旅の仲間(仮) -02-
一行は再び歩き始めた。道は先程までより幾分緩やかで幅が広くなった。
腹が満たされたという状況からは程遠いが、最低限のエネルギーが補給され、多少なりとも身体を休めることができたので、気持ち的にはゆとりができる。
「せっかくだから、歩きながら改めて自己紹介でもどうですか?」
エミルが提案する。
道幅が広いこともあり、隊列は曖昧で、声を張り上げなくても会話ができるくらいの距離を全員が保っていた。
「そうだな。ヘイズの合流も出発直前だったし、少しは互いを知っておいた方が良いだろう」
クロノも同意する。人に頼るためには、まずその人のことを知らなくてはならない。情報の蓄積により、誰にどのタイミングで何を頼むべきか、より正確に判断できるようになるのだ。
さあ皆の衆、存分に己の情報を晒すが良い。
「じゃあ、まずは私から……」
言い出しっぺのエミルが小さく駆けだして先行し、反転してから自己紹介を始める。その肩には、黒く無骨なビデオカメラ。直前まで鞄の形で背負われていたのに、目にもとまらぬ早業だ。
「高等部2年20組、エミル・オレンセでーす! 趣味は撮影。こちら、相棒の〈アイちゃん〉とともに、常に良い映像を求めています。この旅もバッチリ記録していきたいと思います。みなさん、ネタの提供宜しくお願いします!」
とりあえず、バイタリティーに溢れていることはよく伝わってきた。
クロノは、せっかくなので改めて観察しておくことにする。
今回の旅の五人は、クロノ、エミル、ヘイズが高等部2年、シェルとミスティーが高等部1年だが、クロノは他力本願、ヘイズは大人しそうなタイプで、今のところ一行の舵取りはエミルがやっている感じだ。
髪は亜麻色。軽く肩にかかるくらいの長さを、邪魔にならないように細いリボンで結わいている。リボンから漏れ出て耳に被っている髪の隙間からピアスが見える。瑠璃色のワンポイントカラーが印象的だ。
服装としては、昨日と同じものと思われる濃紺のつなぎの上半身部分をおろして、腰に巻いている。中は長袖の作業着っぽいカットソー。気温も上がってきたので、今は腕まくりをした状態。
そして何よりも目立つのが、肩に乗っかっている例のブツ。少しばかり武骨な印象を与えるものの、ぱっと見た感じではただのビデオカメラだ。しかし、その正体は、意味不明かつ理解不能な仕組みで変形しまくるビックリ多機能カメラだ。愛称は〈アイちゃん〉で、エミルがこれを溺愛しているということは、昨日出会ったばかりのクロノにもよく分かった。そんでもって、今回の旅の荷物を大量に収納しているので、絶対になくしてはならない。なくしたら本気でヤバい。
「質問良いですか?」
ミスティーが声をあげた。エミルが、いいですよーと答えたので、質問をする。
「〈アイちゃん〉は何にでも変形できるんですか?」
なかなか良いところをついてくる。まあ、〈アイちゃん〉がそもそも根本的に謎な存在だから、聞きたいことは尽きないわけだが。
「そうですねー。私の知る限りでは、メカっとした感じのメカにしか変形できませんね。でも、基本はフィーリング、みたいな?」
フィーリングって……。
「その〈アイちゃん〉の驚きのスペックは、エミルの魔法の能力によるものなのか?」
「たぶん違いますね。私自身の魔法の能力は分かっていませんが、凄いのはあくまで〈アイちゃん〉自身ですよ」
釈然としない回答だが、〈アイちゃん〉の凄さはすでにこの目で見ているので、異論を挟むのは難しい。
「そうか。まあ、とにかく盗まれたりしないように注意してくれ」
「そうですね。盗まれても〈アイちゃん〉が私以外の人に従うとは思えませんが」
「他の人は操作できないのか?」
「機能により難易度は違うと思いますが、家族の中でまともに扱えたのは私だけでした。操作の感覚がなかなか微妙で、うまく噛み合わないとダメなんですよね。なので、盗まれたとしても、勝手に使われたり中身を取り出されることは、たぶんないと思いますよ」
「壊されることは?」
「学園で可能な限りの耐久性テストをしましたが、いずれも測定上限オーバーだったので、思いつく限りでは無理かと」
