旅の仲間(仮) -04-


「セントケージの魔法使い……」

 目の前で起きた神秘的な光景の余韻で、若干呆気に取られるクロノは呟いた。

「そうだ。セントケージの魔法使いは、必ず〈セントケージ・スカーレット〉を持っている必要がある。それは、通行証だが、同時に身分証明にも役立つ。まあ、今から順を追って説明するがね」

 学園長は四人を見て、その注意が自分の方に向いていることを確認する。

「今から重要な説明をしていくから、よく聞くのだよ」

 さすがに四人とも真剣に聞く態勢になる。国外という未知の領域に出るわけだから、聞かないわけにもいかない。

「まず大事なことだが、今回のこれは『校外研修』だ。つまり、授業の一環みたいなものだから、最低限のノルマはこなしてもらわないといけない」

 秘書のエリーゼがまた新たな書類を渡した。学園長がそれをテーブルに置く。

「そして、そのノルマをこなしていく過程をしっかり報告するというのも、実に重要なことだ」

 そこには、研修レポートの提出についての諸注意が書かれていた。出発から帰還までの間に体験したことを、分かりやすくまとめて提出しなくてはいけないらしい。

「私自身、外の世界で君たちが何を体験し、何を思うのか興味があるしね」

 レポート提出……正直面倒だ。これは、被害を最小限にしなければならない。

 頑張りたくないクロノは、さっそく手を打つ。

「じゃあ、日替わりにするか?」

 クロノは自分でも面白みがないと思う超常識的な提案をする。超常識的だが、同時に現実的。さすがにこれなら三人も無難に受け入れてくれるだろうと踏んで。

 だが、甘かった。

「罰ゲームとして」

 いきなりクロノの提案を完全スルーするミスティー。彼女はゲーム性を求めたいのか、はたまた必勝法を思いついたのか。ほぼ無表情だが、声のトーンから察するに意外と楽しそうだ。

「ドキュメンタリー超大作として提出!」

 エミルは完全に顔にワクワクが広がっている。そのワクワクがなぜか無性に不安にさせる。でも、うまくいけば丸投げできるかも?

「しょうがないな。私が出発前に片付けとくよ」

 なぜか世話焼き姉御キャラを装うシェル。そして、出発前って……は! これは、もしやツッコミ待ちなのか!? でも、やってくれるならとりあえず問題ないか。

 とにもかくにも、みんな乗り気っぽいのは予想外だ。レポートの面倒くささを校外研修のワクワクが凌駕しているのか。もしくは、みんな揃って頭が弱いのか。

 でも、まあいい。やりたいやつに任せるのが最善の策だ。

「ま、みんなそんなにやりたいなら、俺は譲るぜ」

 しかし、クロノがそう言って面倒事回避の成功を確信した直後、エリーゼが学園長に新たな資料を渡した。

「学園長、これをご覧になってから判断された方が宜しいかと」

「これは?」

「四人の文章力についてまとめた資料です。こちらが過去に提出された課題より抜粋したサンプルで、こちらが文字等の各種媒体による情報伝達能力の指標を表しています」

 エリーゼはテキパキと簡潔な説明をする。

 学園長はそれにあわせてざっくりと目を通す。そして一言。

「報告書はクロノ・ティエムが責任をもって作成すること」

「あの、俺、特に文章書くのうまい方じゃないと思うんですけれど」

「謙遜する必要はない。まさしく君に適した任務だ。責任をもって頑張ってくれ」

「え、えと……」

 それでも抵抗しようとするクロノ。正直、こんな損な役回りは御免ごめんこうむりたい。

 しかし、学園長の目はそれを許す気がないと語っていた。クロノを真っ直ぐ見つめて一言。

「クロノ君……察してくれ」

 苦渋の決断に胸を痛めるような言い方だった。心苦しい所ではあるが、これ以外の選択肢はないという感じ。

 他のヤツらの文章力はそんなに酷いのか?

