを押して戻って来た。用意されていたのは、いずれも温かく家庭的な料理だった。

 ソファーに座るとテーブルが低いので、下のカーペットに直接座って食卓を囲んだ。

「食欲もあるし、これなら心配なさそうですね」

 エミルは、シェルの食べっぷりを見て言う。みんなよく食べているが、その中でも一番かもしれない。

 腹にたまってきて、徐々に落ち着いてくると、ミスティーがシェルを突っついた。

 ツンツン……ツンツン。

 シェルは、そのたびに身をよじって逃れようとするが、ミスティーはやめない。

「何?」

「いや、何か言いたことがあるんじゃないかと思って」

 シェルはしばし黙り込む。すると、ミスティーがさらに突っつく。

「しつこい」

 ミスティーの言わんとしていることは、なんとなく察するが、だからどうするというわけでもない。すると、エミルが言った。

「まあまあ。まだ完全復活ってわけでもないですし、そのくらいにしておいたら……」

 ミスティーはツンツンするのをやめた。その代わりに、かなりストレートなことを言う。

「シェル、いろいろとひどかったよ」

「それは……」

 シェルは俯いて黙ってしまう。雲行きが怪しくなってきた。

「そのくらいで、いいんじゃない? シェルも具合が悪かったわけだし。今度からは早めに言ってくれればいいわけで」

 ヘイズも場を収めにかかる。そして、そのタイミングで、様子を見ていたクロノが話し始める。

「ひどいと言えば、昨晩のことだ―――」

 みんな動きを止めてクロノに注目する。

「旅の仲間? 私は仲間とか全然思ってないからあっち行って。急ごしらえでいきなり仲間になるはずないでしょう」

 声真似には限界があるが、ムスッとした感じだけは頑張って再現を試みる。そして、本物もムスッとする。

「おおー、ムスッとした感じがよく似てる」

 ミスティーが感心する。

 しかし、クロノは表情を崩して言葉を続ける。

「急拵えのパーティーだから、確かにいきなり仲間なんていうのは無理があったな」

 シェルは、なおもムスッとした表情のまま、何も言わない。何かを言いたそうにするが、口は開かない。

 クロノは、そんなシェルのことを見ながら言う。

「だからさ、当面は“旅の仲間(仮)”ってことで手を打たないか? (仮)がついてるくらいがちょうどいいだろ」

 シェルはすぐには答えないが、眉間の力を幾分抜いてから、ぶっきらぼうに答えた。

「そういうことなら、構わない」

 その言葉に、エミルやヘイズは、重たい荷物を下ろしたような安堵の表情を浮かべる。

「これにて、一件落着ですね!」

 エミルが派手にVサインをする。

「俺、今、なかなかのファインプレーだったな」

「自分で言うんだね……」

「この面倒なやつを大人の対応で上手く言いくるめたんだから、俺もなかなかのものだ。はははははは……は?」

「最終ラウンドですね」

 カーペットに直接座っているクロノの隣には、いつの間にか膝立ち状態のシェルがいた。下を向いていて、表情はよく分からない。

 不意にシェルは両手を上げる。ギュッと結んだ両手が連続攻撃を仕掛けてくる。

 クロノは咄嗟とっさに片腕を掲げ、防御態勢をとる。そこにシェルの拳が肩叩きみたいな感じで降り注ぐ。でも、一撃一撃にそれほど力がこもっているわけではない。

 攻撃はすぐに終了した。シェルは掲げられたクロノの腕に結んだ両手を押しつけたまま、小さな声で言った。


「みんな、ありがとう……」


 小さな声だったが、その場のみんなにしっかり届く声だった

 ちょっとだけ呆気にとられた面々は、それでもすぐにシェルの気持ちを受け入れた。訳もなく笑みがこぼれる。

 ふと、クロノからシェルの顔が見える。クロノは優しく微笑んで言った。

「お前も、根性見せてよく頑張ったよ」

 シェルは小さく驚き、感情を抑えるような表情をすると、クロノから離れて言った。

「私、寝るから」

「はいはい、しっかり治せよー」

 ベッドに向かうシェルの背中を見ながら、クロノは、セントケージからの旅路が陸路である理由が、少しだけ分かった気がした。






(第2章 おわり)




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