本当に摩訶不思議な……。
「〈アイちゃん〉の魅力は、おいおい実感してもらえると思うので、とりあえず次に行きましょうか」
質問が落ち着いてきたのを見計らって、エミルが進める。
「じゃあ、次は俺が」
エミルの自己紹介だったのか、〈アイちゃん〉の紹介だったのか際どい気もするが、流れで二番手に名乗りを上げるクロノ。
「高等部2年28組、クロノ・ティエム。特技は、流れに逆らわず、長いものには巻かれること。そんでもって、仲間のことをよく信頼するタイプだ。互いに助け合って頑張ろうじゃないか!」
「はい、ありがとうございました。じゃあ次、行きましょうか」
器用にバックステップのままカメラを向けていたエミルが、あっさり会話を引き取る。
「あれ? 質問とかないの?」
拍子抜けしているクロノに、ミスティーが静かに告げる。
「受ける質問の数は、みんなからの興味の度合いで決まるんですよ、クロノ先輩」
「ミスティーは、ちょいちょい棘のある台詞を挟んでくるよな?」
「そんなに誉めないでください」
ミスティーが思いっきり真顔で返してくるので、どう反応しようか一瞬迷ったら、その隙に次に行ってしまう。
「次は僕が……」
ヘイズが控えめながら自己紹介を始めようとする。冷静であろうとしているが、いったい何を喋ろうかと必死に思い巡らせている表情だった。
「ヘイズ・ランバーです。高等部2年で、えーと……わっ!」
語尾が甲高く裏返ったと思ったら、足元で地面にめり込んでいる大きめの石につまずき、バランスを崩した。
「おっと、大丈夫か!?」
クロノは一番近い位置にいたので、支えようと反射的に手を伸ばした。しかし、その手に触れる寸前のところで、ヘイズは見事に体勢を立て直した。
「……とと。危ない危ない」
ヘイズは気恥ずかしそうに笑いながら、帽子のフィット具合を確認し、今度は足元に注意を払いながら歩き出す。
物静かに見えて、意外とそそっかしく、にもかかわらず運動神経はわりと良さそうな。というか、注目を浴びるのが苦手なのか?
「何だっけ? 特技とか言うんだっけ?」
「別に決まってるわけじゃないけどな。自由に言っておきたいことを言えば良いんだろ」
俺のターンは、ほとんど何も言えずに終わったけどな。
「そうだなあ…………………………」
ヘイズの台詞はそこで途切れてしまう。五人分の足音が無駄に大きく聞こえる。
続きがすぐには出て来ないと判断すると、エミルが口を開いた。
「別に無理に言わなくて大丈夫ですよ。いずれサプライズということで」
「助け船のように聞こえて、逆にハードルが上がっている気もしますね」
「ま、特技なんてどうでもいいだろ。他に何か言っておきたいことはあるか?」
自分で言うのもなんだが、これぞ真の助け舟ってやつだ。そして、こうやって小さな恩を売っておくと、不意に役立ったりするもんなんだよ。
「そうだなあ、特に……あ、一つだけ」
みんな注目してしまう。すると、やはりヘイズは少しドギマギする。
「あ、いや、全然大したことはないんだけどね。ちょっと喉の調子が良くないなあって」
「本当はもっと美声なんだよというアピールですね。承知しました」
「お前は、相手に関係なくぶっこんで来るんだな……」
「風邪気味ですか?」
ミスティーとクロノの言葉は完全にスルーした上で、エミルが至極真っ当なことを聞く。
「あ、別に風邪とかじゃないんだよ。体調もバッチリ。だけど、なぜか喉だけが少し優れない気がするんだよ。不思議だなあ」
ヘイズは両手をわたわたと動かし、心配はいらないというジェスチャーをする。
確かに、体調が悪いようには見えない。ただ、必要以上に声を出さないように見えていたのは、喉の調子の問題だったということなんだろう。
ヘイズは、男子としては少しばかり華奢な印象を与える体格だが、よくよく見ていると特にひ弱なわけではない。難路であっても足の運びは滑らか。というより、むしろ様になっていると感じるくらいだ。動作が全般的にしなやかで、軸がぶれない。
ただ、精神的にはふとした拍子に小さな乱れが生じる。単に恥ずかしがり屋なのか、会って間もないから要領を得ていないのか。大きめの帽子を深めに被っている様子を見ると、前者のような気はするのだが。