「ということで、グループとして提出すべき研修レポートの執筆責任者はクロノ君に決定」

「グループとして?」

「その通り。責任重大な任務だから、心して励んでくれ。そして、次は、個人として提出すべき研修レポートの話だが……」

 ルイーゼがまたプリントを取り出す。テーブルの上に置かれる。

「説明が面倒なので、各自よく目を通しておくように。あ、クロノ君は、グループレポートが個人レポートを兼ねるという扱いにするから、一つで構わないよ」

 目の前のプリントに目を通す限り、クロノに託されたレポートの方がより基準が厳しいだけで、結局は全員がそれぞれ用意して提出しなければならないようだ。

「で、研修レポートについてはもう良いだろう。次は、具体的な課題の説明だ」

 レポートは、あくまで最終的なノルマを果たすまでの過程を報告するためのもの。メインディッシュではない。

 改めて聞く態勢を整える四人。

「校外研修は、ただのお散歩ではない。提示された課題に立ち向かうことが求められるわけだが、その説明をしていこう」

 ルイーゼが大型モニターにスライドを表示する。都市国家セントケージを含む広域地図だ。

「見れば分かると思うが、ここが我々の暮らすセントケージ。そして……」

 学園長がポインターでその周囲を指し示す。

「この地図からもはみ出しているが、これがモントシャイン共和国だ。ご存知の通り、セントケージの唯一の隣国でもある」

 狭小な都市国家であるセントケージは、広大すぎるモントシャイン共和国の内側に包まれるように位置している。つまり、セントケージのすべての国境は、モントシャインとの境を成しているのだ。

「国境はわりと曖昧であるが、このあたり」

 ポインターは、セントケージの城壁よりかなり外側を一周する。そのほとんどが険しい山林地帯となっているので、厳密に画定されているわけではない。人が設定するまでもなく、越えられない天然の境界があるのだ。

「城壁は、あくまで居住地域と非居住地域の境界であり、モントシャインとの国境ではない。よって、城壁の外に出てもしばらくはセントケージ領内を進むことになる。

 さて、国外に出るということでおおよその察しはついていると思うが、君たちはまず、この西門を通って壁外に出る。ここから続く街道が国外とを結ぶ唯一の道だからね。そして、そのあとはしばらく道なりだ。

 最初の街はキャニー。しかし、ここまで一日で辿り着くことはできないから、中間地点の無人小屋で一泊することになるが、それでも距離があるから、セントケージを夜明けとともにたつ必要がある。キャニーまでの道は、街道とは名ばかりの険しい道程で、日が落ちれば移動は困難になるし、野宿も危ない。初日に無人小屋、二日目にキャニー。これは必ず守るように」

 ふう、と学園長は一息つく。

「とりあえず、ここまでで何か質問はあるかな?」

 クロノが尋ねる。

「ちなみに、出発はいつですか?」

「善は急げ、ということで明朝夜明けだ」

「早っ! どれだけ急なんだ!?」

「ほら、他の三人はすぐに行きたくてソワソワしているぞ」

 クロノは三人を見る。ミスティーは分からないので省くとしても、確かにシェルとエミルはソワソワしていた。むしろ、今すぐこの部屋を飛び出して出発してしまいそうな勢いだ。

「分かりました、分かりましたよ。早くても遅くても大して変わりませんしね。説明の続きをお願いします」

「よし。じゃあ、続きだ。二日目の晩をキャニーで迎える必要があるわけだが、キャニーからはモントシャイン領内になる。だから、キャニーの直前に国境ゲートがあって、そこで越境の手続きをすることになるが、まあ〈セントケージ・スカーレット〉でどうにかなるだろう。

 さて、キャニーを出た後だが……。このあとは状況に応じて判断してくれれば良いが、基本的には街道を進みながら、ここを目指してもらう」

 ポインターは、ニヴィアミレージと書かれた場所を示す。オヴリビ川の大きな中州に位置しているようだ。

「ニヴィアミレージは、モントシャイン共和国の都だ。とりあえず、ここまで辿り着くことが今回の研修では最初のポイントとなる。

 まあ、街道沿いに行けば、多少の悪路があっても迷うことはないはず。キャニーから先は宿場も点在しているから、それほど大きな心配はいらないだろう。

 治安に関しては、どこもセントケージよりかなり悪いと思っていた方が良い。地域によってかなり異なるから、そのあたりの情報はたえず入手して油断をしないように。

 それで、ニヴィアミレージに到着してからするべきことだが、まずは駐在大使との面会だ」

「駐在大使?」

「そう、駐在大使だ。セントケージを出国した者は、とりあえず大使に挨拶するのが慣例となっている。大使がいる公館は、セントケージの窓口機関でもあるから、困ったことがあれば相談するのもいい」