ヘイズは、七分袖の黒いインナーシャツの上から、サイズ的にゆとりのある半袖のシャツを着ている。そして、露出している左手首にはブレスレットをしていた。
穴を開けてリング状にしたいくつもの
「喉だけならそんなに問題はないかもしれないが、体調が悪くなってきたら遠慮なく言えよ」
「うん。ありがとう」
ヘイズは微笑みながら控えめな声で答えた。
「というわけで、満を持しての私ですね」
ミスティーが言う。相変わらず感情の分かりにくい口調で。
クロノは少し視線を落とす。ミスティーは、歩幅が小さいので、その分、ちょこちょこと歩数が多くなっている。でも、疲れた様子はまったく見せず、というか顔色一つ変えずにひたすら一定のペースで歩いている。
腰まで届きそうな長い銀髪は、風が吹くとそれに流される。サラサラだが、軽くウェーブがかかり、木漏れ日を程良く反射している。
ミスティーは、
爪先が丸くなっている黒いブーツは、服とは対照的に硬質で、ミスティーの足と比べると少し大きめに見えるが、とりあえず防御力は高そうだった。波打つワンピースの裾の下から、それらが交互にテンポよく現れる。
「そうですね。遠慮なく自己紹介してください」
エミルがにこやかに言う。
ミスティーは「では」と小さく言うと、自己紹介を始める。
「ミスティー・シンプスです。高等部1年2組」
そこまで事務的に言ってから、短く間をあけてタイミングを計り、それからポツリ。
「そして、私は不思議少女です」
他のメンバーは、それに対して、
「以上ですが、皆さん、何か質問は?」
……こ、これで、どう質問しろと!?
ミスティーは、言葉に詰まる面々の様子を確認すると、さらにダメ押しする。
「受ける質問の数は、皆さんからの興味の度合いで決まるんです」
ミスティーは、威圧的なわけでもなければ、嘆くような感じでもない。ずっと同じ調子。敢えて言うなら、煽るような感じだろうか。
エミルとヘイズは必死に何かを言おうとしているが、うまく言葉として出てこない。
すると、不思議少女の碧眼はやり過ごす気満々だったクロノを狙い撃ちする。
「クロノ先輩、空気を読んでください」
「ええ、俺!? ていうか、空気読めって、お前には言われたくないというか……」
「あー、そういう発言を求めているわけじゃないんですよねえ。この難しい局面を華麗なトーク技術で乗り越え、みんなの尊敬を一身に受けてここでの居場所をつくってあげようという、後輩からのささやかな配慮が分からないんですかね?」
「え……俺、何かなじられてない?」
「という感じで、適当に周りの人間を振り回すのも、不思議少女たる
次、というか、ラスト一人。分かりやすく厄介なやつが残ってしまった。
みんなの視線が一斉にシェルに集中する。しかし、シェルはまったく自己紹介する気配を見せない。ただ黙々と歩いている。
シェルに集まっていた視線は、いったんその場を離れ、激しいアイコンタクトとヒソヒソ声の応酬になる。
「自己紹介してくれませんねー」
「最後なんだから、自分の番だって、分かってるんだよな?」
「歩くのに夢中で、気付いてないんじゃない?」
「シェルは、団体行動を乱す典型的困ったチャンなので、みなさん、多くを期待してはいけませんよ」
「したくないのに、無理にさせる必要はありませんが……」
「でも、とりあえず優しく声をかけてあげるくらいのことは、してもいいんじゃ」
「当面、一緒に行動していくわけだし、この調子っていうのもな」
「もっともな意見ですね。じゃあ、その大役お任せしましょう」
「へ?」
「機を逸してはいけません。ささ、どうぞ」
「え、俺?」
なぜかクロノに面倒な役が回ってきていた。ヘイズは困った顔で微笑んでいるが、助ける気は毛頭ないらしく、距離をあけている。エミルは、すでにカメラをスタンバイしているので、こちらも同じく。ミスティーについては、もはや陥れようとしているとしか思えない。
八方塞がりで、後には引けない空気になってしまったので、クロノは観念してシェルに話しかけることにした。