 他国においても助けてくれる場所があるのは心強い。目一杯助けてもらうことにしよう。

「そして、こちらで課題をクリアする上で必要な情報を入手する。ニヴィアミレージに辿り着くことが課題というわけでもない。いよいよ、ここからが本題というわけだ」

 なんと……。

「ここでそろそろ課題を明確にしておこう。君たちがこのたびの校外研修で与えられる課題。それは、『アルゲンスフェラ諸侯領に赴き、現状を報告せよ』というもの」

「アルゲンスフェラ諸侯領?」

「そうだ。詳しくは、ニヴィアミレージで大使から聞いて欲しいが、諸侯領というのは、モントシャイン領内の自治区のようなものだ。独立はしていないけれど、一定の自治が認められているエリアをこう呼ぶ。いくつもあるが、そのうちのアルゲンスフェラが君たちの目的地ということになる」



  *



 クロノは、明け方のまどろみの中、すでに一昨日のこととなってしまった学園長室でのやり取りを反芻していた。

 実際には、このあと〈セントケージ・スカーレット〉についての追加説明をされ、さらに〈アミュレット〉と呼ばれる小さなガジェットの説明、さらには壁外の旅における諸注意と、話はかなり続いていった。

 クロノたちには一人一個、学園から〈アミュレット〉なるものが支給されていた。三センチくらいの大きさの薄い卵型の物体で、学園長曰く、魔除けのお守りということらしい。

 そして、この魔除け効果の持続期間がおよそ三ヶ月なので、校外研修は最長三ヶ月ということなのだという。その魔除け効果なるものの残量を計測するための機器も渡されたが、これは一つしかなくてエミルがしまっている。

 壁外の旅の諸注意というのはいろいろとあったが、重ねて強調されたのは二つ。

 一つは、みだりに魔法を使ってはならないということ。特に、人目につくようなところでの使用は控える必要があるとのこと。もしも使わざるを得ない場合は、気付かれないように工夫せよと。

 特に、シェルのコスプレ(自称)と、エミルの妙ちくりんなビデオカメラ〈アイちゃん〉はかなり目立つので、重ねて注意が与えられた。エミルの方は、魔法とは少し違うらしいのだが、いずれにせよ目立つ使用は控えよとのこと。

 注意のもう一つは、市中で自分たちが魔法使いだと公言してはならないということ。このあたりの事情については、詳しい説明をニヴィアミレージで聞くようにと。ただ、とにかく絶対に言ってはならないということだけ、かなり強く繰り返された。

 こうやって改めて思い返すと、大切なことは何一つ教えてくれなかったな。今に始まったことではないけれど―――。


 …………。

「…………だよ」

 あれ?

「クロノ、もうすぐ朝食できるよ。いい加減起きて」

「なんで……」

「なに寝惚けてるの。朝だからだよ」

「なんで……リナ?」

「え? なに言って……」

 クロノの脳は、スイッチが押されたように急激に覚醒していく。そして、状況をようやく思い出す。ここは寮の自分の部屋ではない。

 目の前では、ヘイズがビックリしたような顔でこちらを見ていた。

「あ、ヘイズか。ゴメン、寝惚けてた」

「だ、だよね……。いきなり何を言い出すのかと思ったよ」

 暖炉ではすでに赤々と炎があがっていて、温もりが伝わってくる。そして、窓からは朝日が差し込んでいた。

「俺、二度寝したのか……」

 ヘイズは立ち上がる。

「もう朝食できるからね」

 昨日と同じく、エミルが手際よく朝食の準備をしていた。ミスティーとシェルは見当たらないが、雰囲気から察するに、ミスティーが寝坊のシェルを起こしている最中みたいだ。

「ちょっと顔洗ってくるわ」

 クロノは、タオルを持って水場に向かう。扉を開けて外に出ると、清涼な空気が肺に流れ込んでくる。

「うー、まだ結構冷えるな」




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