「シェル、お前の番だぞ~」
フレンドリーに陽気に。相手の心の障壁を下げるためには、こちらが敵ではないことを分かりやすく態度で示すことが重要だ。さあ、怖くない、怖くないよ。
「………」
無言で一瞥。それがシェルの返答だった。
コ、コイツは、どういう神経をしているんだ!――という沸々と湧き上がる感情はどうにか押さえ付け、クロノはなおも優しく語りかける。
「みんな、お前の自己紹介を聞きたいんだよ。こうやって一緒に旅をすることになったわけだし、互いにもう少しずつ知り合おうじゃないか」
シェルは、クロノと視線をあわせようとしない。しかし、クロノが頑張って視界に侵入してくるので、心底迷惑そうな視線を向けることになる。それを見てクロノはさらにイラっとするが、どうにか堪えて笑顔を返し続けた。意に反した笑顔をつくるため、顔面の筋肉を強引に操る。
シェルは、その頑張りに根負けしたのか、はたまた呆れたのか分からないが、ようやく口を開く態勢になる。
「シェル・ポリフィー。高等部1年2組。以上」
短かった。口から飛び出すのが悪態でなかっただけマシというものだが、それでも短すぎた。
「と、特技は?」
「コスプレ」
それは知ってる……と言おうとしたが、実際に言うと、シェルは「なら聞かないで」みたいな感じのリアクションをするだろう。そのやりとりは、精神衛生上、宜しくない。
シェルは、再び視線を前方に固定した。クロノは触れられずに押しのけられたようなものだ。
ターゲットは実に手強かった。
「頑張ったよ」
ヘイズの労りの言葉がすべてを物語っていた。
「言葉は少なくても、人となりのよく分かる自己紹介でした。これぞ自己紹介ですね」
エミルまでしみじみと呟く。
クロノは、精神力を急激に消耗してしまい、うなだれるように隊列に収まった。道幅がまた狭まってきたので、並びは縦に伸びていく。
「旅立って初日から精根尽き果てましたか」
一番近い位置になったミスティーが様子を窺いながら言う。
「シェルはかなりの人見知りなので、そうそう上手くは行きませんよ。一度慣れるとどうとでもなるんですけれど」
「昨日は初対面でも結構普通に会話していた気もしたんだけど……」
クロノは、深くため息をつきながら答えた。先を進むシェルまでは、会話が届かないくらいの距離があいている。木漏れ日を受けるワインレッドの髪がただ規則的に揺れていた。
「それは吊り橋効果ですよ」
「吊り橋の上だと無駄にときめいちゃうアレか? まあ、確かに少し特殊な状況ではあったが」
クロノは、昨日、シェルとコミュニケーションが取れていたような気のする場面をいくつか思い浮かべる。と同時に、散々な目にあったものだと改めて感じる。
「むしろ、俺の方がドキバクな状況だった気がするな」
「クロノ先輩、初対面なのにいきなり手を握られて勘違いしちゃったんですか?」
「手を握られてじゃない。手で握りつぶされそうになったんだ」
クロノは、事実誤認を逃さず訂正する。
「とは言え、もう少しくらい打ち解けている気だったんだけどな」
しんみりと呟くクロノ。しかし、ミスティーは気にしない。
「それはまた残念な勘違いでしたね」
「はは、容赦ねーなあ」
クロノは、ニヒルに乾いた笑い声を上げる。各方面からの精神攻撃が、ボディーブローのようにじわじわ効いてきているようだった。
少し心配になったのか、ミスティーは横目でそんなクロノの様子を観察する。
「冗談はさておき、真面目なことを言えば、魔法使用に伴う昂揚感ってやつですよ」
「昂揚感……。副次的効果ってことか」
魔法使用に伴う副次的効果。教科書的な堅苦しい言い方だが、適当な言い換えも思いつかないので、クロノはそのまま口にする。
「なので、今の方が普通です。学年が変わって初対面の人が周りにいっぱいいるときとかも、基本的にはこんな感じです」
「なるほどね」
簡単に言えば、昨日は魔法を使っていたからちょっと変なテンションでしたと。言われれば、全くその通りだとしか言いようのない理由だ。
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